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第26話

 後日、その話は母と妹の応援もあって円滑に進んだものの、ヴァレス領の迷宮遺跡へ向かう準備が思うように進まない。


 当初は父の膝元である港湾都市の行政局にまとまった麻紙を納品して資金を確保しつつ、今後の取引に関する筋道なども立ててから、馴染みの庭師に任せた上で旅立つ方針だったが……

 

 一通りの根(まわ)しを終えて長期的な旅の支度したくに取り組んでいたら、施政しせいからんだ通達文を()()で受け取った冒険者組合(ギルド)より、早くも大量買いの打診が来てしまった。


「流石に目聡めざといな、少なくない羊皮紙を依頼票にあてがう組合の職員は」

「表面をナイフで薄く削って再利用できるにしても、割高だからね」


 昼休憩の最中、差し入れた菓子店のタルトをかじりながら、何とはなしに鍛冶屋の次男坊が呟けば、紙造りの作業で互いに打ち解けた貿易商の三男坊が同意を示す。


 そのり取りに相槌あいづちを打つかたわら、一人だけ黙り込んでいる庭師の様子をうかがうと、何やら死んだ魚のような目になっていた。


「ここ半月ほど忙しくて、屋敷に顔を出せてないんです。私の手掛けていた庭の花々、どうなってますか、坊ちゃん?」


「初夏の日差しを受けて、いい具合に干からびているぞ」

「うぐッ、さらりと悪辣あくらつなことを言いやがりますね」


 がっくりと項垂うなだれて、深く溜息する姿に哀愁を誘われてしまい、俺は喉元まで出かけていた続きの言葉を寸前で飲み込む。


(言えない… もう新しい庭師を手配したから、実は大丈夫だとか)


 お役御免(ごめん)になった訳でなく、幾ばくかの利益を領主家にもたらしそうな製紙業へ専念させるという父の配慮なのだが、この様子だと本人の同意を得てないようだ。


 したる裁量権がない息子の立場で言及するのも筋違いだろう、などと適当な理由で自らを誤魔化して、もはや紙職人と成り果てた中年の肩を軽く叩いてねぎらう。


 されども現状の扱いに納得がいかないのか、こちらの腕をひしっとつかみながら、()庭師は物言いたげな視線を向けてきた。


「話せ、聞くだけは聞いてやろう」

「人手を増やしましょう! 私が抜けても構わないくらいに!!」


 そう勢い込まれたところで、各製紙工程の絶妙なさじ加減を余さず伝授しているのは彼だけであり、事業が軌道に乗るまで最低でも1~2年は解放できないし、するつもりもない。


 若干、腹黒い内心を悟らせないようにうなずいて、今後も大口の注文が来るようなら、製紙場の拡大と一緒に検討する趣旨しゅしの言葉を返しておく。


「考慮の結果、どうするかは別の話だけどな」

「…… 坊ちゃん、本音が漏れてますよ。段々と旦那様に似てきましたね」


 微かな良心の呵責かしゃくから生じた小声を拾い、いぶしげに呟いた元庭師の指摘を何事もなかったように受け流して、休憩は終わりだと仕事の再開をうながす。


 自身も足を運んだついでに作業の輪へ混じり、ひたすら大釜に放り込まれた麻を棍棒で叩きほぐして、紙の原材料となる植物繊維を柔らかくしていった。


 この場で一緒に汗を流した皆の尽力もあり… 地場産の麻紙は納品先を通じて市井しせいの人々に認知され始め、羊皮紙の代替品として王都まで噂が届くことになる。

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