第17話
「…… しかし、解せないものだな」
領主たる父の命令で行政局が手配した水路沿いの建屋にて、壁に凭れながら汗だくで麻繊維を叩きほぐしている庭師や、一緒になって働く若者二人を眺めて呟く。
意図せず漏れた小声にも拘わらず、耳ざとい庭師が言葉を聞きつけて振り向き、その小首を傾げた。
「何の話か知りませんが、坊ちゃん… 憂鬱そうな表情で佇んでいるくらいなら、手伝ってください、身体を動かせば気分も紛れますよ」
「断る、この後にサイアスとの鍛錬があるからな。それはさておき、貴様らが持つウェルゼリア領主の印象を聞きたい、噂されているほど思慮に欠けるとは思えん」
先日の一件以降、施政や経済に絡んだ話を父とするのが習慣化しつつあり、稀有な商才はあると分かってきたので、どうにも世評の真偽が気に掛かってしまう。
問われた庭師が返答に困って苦笑いを浮かべる傍ら、父親同士の付き合いで紙造りに駆り出された鍛冶屋の次男坊や、水揚げされた貿易品に加えて海産物も少しだけ扱う貿易商の三男坊が口を挟む。
「ご当主のディアス様、お金が絡むと律儀な方ですよ」
「そこら辺の細かさが守銭奴の噂に繋がっているのと、ある種の成功者にありがちな、“格差は努力に由来する” という考え方が嫌われているのでしょう」
何やら物知り顔な商家の三男坊に続きを促せば、自領の政策では富の再分配に関する部分があまり考慮されておらず、一般的な領民達の暮らし向きが他領よりも少々厳しくなっている現状を語り始めた。
無駄に饒舌だったので要約すると…… 領主を頂点にした官吏、同業を纏める有力な商人、腕利きの職人らが領内の権益を寡占しており、阿吽の呼吸で価格統制も行っているらしい。
「うちの商会だって、親父の方針で積極的に協定へ参加していますけどね」
「実際、街で売られている品物の値段はどうなんだ?」
「生活の必需品を中心に割高ですが、極端な高額ではありません」
「生かさず殺さず、真綿で首を締めるようにか……」
替えの利かない穀物や塩などで領民の足元を見て、堅持された一定の価格で末永く買わせる方針は合理的であれども、売り手以外の負担になるのは言わずもがな。
日々節制に努める領民達の立場だと迷惑でしかなく、その仕組み自体が格差の固定化を齎している。
「人は誰かとの比較で自身の幸福度合いを計るからな、不満も出るだろう」
「体の良い矛の向け先がジェオ様の父君、ご領主なのですよ」
「まぁ、やたらと不遜な本人の性格も災いしている筈だけどな」
「いや、坊ちゃんも大概ですよ、本当に……」
ここ数日、紙造りのせいで “本来の仕事” ができてない庭師がぼやき、屋敷の庭園が荒れたらフローディア奥様に叱責されると嘆き出したので、ぽんぽんと落ちた肩を叩いてやった。




