第33話
ともあれ、折に触れて治癒魔法を施そうとする侍祭の娘に対して、幼少期から依存すれば免疫系の発達を阻害し兼ねないと断り、二日ほど養生して完治に至る。
「…… 素直に癒されたら良いのに、ジェオ君」
「でもさ、実際はどうなんだ?」
迷宮遺跡へ向かう下準備で某都市の商業区を巡っている最中、ぽつりと零したフィアの呟きに反応して、クレアが疑問を挟んできた。
どう説明したものかと口元に手を当てて逡巡していると、肩を並べていたサイアスに先を越されてしまう。
「例えば、だ… 家畜に由来する軽微な痘瘡を患った者は、重篤な症状を引き起こす疱瘡に罹り難い。これは最初の罹患で病原体の耐性が付くからだ」
「それは酪農地域で支持されている仮説であって、まだ断言できないのでは?」
「いや、《《遥かな》》過去に解明された確定事項だ」
あくまでも可能性の話だという愛弟子の指摘を払いのけ、我が師は病状を引き起こす、目に見えないほど “微細な存在” が世界に満ちていると嘯く。
「えっと、光の媒質のようなものでしょうか?」
「違う、架空の物質を引き合いに出されてもな……」
素朴な疑問を浮かべたフィアが尋ねるも、さらりと神学的な意味合いを持つ媒質を全否定されて、 “うぐっ” と小さな呻き声を漏らした。
そんな彼女のジト目に構わず、滔々と語られた微生物などの内容は… 生れ落ちる前の “邯鄲の夢” にて、様々な人生を辿った俺も聞いたことがない。
思わず半疑の気持ちを抱いたところで、何やら前方より喧騒が沸き起こった。
「ん~、誰か店先で揉めてる?」
軽い口調で呟き、よせばいいのに好奇心旺盛な斥候の娘リィナが偵察へ向かう。
致し方ないと諦めて後追いすると、雑貨屋の前で行商の男を激しく罵る少年らが視界に映り込む。
「… っ、謝罪が軽すぎるという言い分は理解できました。手持ち分なので少額ですけど、これで許してくれませんか」
「ふざけるなよ、下郎!」
「お前の《《誠意》》をレオニス様に見せろと言っている!!」
怒鳴る同年代の取り巻き二人から一歩引き、睨み付けている公子の砂埃で汚れた姿を見る限り、出合い頭にぶつかって転倒したのだろう。
噂に聞く王立学院初等科の制服を着込んだ彼らは居丈高な態度から、上位貴族の子弟と察せられるため、当然ながら行商もぞんざいに扱えない。
「申し訳ありません、何をすれば良いか教えて頂いても?」
「即物的なものに興味はない、言葉を尽くして俺の不愉快さを解消しろ」
衆目が集まり、野次馬の人垣が造られていく状況で、見知らぬ金髪の公子は憮然と言い放つが、ささくれ立った相手の心を凪がせるのは難しい。
かつての祖国なら土下座という文化的な最終手段があれども、西方諸国だと跪いて首を垂れるのは信仰対象だけであり、それも和解の妨げになっていたりする。
「対応を誤って拗らせると、結構な罪に問われるんだがな」
「女神様は命の価値を等しいって言うけどさ、貴族と平民で違うからね」
皮肉げに失笑したリィナを見過ごせないのか、眉根を寄せたフィアが教理を説き始めそうな雰囲気を見せたので、面倒だし機先を制させてもらう。
「仮にだ、この地で “領主家の嫡男” である俺が犯罪に巻き込まれ死んだ場合、ウェルゼリア領とヴァレス領の間に深い禍根を残す。極論、状況次第では紛争となって多くの民が潰えてしまう可能性すらある。つまりは……」
「“未然に災禍を防ぐため、王族や貴族階級は法的に護られているべき” なのは分かっています、地母神派に属する聖職者の末席として納得できないだけです」
既に理想と現実の折り合いは付いているようで、澄まし顔に戻った侍祭の娘から視線を戻せば、いつの間にか更なる王立学院の生徒が騒動の場へ現れていた。
11月も初旬が終わりますね。
皆様、良い週末をお過ごしください♪♬
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