第61話
「さて… ジェオ、これから色々と忙しくなるぞ」
「喫緊の課題は感染地に送る救援物資の調達ですね、父上」
当然ながら麻紙の専売や、紙幣普及に伴う経済の活性化でウェルゼリア領が莫大な利益を得ていようとも、すべてのモノを当家の私財だけで賄うのは難しい。
仮にも港湾都市ハザルの商売敵として、長らく共に歴史を刻んできたイルファが同規模の中核都市である以上、致し方ないとも言えよう。
「旧都市国家の自治権が強く、各地域の利害関係もあるヴェネタ共和国と比べて、中央集権的な王国は物資を集め易いでしょうけど、分量に一抹の不安があります」
「陛下はグラシア国教会を通じて、貴族以外の臣民にも幅広い協力を求める他、行政府管轄の備蓄も放出されるそうだ。初動に必要な最低限を確保できるだろう」
それ以降は現地で講じる諸々《もろもろ》の実績、つまり罹患者数の推移などが継続の可否も含めて、王国による支援の在り方を決めていくと父は締め括った。
「お前は稼いだ金貨で東西諸国の医学書も買い漁っていたな、沖の船舶にいる連中の話から伝染病の系統を見極めて、処置に使う品々を書き出して貰おう」
「中々に責任重大なことを」
輪廻の間際に “邯鄲の夢” で生涯を覗いた賢者の見識や、海都の魔導書に記された似て非なる異界の知識があっても怪しまれないため、手持ちの蔵書を充実させたのが藪蛇になってしまう。
彼の都市で蔓延している疫病の本質を読み違えた場合、自領の財政状況が無駄に悪化するのは言うに及ばず、国庫にまで損失を与えることも鑑みれば胃が痛んだ。
「一度、情報を整理すべきか……」
「分かっていると思うが、軽々《かるがる》しく船へ足を運ぶなよ」
先ずは “死んでも影響が少ない者” を見繕い、発病の恐れがある役割へ宛がう方針に思う部分はあれど、理に適っているので異論を挟めない。
返事に逡巡していれば、父は深く椅子に凭れて、困ったように溜息を吐いた。
「全体の音頭を執る為政者が情に流され、責任を放棄して危地に赴くなど論外に過ぎる。愚者に治められた領地の民など不幸でしかない、覚えておけ、跡取り息子」
「… その矜持を素直に出せたら、守銭奴とか宣う領民の悪評も減るのでは?」
「理不尽が幅を利かせる世の中、不平不満の捌け口になるのは領主の務めだ」
根も葉もない噂ではなく私財を溜め込み、さらに贅沢な生活も送っているからなと父が嘯き、お前も誰かの顔色など気にせず “我が道を征け” と唆してくる。
「この一件、自由に振舞っても?」
「無為に危険を冒さない限りは構わん、好きにしろ」
不敵に嗤いながらも様々な分析を踏まえた定時連絡や、大きな決断に係る相談は欠かすなと付け加えた父の言質を取り、支援計画の詳細など詰めてから具体的な行動に移るべく、こちらも先ほどの高官に遅れて身を翻した。




