第25話
なお、三人娘が空騒ぎしていた頃… 先に食堂を去った地元領主の倅は寄り道して、焼き立ての菓子が食べられるよう軒先へ小卓を並べた店舗を訪れていた。
「はい、お待たせしましたぁ、さっきお勧めした新作です♪」
「…… 見る限りでは、ただの焼き菓子のようだな」
やや間延びした声に続き、そっと差し出された木皿の上には何の変哲もない、ありきたりな厚焼きのクッキーが数枚ほど乗せられている。
底の浅い食器から一枚摘まんで齧り付けば、生地の内側は空洞になっており、とろりとしたクリームが溢れてきた。
ほどよく抑えられた天然の甘みが口内に広がり、俺の味覚を刺激する。
「これは謳い文句に違わず、 かぼちゃだな」
「ちゃんと狙い通り、隠し味を分かって貰えたようで嬉しいです」
薄く微笑した女店主が頬に両手を添えて喜ぶも、わざと蜂蜜の使用量を減らして、素材を前面に押し出しているあたり、まったく微塵も隠していない。
濃厚な味わいが良い特徴になっているのは兎も角、少し違和感のある言い廻しを質そうとしたら、機先を制した彼女が意気揚々と語り出す。
「これ、自信あるんですよぅ。茹でたかぼちゃを磨り潰して、きめ細かい布で裏漉したのを生クリームと混ぜて作ってみました!」
件の三人娘よりも数歳年上と思しき、二十歳前後の元修道女が拙く見える仕草など交えて、上手く調理できた喜びを露にする。
楽しげな姿は見ていても不快にならないので、さらりと微笑み返してから二枚目の焼き菓子を食んだ。
「妹や母にも買って帰りたい、十数枚ほど包んでもらえるか?」
「毎度ありがとうございます、若君。ご夫人に宜しく伝えてくださいね」
「…… 一応、街中で浮かないように麻製の古着を調達したんだが?」
「ふふっ、修道女の頃、何度か礼拝堂で見掛けていましたから」
すぐに判りましたと種を明かしつつ、何処からともなく差し出してきた焼き菓子の包みを受け取り、財布代わりの革袋へ手を伸ばす。
無言のまま目配で値段を問えば、緩い雰囲気ながらも計算高そうな女店主は左右に首を振り、おまけしておくので砂糖を安く卸せる商人がいたら、会わせて欲しいと頼んできた。
ただ、輸出側の中東に於ける砂糖は貴重な収入源であり、各国がサトウキビの栽培方法や苗などの流出を防ぐのはもとより、近隣諸国と歩調を合わせた価格統制まで行われている。
輪廻の狭間で見た “邯鄲の夢” にも関連する知識は少ないため、大農園での労働集約が必要だとしか言えない。
「あんまり、卸元の価格差が出る品目ではない気もするな」
「お金持ち相手の菓子に使うだけですし、期待せずに待っていますね♪」
終始、柔らかな物腰で応接してくれた女店主に見送られ、甘い香りの漂う軒先から離れて本来の道筋に戻る。
小脇へ抱えた焼き菓子は甘いもの好きな母娘が父と一緒いる時、それとなく香草茶に添えて出すことで話題に上げ、頼まれごとの了承を得る算段なのでメイドに一旦預けておいた。