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第32話

 なおすがりつくのを引きがして、ベッドのふちに腰かけ、着替えるから出ていけとばかりに寝汗で湿った上着を脱ぐ。


 妙に静まり返っているので振り向くと、やや頬を染めた真顔という名状めいじょうがたい表情のまま、鍛え上げている身体の隅々までじっくりとリィナに観察されていた。


「うん、修道院が男女別だったの忘れてたわ。あんまり耐性は無いみたい」


 露骨に照れながら真っ赤な顔でうそぶくが、視線はらさずに凝視してくるあたり、はしたないと突っ込めば良いのだろうか?


 逡巡しゅんじゅんの合間に心持ちを立て直した斥候の娘が一息吐き、こちらに先んじて桜唇おうしんより言葉をつむぐ。


「結構なお手前てまえで……」

「意味が分からん」


「やっ、筋肉質で絞れているし、傷だらけなのも凄みがあって悪くないと」

「ほぼ全てサイアスにやられた《《名誉なき》》負傷だけどな」


 運がいいのか、悪いのか、類稀たぐいまれなる者に師事できたのは僥倖ぎょうこうとして、その背中を踏み越えていくのは難しそうだ。


(何年も付き合ってくれる訳でなし、精進あるのみか)


 せめて一太刀は浴びせたいと考え込んでいたら、またしても横合いから色白な手が伸びてきて、不意討ち気味に片頬をつままれる。


「いひゃい、にゃにをする!」

「まったく、肌蹴はだけた姿で黙り込まれても困るじゃない。風邪、酷くなるよ?」


 呆れた様子のリィナから御叱おしかりを受けるも、当人が立ち去ってくれないので着替えは進まない。


 冷ややかな目で “お前が言うな” と睨みつければ、状況を察した彼女は誤魔化しの愛想笑いだけを残して、そそくさと部屋の外へ逃げていった。


 それを機に手早く身なりなど整えてから階下の食堂へ向かい、少し遅めの朝食を取り始めて十分ほど経った頃…… 市街地から帰ってきたフィアが姿を現す。


 細めな両腕には買い出してきたであろう薬草類や雑貨が抱えられており、何処か納得のいかない表情でテーブルに置いた後、対角線上にある席へ腰を下ろした。


「何故か、港湾都市より全体的に物価が安いんですけど?」

「あぁ、うちは商工系の組合が価格協定カルテルを結んでいるから高いのさ」


「ん… 司祭様との世間話で聞き及んでいましたが、弊害も多そうです。ご領主様はどういった理由で、商工組合の恣意的しいてきな行為を黙認しているのでしょうか」


 こてんと小首をかしげた侍祭の娘に隠すことなく、彼らが既得権益と引き換えに多額の納税をしている現状や、えて踏み込まない暗黙の了解なども教えてやる。


 なお、領内の財政にまつわる原資は領主家へ納められるため、父が私腹を肥やしているという世間の見方も的外まとはずれではなく、そんな事情もあってフィアが胡乱うろんな視線を俺に向けてきた。


「むぅ、少しの理不尽さを感じますね」


「ま、為政者いせいしゃ含めて実利で動くのは人のさが、我欲こそが進歩や成長をうながす側面もあるから、適当に折り合いを付けてくれ」


 無欲の善意でされたことが必ずしも良い結果を導くとは限らず、相互利益を重んじた方が奏功そうこうする場合も多いと煙に巻きながら、残りの食事を済ませていく。


 個人的には綺麗ごとを並べて、一方的に誰かを言葉で殴りつけるやからなど好かないし、むしろ腹の底にある悪意しか感じ取れない。


「性悪ほど善人(づら)で正義を振りかざす、とは上手く言ったものだ」

「うぅ、またジェオ君がひねくれた物言いを……」


 地母神派の侍祭としては許容しがたい皮肉だったようで、愁眉しゅうびを曇らせたフィアは善意の何たるかを訥々《とつとつ》と語り始める。


 使命感にあふれた彼女の説法を、右から左と聞き流しているうちに、宿屋にける朝の時間はよどみなく過ぎていった。

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