第45話 ~ とある王立学院生徒の受難① ~
なお、森林で一泊を挟んだウェルゼリア領の面々が探索の折り返し地点、拝星の祭壇に半刻ほどで辿り着こうとする頃……
途中の廃村を一足先に抜けた王立学院の生徒や、引率役の教師は少し疲れた表情のまま、複数の方尖柱が聳える神秘的な空間で休息を取っていた。
安全のため偵察に出ている護衛の冒険者らも含んだ大人六名、初等科に属する貴族家の子供八名が彼らの内訳となる。
「もう歩き疲れてフィールドワークの班とか、どうでもよくなりました」
適度な大きさの岩に腰掛け、鳶色髪の小さな令嬢が額に滲んだ汗を手巾で拭う。
遺跡のある森に入った当初、侍女で学友の黒髪少女を除けば、他は遠縁の公子と取り巻きだけの班組みに嘆いていたものの、既に引き摺っている様子はない。
昨日今日と身体を動かしたことで、何かしらの良い影響があったのだろうと考えながら、彼女に仕えるイングリッドは革水筒を傾け、その中身をマグに注いだ。
「エミリア様、疲労回復の効果を持つローズマリーの香草茶です」
「ありがとう、遠慮なくもらいますね」
素直に両掌を伸ばして受け取り、蜂蜜でも入っているのか、甘い香りのする液体で喉を潤した彼女の頬が緩む。
「休眠期の浸食領域と言っても魔物は健在です。痕跡から避けるなり、低級なら撃退するのも実地修練のうちですが、晴天の壁礫に向かった班は無事でしょうか?」
「ご心配は不要かと、どうせ別口で雇われた王都の者達が前日に探索道を確かめて、手に負えないほどの危険な対象を間引いてます」
精々、残っているのは中級程度なので手練れの冒険者や、魔法に長けた学院の教師がいれば大丈夫だと黒髪少女が答えるも、例外のない例外は存在しない。
教職に就く司祭が目配せして、若い女魔導士の同輩や教え子達に合図を送り、遺跡の調査実習に移行するための音頭を取り始めてすぐ、危険を知らせる冒険者らの警笛が響き渡った。
「なに、魔物でも出たの?」
「けどさ、今まで笛なんて鳴らしてないだろ」
素早く魔杖や短剣等の武器を構えつつも、僅かばかり緊張が欠けている初等科の少年少女と異なり、危機感を募らせた教師の片方が叫ぶ。
「ラウル先生、円形障壁の魔法をお願いします!」
「皆ッ、近くに集まれ!!」
焦りの滲んだ声に応じて、その場にいた全員が司祭の下へ身を寄せた直後、迷彩外套など纏う十名前後の襲撃者が森を抜けてきた。
無頼の輩は彼我の距離をつめながら、半透明の障壁が展開されるのに先んじて、其々《それぞれ》が両手に四つほど握り締めた小袋を投擲する。
それが教師や生徒に当たると紐を解かれていた袋から、香辛料にも使われる乾燥させた “刺激物の粉末” が大量に飛び散り、瞬間的に狭い範囲を包み込んでいく。
「なっ… げほッ、かは!?」「の、喉がッ!!」
「痛い、痛い、なにこれ!」「やってくれたな、下郎ッ」
運よく直撃せずに済んだ金髪碧眼の公子レオニスが憤り、涙目でむせるエミリアを侍女兼任の学友が気遣う傍では、呼吸困難に陥った司祭が藻掻き苦しんでおり、もはや術式の構築どころではなかった。
 




