第106話 ~ とある冒険者の溜まり場にて② ~
粗方の事柄が出揃い、手分けして直近の昏睡被害が生じた複数ヶ所を探ろうとなった頃、組合支部の食堂に二人の冒険者が入ってくる。
華奢ながらも引締まった身体つきで猛禽を思わせる斥候の娘と、物騒な長物を抱えた司祭の娘は入口脇の円卓に陣取り、近くにいた女給の一人を呼んだ。
「取り敢えず、お勧めの香草茶と焼き菓子を♪」
「この学院、料理研究者の教授もいるらしいので期待が持てます」
「あはは… その人、栄養価に拘泥して味は二の次ですから、ご希望に叶うものなんて、彼のレシピには何一つ無いんですけどね」
ざっくりと前置きした女給は木版に彫り込まれている番号付きのメニューを見せ、自身が美味しいと感じた品々を語り、同意を取って注文と成す。
その内容を厨房へ伝えるにあたり、符丁となる数字が刻まれた小さなメダルを探して、給仕服のポケットをまさぐる姿など眺め、ぼそりと第一王子のルベルトが言葉を紡いだ。
「貴重な回復役、別に増えても困らないよな」
「後衛にでもと考えたのでしょうが、あれは地母神派が誇る “槍の乙女” です。彼女は添い遂げる自身の英雄を決めていますので、こちらに靡く余地はありませんよ」
“私がそうであるように” と補足して、同じく戦う司祭である聖堂騎士が剣を捧げた主君に宣えば、周囲の冒険者らも一様に首肯する。
金等級及び、銀等級上位の手練れが集まっているため、受けた依頼の遂行に係る其々の矜持も強く、雇い主への義理は硬いのだろう。
そんな彼らの様子を密かに眺めて、どうせダーリンの奢りだからと躊躇いなく、お高い数量限定の菓子を茶請けに選んだ半人造の少女が囁く。
「あっちの円卓にいる優男さ、多分だけど第一王子だよ」
「ん、何となく分かってました」
小声で応じた司祭の娘が傾注するのは僅かに逸れた場所、地母神派の大司教に公子の専属だと教えられて、細かい特徴を知っていた普公派の騎士に他ならない。
便宜上、前者は王権神授説を取る国王派に含まれ、後者は同説を認めない教皇派の尖兵であるため、鉢合わせても揉めないように釘を刺されていた。
(ジェオ君の不利益に成りそうだし、私が喰って掛かる要素は皆無なのですけど……)
如何せん、思いつきで動く部類の幼馴染を窺うも、彼女の興味関心は作り置きがあったのか、すぐに運ばれてきた瀟洒な嗜好品へ向けられる。
定番の卵・牛乳・蜂蜜の他、煮潰した栗も使っている茶系のカスタードをパイ生地で挟み、ほどよく焼き上げたケーキはなるほど、女給の言葉通りに美味しそうだ。
「うぐっ、それを頼めば良かったかも」
「んふふ、いつも無駄に自重するよね、フィアは」
幼少期から慎ましい相棒の性格を弄りつつ、食堂より出ていく第一王子らを見流したリィナは、まろやかな味わいの逸品に頬を緩ませるのだが……
先日、衣類を新調させて支払った経緯もあり、今月は節約すると誓った某領主の嫡男に支払い拒否されてしまい、自腹での会計になったことも食堂に於ける一幕の最後に加えておこう。
 




