第117話
「銃は近接格闘の武器じゃないんだが……」
「でも、不思議と様になっていますね」
疑問を呈しつつも聖槍を斜に構え、弾避けの魔法障壁を張ってくれたフィアの指摘は言い得て妙であり、半人造の少女が双剣のように異種の得物を扱う姿は堂に入っているため、余計な手出しなど無用に思える。
膂力に勝る幽世の夜鬼と正対せず、彼女は素早い円軌道の動きで攻撃を躱す傍ら、至近よりの銃撃を喰らわせたり、反りがある鉈剣の刃を打ち込んだりしていた。
「―――ッ、アァ!!」
「… 雑過ぎ」
癇癪気味に振り抜かれた裏拳を低い体勢で避け、余熱の籠る銃口を無防備な脇腹に押し当てたリィナが呟き、情け容赦なく水平に寝かせた拳銃の引き金を絞る。
初速410m毎秒で射出された魔法銀製の弾丸は、いとも簡単に筋肉の鎧を穿ち、赤黒い血を繁吹かせた。当たり所が良ければ肋骨を砕き、衝撃によって散らばる破片で動脈や、臓器に幾ばくかの損傷を与えていることだろう。
されども黒面の怪物は止まらず、身を離した彼女に向けて遠心力のまま、中段の廻し蹴りを放つ。
危害範囲の広い一撃にて避ける方向を狭めた上、半孤を描くような切り返しの動きで踏み入り、強烈な尾撃を斜めに打ち出した。
「ん… 及第点かな?」
垂直に跳ねながら宣い、襲い来る尻尾に右足を添えた状態から、機敏なリィナは相手の攻勢も利用した後方宙返りで難を逃れる。
その間際にも一発、鎖骨付近に腰椎まで抜ける射線の弾丸を撃ち込み、追加のダメージを蓄積させるのも忘れない。
精彩が欠けた夜鬼は我武者羅に剛腕を振るうも、失血によって活動の限界を早めるだけとなり、更なる銃撃も嵩んで黒い巨躯を跪かせた。
「――ッ―」
もはや虫の息となった怪物を半人造の少女が眺め、銃身の左側に恐らくは先史文明の工房名、右側に “92X” の文字が刻印された拳銃を軽く回転させて、太腿の革製ホルスターに仕舞う。
手作りなので一発あたり小金貨一枚に相当する弾丸を無駄遣いしたくないのか、彼女は黒面に叩き込んだ鉈剣の袈裟切りで止めを済ませ、眼前の脅威が溶け消えるのを見届けて振り向いた。
「えっと、9×19㎜ の複製弾は経費で落ちるよね、ダーリン?」
「明言しないが、善処しよう。取り敢えず薬莢を拾っておけ、それも魔法銀製だ」
「むぅう、これは払う気がないやつだ!!」
「この昏睡事件を解決できたら、大司教様に掛け合ってみましょう」
地母神派の手で王都の騒動に終止符を打てば効果的な宣伝となり、聖マリア教会の信者も増加が見込めるため、実費くらいは出して貰えるだろうとフィアが嘯き、不満げな幼馴染を諫める。
実際、乗り掛かった舟ではあるものの、少なくない費用や労力を投じており、もう慈善事業と言えない状況なので、最低限の採算だけは取らせて欲しいところだ。




