第44話
「花蜜は勿論、この深緑のマナ結晶体も高く売れそうだな」
拾い上げた中級魔物の核を見定めていたら、ふわりと背中から抱き締めてきたリイナが耳元に桜唇を寄せて、無駄に艶やかな声で囀る。
「魔蟲を操るアルラウネとかさ、聞いたこと無いんだけど希少品?」
「いや、本来の売値に色がつく程度だと思う」
それよりも、新たな習性を持つ個体が生まれている点に傾注すべきと指摘して、迎撃都市の冒険者組合へ報告するように促した。
過去の記録を紐解く限り、浸食領域に現れた新種以外にも、既知種の変異体が数を増やして、世界各地に広まった事例は軽視できないほどある。
「永劫の森に棲むエルフや、南方大陸に多い獣人も起源は異界だからな」
「寧ろ、知性ある種族が都市ごと次元融合された時は厄介だぞ。言葉が通じない手前、我欲に塗れた者の愚行を許せば、不毛な殺し合いに繋がり易い」
まるで実情を知るような物言いに振り向くと、いつの間にか戻っていたサイアスが嘲笑を浮かべ、手元の小袋を投げ寄こしてきた。
大蜂のマナ結晶体が詰まっているのは明白なので、中身を確認するまでもなく荷物袋に仕舞い、数秒ほど置いてリィナに視線を向ける。
「ん… 取り敢えず、整置するね」
先導役を務める斥候の娘は小さく頷き、布鎧のポケットより地図と方位磁石を取り出して、紙面の磁北線と目盛が刻まれた回転盤の矢印(北)を平行に重ねた。
さらに身体を旋回させることで、赤く塗られた磁針の片側と矢印の位置を合わせて、地図と “世界の向き” を一致させる。
事前に済ませておかなければ、見当違いの場所へ進む羽目になるため、組合の指導で懇切丁寧に教えてもらえる初歩的な事柄だ。
「そんなに探索道と離れてないし、大まかな方位だけでいい? 二点法で現在地も予測するなら、木に登って目立つものを探すけどさ」
「問題ない、先に進もう」
短い言葉に応じて歩き出したリィナを追い、数多の冒険者らが踏み固めた細道に戻って、給水地と定めた小川へ移動する。
その道すがらに穴熊を狩り、水場で洗いながら血抜きなどの下拵えも済ませ、フィアが採ってきた香草の微塵切りと一緒に焼いたものを昼食とした。
「普通に美味いんだな、穴熊の肉」
「街中で買った岩塩と合う」
感慨深げなクレアの呟きに一言返してから、俺も焼いた肉を噛み切って、日持ちするよう水分を飛ばしたライ麦のパンにも齧りつく。
本当に硬いので歯が痛くなるも、保存食と考えて受け入れるしかない。
「うぐッ、これさえ柔らかければね」
「パン種によってはふんわりと仕上げられるが……」
あんまり古い生地の残りを使うと、酸味が強く出て残念な仕上がりにしかならず、熟練の職人的な見極めが必要だ。
(どの道、持ち歩くには適さないな)
そう諦めて固焼きのパンを食み、乾燥原茸を出汁に塩とオリーブ油も加えた温かいスープで喉奥へ流し込む。
この一品料理は旅慣れたサイアスが自前の小鍋を使い、濃縮された熱々の煮出し汁を作って、其々《それぞれ》のコッへルに分けた上で加水したものだ。
わりと食への拘りが強い御仁に感謝を捧げ、ありがたく頂いた後は遭遇する魔物を蹴散らしつつ、本日の野営予定地まで向かった。




