第119話
「人為的な鉱床ってところね、他のも貰って良い?」
「ぶれない金銭感覚は結構ですけど、話が逸れていませんか、二人とも」
現金な性格すぎる幼馴染に絶対零度の視線を投げつつ、すぐにでも半死半生な人狼の少女を癒させろと司祭の娘が言外の圧力を掛けてくる。
ただ、結論から言うと吸命の錬成陣が健在な限り、注いだ魔力もすべてマナに還元されて奪われるため、現状では徒労に終わることだろう。
「では、どうしろと?」
まだ救えそうな命を諦めるなど、情け深いフィアの選択肢には無いようで… 大まかな見識を述べると、豊かな胸を揺らしながら詰め寄ってきた。
「一応、相手の出方を待つのも手だが… 伏兵の夜鬼を討った時点で黒幕には雲隠れされる可能性の方が高いな、この錬成陣は潔く破壊しよう」
それと同時に少女を生き長らえさせている効果も消し飛ぶので、治癒魔法を掛け直せるように伝えてから、領域爆破の魔法で石畳ごと要所を穿ち、すべての権能を術式から完全に消失させる。
直後、司祭の娘が聖槍の石突で地面を叩き、新たに環状魔法陣を被術者の真下へ顕現させて、中途半端に放置されている大小様々な全身の傷を塞いでいった。
「もう生命の危険は無いでしょうけど、これが私の限界ですね」
手に負えない濁り腐った眼球や、人肉の抉れた欠損部に表情を顰めて、自身の至らなさを嘆いたフィアが促すように見詰めてくる。
こういう時は手段を選ばないのかと溜息交じりに一歩進んで跪き、外法呼ばわりされることも多い人体錬成を施すにあたり、術式解読の際に見つけた邪魔になりそうな異物を取り出すため、少女の口腔へ右手を突っ込んだ。
「うぇえ、ぁあ!」
驚いた相手が噛みつき、必死で腕に爪を立ててくるも、軒並み潰されているので然ほどの傷にはならない。
執拗に何度もえずかせて嘔吐反射を引き起こさせると、数回に分けて丸められている胃液塗れの羊皮紙を吐き出した。
「魔導書の断片か、よく頑張ったな」
「うぅ……」
そっと恨めしそうな涙目で睨む人狼の少女を抱き締め、落ち着くまで獣耳ごと薄汚れて固まった濡れ羽色の髪を撫でる。
そうして油断させた刹那、隠し持つナイフで傷口を抉り、切り取った肉片を拝借すれば、凄まじい絶望が込められた表情を向けられてしまった。
多少の罪悪を感じつつも、直下に広げた魔力波の定位反射で窒素やカリウムなど含んだ地下水脈を探り、空間魔法と水魔法の併用にて諸々の元素を濃縮させながら、掌上に水球を形作らせる。
さらに少女の端肉を投じて溶かし込み、大気中のマナも加えて欠損部に押し当てると、見守っていたフィアが聖魔法のヒーリングライトを発動させて、薄赤い水球に内包される体細胞の賦活化と増殖を引き起こした。
「このやり方で私の身体も補われたのね」
「あぁ、他人の体細胞を使うと免疫系の拒絶反応が出るからな」
意識を集中させる必要性もあって、素っ気なくリィナに答えている間も、少女の魂魄に刻まれた設計図に基づき、失われた筋肉や血管が元通りに復元されていく。
取り敢えず、凡その治療が終わったところで、過去の反省も踏まえて存在を変質させないように施術を止めれば、こちらに疑問符を浮かべる先例の視線が投げられた。
「ダーリン、腐った眼球と折れた犬歯を忘れてない?」
「完治させるのは行政府の官吏に虐待の跡を見せてからだな、製紙工場で身柄を預かるにしても、公的な手続きを踏まえないと問題になる」
仕方ないだろうと不服そうなフィアを一瞥して、口に手を突っ込まれたり、端肉を切除されたりする反面で、優しくもされて混乱中の人狼娘を抱えて立ち上がる。
両手が使えないこともあり、呪術に用いられていた魔導書の断片とマナ結晶体はリィナに回収を頼み、幾つかの戦利品? を得た俺達は水妖らと合流しつつ、過去に迷宮浅層だった地下空間の出口へ向かった。




