第120話 ~幕間:とある地下墳墓にて~
誰も居なくなった地下墳墓に足音を響かせて、大小二つの人影が最深部の水場へ訪れる。その片方、外套など纏う屈強な老教授が溜息交じりに口を開いた。
「あれの身柄を奪われましたが、良かったんですか、お師様?」
「良いも悪いもないわ、面識があるのに堂々と出ていけないでしょう」
徐に尋ねられた臙脂色髪の少女は飄々と宣い、祖父と孫ほど歳の離れた相手に不遜な態度を取るも… 給仕服を着込んだ姿なので、主従の立場は逆に思える。
事実、比較的に接点が多い王立学院の者達も誤認しているため、高名な錬金術師のアルト・アンダルス教授と、助手兼メイドの関係性を真に知る人物は殆どいない。
彼にとって蕃神の末裔たる長命種の少女ドロテアは、野盗団に焼き滅ぼされた村で自分を拾い育てた姉であり、母であり、生涯の伴侶でもある一概に言い表せない存在となっていた。
そんな彼女が憂いを見せて、百年以上も聞き続けた愛しい声で語り掛けてくる。
「あの人狼娘、十分に役立ったのかしら?」
「えぇ、寿命を継ぎ足して、研究を続けるのに必要なマナ結晶体は確保できました」
「そう、約束を破るのは趣味じゃないし、献身にも応えてあげたかったけど……」
「あとは領地貴族の小倅に任せましょう、悪いようにしないはずです」
王都にいても耳にする辺境の英雄、ここ数年でウェルゼリア領の近隣に紙幣を普及させたとか、“槍の乙女” や “踊る双刃” など従えて領内の魔物を狩り尽くしたとか、貴族にありがちな虚飾された吹聴かと思えば然に非ず。
守銭奴な父親と違って酷い噂もないため、一先ずの様子見を勧められるまま、こくりと人外の少女は頷いた。
「下手に関わらない方が賢明ね。あの子、“討ち手” と同じ匂いがする」
「我々は現生人類の敵と判定されてませんが、問答無用の輩もいますからね」
風変わりな知己らとは友諠を結べているものの、油断をすれば寝首を掻かれ兼ねない間柄、市井に紛れて暮らすには警戒すべきものが多いのだ。
自身の延命が二十年ほど可能なだけのマナ結晶体を得ている現状だと、変わらない師の姿に疑問を持たれるまでは学院の研究室へ引き籠り、只管に実験を繰り返すのが良い選択だろう。
その旨を伝えるとドロテアは妖艶に微笑み、そっと自身の下腹部を撫ぜる。
「ふふっ、はやく此の身を孕ませて欲しいわ。お願いね、アルト」
「…… お師様だけを残して死ねません、必ず子は成してみせます」
幾ら外法に染まろうと只人の命には限界があり、永劫を生きる彼女は暇潰しに拾った凡愚のせいで、人並みの感性を得て、愛し愛される幸福も知り… 何かを手に入れるたび、精神の在り方が脆弱になった。
ヒトガタの怪異として無味乾燥に過ごすより、くだらない些事で一喜一憂したいと本人は嘯くも、大切なモノを失った経験が乏しい故に心配は募るばかり。
(すべては貴女のため、その心が乱れないように、せめて縁となるものを……)
胸裏で呟いた老教授は何もない空間に片手を突っ込み、かつて野盗達への鏖殺に使えと渡された魔導書『エメラルド陶片』を取り出して、領域爆破の魔法で壊された石畳や骨の破片に干渉すると、墓所の原状回復を試みる。
ほぼ寸分違わず元の状態に戻してから、眠る死者達への黙祷を捧げ、黒幕の師弟は通路の暗がりに消えていった。
王都の昏睡事件編はここまでになります。
と言う訳で一次完結と致します。
皆様、またの機会に会いましょう。
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