第36話
質素な漢服の出で立ちに戸惑いつつも、自身の勘違いに気づいて “张・哉藍かよ” と、華国人の名前に使われる適当な漢字を脳裏に思い浮かべていたら、相手の方から話を切り出してくる。
「這是我 第一次看到你的臉 你有什么事?
(初めて見る顔だな、何の用事だ?)」
「有多个同伴 所以我想用当地语言说话
(連れ合いがいる、こちらの言葉で頼む)」
門前払いするつもりだったのか、ぞんざいな態度で放たれた華国語に流暢な発音で返せば、一瞬だけ瞠目した彫刻家の御仁に不信感が上乗せされてしまう。
輪廻に於ける “邯鄲の夢” で、彼の国に棲まう人物の生涯も疑似的に経験済みのため、良かれと思って言葉を合わせたのだが、どうやら裏目に出たようだ。
さぞかし奇妙な子供に見えているだろう俺の扱いに困り、ジャン氏は後方のサイアスやフィア達を一瞥するも、取り合ってもらえずに諦めて視線を戻す。
「貴様に仕事を依頼したい、構わないか?」
「………… 立ち話で終わりそうにないな、家の中で聞こう」
やや納得のいかない様子で促され、玄関を潜ると広い間取りの部屋があり、様々なサイズに揃えられた木材や、数十本に及ぶ彫刻用の鑿が乱雑に置かれていた。
その片隅にある食卓に備え付けらえた椅子の数は四つ、皆が座るには足りないと考えていたら、扉で仕切られてない炊事場から若い娘が姿を見せる。
「お客さんかな? 父さんと私の丸椅子、持ってくるね」
東西の混血と思しき黒髪の娘は早足に作業台まで歩み寄り、そこから背凭れのない椅子を運んできて、軽い会釈だけを残して奥の厨房へ引き下がった。
追加の分も含めて、話し合いができるように座席の位置を整えた後、其々に腰を落ちつけたのを見計らい、工房の主であるジャン氏が最初に口を開いた。
「で、何を彫ればいいんだ、坊主」
「額面付き手形(紙幣)の原版が欲しい、華国で流通している交子のような」
懐から取り出した地場産の麻紙を見せて、幾つかの説明など交えつつ要望を率直に伝えるも… 色々と腑に落ちない部分があるらしく、こちらの面々を注意深く見渡しながら、彼は十数秒ほど沈思黙考する。
「子供に護衛の冒険者が付いていると思えば、処何ぞの領主貴族の倅か……」
「あぁ、当家が発行総額に対して “定率の財貨” を備え、“額面に等しい硬貨との交換” を保証することで、紙幣の信用を高めて領内に普及させたい」
皆が受け入れやすいように低額の紙幣から馴染ませる予定だと、胸裏で温めていた思惑を熱心に伝えたところ、商談相手は不審者を見るような目つきになった。
その温度差にリィナとクレアが忍び笑いを漏らす。
「ふふっ、やっぱり発想がおかしいよね」
「あたし達は慣れてきたけど、普通は警戒するだろうな」
散々な物言いに反駁したくなるが、華やかな少女らの笑い声で空気が軽くなり、場の緊張も少しは解れたので此処は目をつぶっておこう。
※ 一万円札の原価は、紙代とインク代で20円前後だと言われてます。それに価値を付与しているのが日本国が持つ権威(信用力)です。この場合は軍事力、経済力、保有外貨、金銀など総合的なものを指していると考えております。
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