第27話
「まったく、待てど暮らせど護衛の指名依頼が来ないと思ったら… これを作っていたのね、ダーリン」
「その呼び方は止めろ、何とかならないのか?」
旅路での誤解を避けるため、麻紙の書類を弄んでいる斜向かいの草地に座ったリィナから視線を外して、小動物のように昼食のパンを食んでいた侍祭の娘へ問う。
「もはや揶揄っているだけかと、反応を見るのが面白くなっているみたいです」
「ん、否定はしないけどさ、無駄に偉そうで尊大な性格だし、私が構ってあげないと “ぼっち” 確定だよ?」
態とらしく眉を顰め、何やら慈愛に満ちた眼差しで見つめてくるも、口元だけは微妙に嗤っているという、隠し切れない愉悦の混じった心配顔には苛立ちを覚えなくもない。
ここ数日の経験により、反駁しても彼女を喜ばせるだけと学習済みなので、耳に聞こえてきたサイアスの忍び笑いごと黙殺しつつ、我関せずの態度を決め込んだ。
「ふふっ、釣れないように見えて、ジト目になってるのが可愛い♪」
「…… 貴族の子弟を籠絡して玉の輿とか、もう関係ないみたいだな」
やや呆れ気味に呟いたクレアと目が合い、お互いに苦笑を浮かべていれば、視界の端で身動ぎしたフィアが自分達宛の依頼票を手繰り寄せる。
既にリィナの興味は離れているらしく、あっさりと手放された麻紙の品質を暫く確認してから、やや俯かせていた顔を緩りと上げた。
「布教のため、聖典を量産するのにも使えそうですね。街に戻ったら、司祭様に見せる分を数枚ほど頂けませんか?」
「あぁ、うちの元庭師に用意させる。同一内容を複写するだけなら、華国の活版という技巧の導入も考えておこう」
「「「活版?」」」
恐らくは既知故に興味なさげな我が師を除き、可愛らしく小首など傾げた三人娘が、鸚鵡のように聞き慣れない言葉を反復する。
“知識は共有されてこそ意味がある” と、魂の集う場所にて人生の一端を見せてくれた過去の碩学も語っていたので、その独特な印刷技術が生まれた経緯と “廃れた” 理由にも言及していく。
「ん~、文字ごとの木版(活版)を枠に嵌め並べて、刷りの原版にする発想は良くてもさ… “大量の漢字” を扱う華国じゃ、煩雑すぎて広まらないわね」
「その結果、昔からあった彫版に駆逐されて、短い期間で歴史の中に埋もれたわけだが、言語形態に差のある西方諸国だと話は違ってくる」
聡いリィナが途中で挟んだ指摘に答えながらも観点を切り替えれば、今度はフィアが納得顔で相槌を打ち、徐に桜色の唇を開いた。
「菫青海を環状に取り巻く沿岸地域は古代ローウェル帝国の文字を継承している上、その種類は26文字と然して多くありませんからね」
「つまり、あたし達には彫版よりも活版の方が適しているという事だな……」
「うん、地母神派の聖典を刷るだけなら、どっちも実質的に変わらないけど」
気安い態度で幼馴染に応じた侍祭が話を締め括り、傍に置いていた香草茶入りの革水筒へ手を伸ばす。
最後まで語らせてもらえなくとも、自身の言わんとする事は理解されたようなので、余計な蛇足を付けることなく、俺は瞑目して口を噤んだ。
※ 実はグーテンベルクの活版印刷より遥か昔、中国で活版印刷機が発明されていたんすよ、知ってる人少ないけど。ただ、アルファベット26文字に対して漢字は凄まじい数があるので、文字盤を組み合わせる手間や、用意すべき活版(一文字単位のハンコ)の数が多すぎて、まったく評価されず消えていったのです。
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