第55話 ~ とある斥候少女の視点 ~
(あ、これ死んだかも……)
大きめの酸弾が当たった右脇腹を触ろうと、咄嗟に伸ばした左手が虚しく空を切る。そこには何もなく、身体の感触を得ることができない。
赤い巨躯を持つスライム? の爆散に巻き込まれて、致命傷を受けたという認識に伴い、許容の限度を遥かに超えた激痛が襲い掛かる。
「うぁ… あぁあ、あぁああ――」
「「リィナッ!!」」
痛みを堪え切れずよろけて、仰向けに倒れた私の下へ幼馴染の二人が駆け寄り、衣服の汚れや擦過傷を厭うことなく、滑り込むように両膝を突いた。
悲壮な表情のクレアが即効性のある回復薬を傷口にぶちまけ、侍祭のフィアは必死に治癒系の聖魔法 “ヒーリングライト” を施してくれるけど、重い体に纏わりついた死の予感は濃くなるばかり。
胸の鼓動が早鐘を打ち、体感的に引き延ばされた刹那の一瞬で、走馬灯のように古い記憶が蘇った。
(… っ、そう言えば、人って簡単に死ぬんだった)
幼い頃、両親に手を引かれて歩く帰り道、大通りを急いで走ってきた二頭立ての馬車が頓挫して、外れた板金仕様の車輪が慣性のまま向かってくる。
それは一瞬で私を庇った父の首を轢き潰し、母の内臓も破裂させて死なせた。
(あの日、お店で焼き菓子を強請らなかったら、皆で笑えていたのかな)
ほんの僅かな時間のズレにより、人生を歪ませる凄惨な事故に遭わなかった可能性はあれども、顧みれば様々な要素の絡んだ “必然” と思えてしまう。
今回にしても偶々、仲間内で斥候を担う自身が状況確認のために動き、不運にも経年劣化や戦闘の余波で脆くなった石柱の陰に隠れてしまい、運悪く飛んできた散弾を凌げずに死の淵へ立たされている。
(本当、憑きがないわね)
修道院育ちの時点で言わずもがな、こんなものかと失笑しながら、悲鳴染みた声で励ましてくる幼馴染達を左右の首振りで留めた。
もはや身体に力が入らないため、諦めの意図は上手く伝わったのだろうかと、詮無いことを考えている間に意識が遠のいていく。
治癒魔法の延命効果も薄れてきた頃、霞む視界に境遇を変えるための打算半分、残りは貴族というモノに対する興味に唆されて、口説き落とそうと頑張ってみた黒髪緋眼の少年が映り込んだ。
「………… あれを屠ったのは俺だからな、勝手に死なれても迷惑だし、寝覚めが悪くなる。加減を間違えると “人の枠” から外れるかもしれないが、構わないか?」
あまりにも湿気た面で紡がれる言葉は、既に意味のあるものとして聞き取れないけれど、私の死が負担にならないよう、最後の気力を振り絞って頷く。
まだ二ヶ月ほどの付き合いではあるものの… 大抵のことは器用に熟せる半面で、誰かを頼るのが苦手そうな弟分の生末に幸あれと願い、目の前が真っ暗になるのを抗うことなく受け入れた。