第28話
沈黙したまま活版を用いた複写技術に意識を割き、どのような機具を試作して浸透させるべきか思案していたら、にじり寄ってきた斥候の娘に頬を引っ張られる。
「にゃにをする、はにゃせ」
「ぷっ、猫みたいになってるわよ」
楽しげなリィナの手を退かせて、非難がましい抗議の視線を向けるも、さらりと微笑で受け流されてしまった。
「何かを真剣に考え込んでる姿は素敵だけどさ、皆と一緒に寛いでいる時くらい、独りで没頭するの控えた方が良いんじゃない?」
「喫緊のことでない限り、一理ある…… あらかたの食事は取り終えたし、そろそろ昼休憩も切り上げだがな」
やんわりと告げられた助言を受け入れてから、残っていた干し肉の欠けらに齧り付き、よく咀嚼して嚥下する。
改めて周囲を窺うと自身が最後だったらしく、頃合いとみたクレアが恒例になりつつある食後の運動へ誘うため、厚手の布を幾重にも巻いて、紐縛りにしている槍先を軽く掲げた。
俺も抜けないように革紐で剣鞘の固定を済ませ、街道沿いより少し離れた木陰まで連れ立って移動する。
「いつもの事ですけど、サイアスさんは混じらないのですか?」
「誰かを鍛えるのも修練の一環だ。無粋な邪魔をするつもりはない」
「というのは口実で面倒なだけね、最近分かってきた」
「そこは想像に任せるさ」
ひらひらと手を振った師に追い払われ、二本の《《訓練用》》ダガーを手にしたリィナと、錫杖を抱えたフィアも近くに歩み寄ってきた。
駆け出し冒険者の少女達は其々《それぞれ》に間合いを取り、覚えたばかりのマナ操作で身体能力を底上げして、微妙にタイミングをずらしながら仕掛けてくる。
先陣を切るのは右斜めから弧を描くように肉薄した斥候の娘であり、剣先が届くか否かの攻撃を誘う位置で急制動すると、双短剣による防御姿勢を取った。
続けざま、奇を衒う初手でのフェイントが生じさせた意識の間隙を突き、一点を穿つことに特化した鋭い槍撃が真っ直ぐに飛んでくる。
「初心者の寸止め、信用するには危険だな」
「うぐっ、酷い」
さらりと心の声を零しつつ、クレアの愛槍を牽制代わりにリィナのいる方向へ鉄剣で弾き、左斜めから振り落とされたフィアの錫杖を連続的な後方跳躍で躱す。
めげない侍祭の娘は止まらずに距離を詰め、先ほどの一撃で杖頭の下がった状態より、俺の脇腹へ逆袈裟の打突を喰らわせようとしてきた。
目で軌道を追えている手前、難なく鉄剣で受け止めれば、接触部を支点として回転させた杖の余勢に加え、自重も乗せて防御を崩そうと押し込んでくる。
「身体強化の精度差とは謂え、最も膂力を持つのが神術師なのは切ないな」
「他の二人に比べて、マナの扱いには一日の長がありますからね」
「だが、拙い」
「っ!?」
身体が触れ合うような至近で言葉を交わした直後、剣柄より離した左手でフィアが纏う法衣の襟を掴み、強引に引き付ける動作と合わせて半身で右側へ抜ける。
その際、自身の左脇越しに片手一本で背後へ刺突を放ち、心臓がある辺りの裏側を剣鞘に納めた切っ先で小突くことも忘れない。
「あうぅ、普通に死亡判定だよね、これ……」
やや沈んだ声で呟き、早々に退場する侍祭の足音が耳に届いた。




