第21話
「硝子を加工した鏡の話は物のついでだ」
「本来の用件を伺っても?」
「あぁ、お前が造らせている麻紙の売り方を聞いておこうと思ってな」
にやりと笑う父の姿を見る限り、もう自身の胸中には正答があるのだろう。
凡そ、何を考えているかの推測は付くが、妙に自信ありげな態度が癪なので、奇を衒った物言いを投げ掛ける。
「取り敢えず、当面は父様に買い上げてもらいます」
「ははっ、やはりそうくるか」
「港湾都市の行政局、町村の役場で官吏達が消費する羊皮紙は結構な量ですから、安価な地場産の麻紙に置き換えるのが経済的にも上策かと」
領内に於ける為政者が率先して取り扱い、交易に使う契約書や債務証書(手形)も麻紙で発行するように仕向ければ、彼ら経由で国内の都市圏へ浸透するはずだ。
仮に安定した品質の証書が供給できるなら、華国の一部地域のように銅貨程度の低い付加価値を持たせた紙幣の発行も夢ではない。
その足掛かりとするため、半公的な民間組織である各種の組合にも麻紙を持ち込み、先ずは様々な書面に利用してもらおう。
「品質と価格の釣り合いを考えたなら、羊皮紙よりも優れているのは明白です。やがては従来品を駆逐するでしょう」
「ふむ、領内には無くとも、他領の羊皮紙職人組合と揉める事は考えておくべきか。 まぁ、全ては麻紙の売れ行き次第だ。商いの道は厳しいぞ、精々励めよ」
いつもの如く上から目線で締め括った父が殊の外、上機嫌だったこともあって、 この機に一月ほど領外へ出たい旨を伝えようと思い立ち、自らの姿勢を糺す。
以前、土蜘蛛の魔物を相手に立ち廻った時から、多少なりとも考えていた事だが、実戦で得られる経験値は無視できないほどに大きい。
師のサイアスが過去の英雄に比肩する強者なので、着実に日々鍛えられているものの、同一人物との鍛錬だけでは限界もある。
「父様は極東で言うところの幽世、ヴァレス領の迷宮遺跡をご存知ですか?」
「…… 既に枯れているとは謂え、異界の影響を受けた浸食領域だな」
知名度が高い土地故に愚弄するなと眉を顰め、こちらの思惑を先読みしたであろう父は深い溜息を零した。
俄かに目を閉じて黙り込み、眉間に皺を寄せながら低い声で唸り出す。
「獅子は我が子を千尋の谷に落とす、可愛い子には旅をさせよ、と言い聞かせてもフローディアには通用しないからな、自分で説得するなら妥協しよう」
ただし、と付け加えた父は腕前を買っているサイアスも含めて、複数人の護衛を付けるように言及してきた。
公費で雇われている港湾都市の常備兵を引き抜き、気侭な旅路に同行させる訳にもいかず、心当たりを探して逡巡する。
(いつもの庭師は… 無理があるし、無難に冒険者組合で見繕うか)
先に指摘された通り、目的地の迷宮遺跡は休眠期に入っているため、散発的に生じる球門から誘引された異界の魔物が出てくることはあっても、そこまで脅威度の高い個体は確認されていない。
かつて周辺地域の領土を護るために造られた堅牢な迎撃都市でさえ、今や駆け出しの冒険者が腕試しに集う拠点として賑わっているくらいだ。