第14話
「にぃさま、これなに?」
「クワ科植物の麻だ。雑草よりも成長が早くて主に庶民向けだが、抽出した繊維は衣服の原材料にも使われている」
可愛らしく小首など傾げた妹のディアを見遣り、物のついでに自分達の平服に使われている上質な亜麻に関しても、厳しい栽培条件に基づいた価格や品質の差異を含めて簡潔に説明する。
少し難しかったようで、子熊の縫いぐるみを両腕に抱き締めた妹は小さな唸り声を上げてしまった。
「れんさくしょうがい? とか、わかんない」
「すまない、もっと嚙み砕くべきだった」
ひとつの土地で同じ作物を作り続けると成長しなくなり、やがて枯れ果てるのを連作障害というのだと丁寧に説明して、拙いなりに何とか納得してもらう。
「ん、わかった。れんさくダメ、ぜったい!!」
「一体、お嬢に何を教え込んでいるんですか……」
やや呆れ顔の庭師が歩み寄り、領主家の娘が農耕に携わることはないだろうと口を挟むも、当然に幅広い分野の知識はあった方が良い。
「そんな考えだと視野狭窄に陥るぞ、浅慮だな」
「うぐっ、相変わらず口が悪いですね、坊ちゃん」
生前の上から目線な口調はあまり改善されておらず、身内… 前世でいうところの皇族には大抵敬語だったことから、両親はまだしも他の皆が相手だと襤褸を出してしまう。
ばつの悪さを内心で感じながらも、日々鍛錬の後に中庭で顔を合わせているため、平然と指摘してくれるほどに仲良くなった庭師へ礼を述べる。
「貴様の言葉は留意しておこう、ありがたく思え」
「はいはいっと、言われた通りに諸々の準備はできましたよ」
「そうか… なら、麻を30㎝程度にざっくりと切ってくれ」
「構いません、それは本職なので」
いまだ興味が尽きないのか、ディアが見守る中で手際よく切られた茎の断片を大鍋に放り込み、庭師と一緒に棍棒で叩きほぐしていく。
結構な重労働だが、飽きた妹が去っても延々と叩き続け、頃合いの状態となった後に取り出してから、地道な手作業で柔らかくなった茎の繊維を裂き剝がした。
「………… そろそろ、家に帰っても?」
「却下だ。もう少し手伝え、駄賃は俺の小遣いから出す」
「はぁっ、仕方ありませんね」
ぼやきつつ了承した庭師と簡素な石組みの窯など造って大鍋を載せ、自身の集中力を高めて自然環境下のマナに干渉する。
敷地内の井戸と繋がる水脈の座標を探り、魔術的手法で大鍋の真上と空間的に連結してやれば、何もない空中より水が零れ落ちてきた。
その様子に庭師が目を見開き、感嘆の言葉を漏らす。
「凄いッ、坊ちゃんがいれば日照り知らずで領内は安泰だ!」
「くだらない… 馬鹿なことを言うな、これには種も仕掛けもある」
長期間に渡って雨が一滴も降らず、土地が枯れてしまえば水を汲み取ることは不可能だ。一々説明するのも面倒なので、否定だけして火打金で燧石の縁を擦り、石窯の下につめ込んだ薪へ火を点けた。
暫時の後、ほどよく大鍋の湯が沸き立ったのを確かめ、港町だけに入手し易い海藻のソーダ灰を投入してから、手間暇かけた麻繊維も加えて丹念に煮込んでいく。
そのまま漂白用の石灰を混ぜたりしながら薪が燃え尽きるのを待ち、別の大鍋に中身を移して水に晒せば、現時点で取り組める作業はなくなった。