第16話
「…… 主たる原材料がそこら辺に生えているのは良いな、金が掛からん。ジェオ、麻が紙となるまで他には何が必要だ?」
「植物繊維を絡ませるためのでんぷん糊に使った小麦粉、素材の色にならないよう混ぜ入れた漂白用の石灰です」
凡その分量も補足すると実父のディアスは控えていたメイドに筆記具を所望した後、製紙の作業工程及び所要時間なども細かく確認してくる。
その反応から評価を上方修正している間にも、羽ペンと没食子インクが届けられて試製品の麻紙へ原価や売価、損益分岐点に係る数式が綴られていった。
「ふむ、羊皮紙よりも白くて文字が映える違和感や、破れ易そうな印象はあるが… 現地生産なら輸送費は掛からない、値段を安く抑えられるのは代えがたい魅力だ」
「どう、領内の特産品になりそうかしら?」
「製造に関わった者達に緘口令を敷けば、数年くらいはな……」
手持ち無沙汰になっていた妹をビスケットで餌付けしつつ母が尋ねると、父は少し考え込んでから訝しげな視線を向けてくる。
つい先ほど自身が述べた事で、西方諸国では知られていない製紙法に関して、年若い息子が理解している矛盾に気付いたのだろう。
「どこで本格的な紙造りの知識を?」
「先に伝えた通り、街で出会った商人らの話を基にして、足りない部分を既知の事柄と想像で補ったところ、偶然にも良い仕上がりになっただけです」
望外の収穫に過ぎないと嘯き、煙に巻いて誤魔化そうとするが、疑り深い性格の父は小首を傾げてしまう。
されども商機に繋がる話なので、ここは折り合いを付けたいのか、悩ましげに小さな呻き声を漏らした。
「そこは私達の息子が優秀だという事で宜しいかと」
「分かった、難しく考えるのは止めておこう」
差し出口を挟んだ母の意見に便乗して頷き、逸れかけた主眼を戻す。
「人手が欲しいのだったな、うちが資金を貸し付けている商店や職人らの身内を雇おう、無縁の者よりも口が堅くて真面目に働くはずだ」
「元を糺せば金貸しから成り上がった家系らしい発想ですね、父様」
「ははっ、私がやっているのは慈善的な投資だぞ、人聞きの悪いことを言うな」
さらりと笑顔で否定された貸金業は貨幣の流通に伴う古い職種だが、食料等の生産活動に従事しないという点に於いて教会から否定されており、大手を振って取り組めることではない。
故に幾つかの法律で規制されているため、利息を支払わせる契約自体が処罰対象なものの… 寄付金や手数料の名目で徴収する行為は違法に当たらず、その手段が蔓延していても資金の借り手は多かったりする。
「金は市井を廻るもの、その言い分も一理あります」
「ふん、我らのような貸主こそが国家の交易を支え、間接的に民草の生活も快適にしているのだがな。溜め込むしか能の無い中央の司教連中ときたら……」
何気なく返した肯定の言葉が父の琴線に触れたらしく、長々と如何に貸金業が崇高な商売かを熱く語られてしまう。
途中、眠そうな妹のディアと一緒に離れた母から後を託されたので、逃げること叶わず時折の相槌など入れて意見を交わした結果、結構な時間を吸い取られる羽目になった。
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