第103話
暫時の後、もうジャック・オー・ランタンが残ってないのを確かめたメイド少女の囁きに従い、ごく自然な振る舞いで彼女を抱えたアンダルス教授が一言呟けば、仕切りの障壁が消えると同時に蔓延っていた木枝の骨組みも枯れ落ちる。
地上数メートルの樹上にいた俺達を微塵も考慮せず、容赦なく諸共に。
「… ッ、これは」
「「「うひゃあぁああ―――ッ!?」」」
混じり合う複数の悲鳴が響く中で、結構な高さを滑り堕ちて中庭の芝生に転がり、衝撃に付随するダメージを足裏から脹脛、太腿、背、肩の接地順に散らせつつ余勢が収まったところで身体を起こす。
流石というべきか、精霊に打ち勝った学生達は自覚の有無による程度差こそあれ、身体強化系の術式を多少なりとも扱えるようで、大怪我などすることなく其々に着地を済ませていた。
そんな彼らよりも円滑に無傷のまま降りたであろう講師の斜め後方、自ら吹かせた風魔法の上昇気流に煽られながら、外套姿の屈強な老教授が緩りと落下してくる。
手慣れた様子で横抱きにした従僕の少女を芝生に立たせると、彼の御仁は静かに口を開いた。
「適格判定の者が八名、脱落者と同数… 少々、甘かったか?」
「いえ、収穫祭前の時節もあり、人々の想念を受けて補強されたカブ頭が二体。浮遊する敵手に対して、戦場は広くないのに天井が高い樹牢です。善き試練だったかと」
透かさずに主人の疑義を諫め、偶さか優秀な学生が揃っていたのだと助手兼メイドは褒めるものの、真に受ける者がいれば無謀な蛮勇を招き兼ねない。
微かな危惧を感じたのは俺だけに留まらず、もう一人の担当官である講師が渋い表情で、模擬戦の前と同じく咳払いを差し入れた。
「分かっていると思うが、この試験は危地へ向かうにあたり、学院側が君らに求める《《最低限》》の実力を見せて貰うものだ。無駄に増長するなよ、すぐに死ぬぞ」
「然り、数年単位で見れば調査探索の最中に落命する学生も皆無ではない」
心しておけと歴戦の老教授が口を挟み、外敵と出遭った際は戦うにしろ、逃げるにしろ、生存を最優先に考えて行動すべきと纏める。
今年、専門課程に上がってきた世代は浸食領域の森に於ける事件の被害者や、友人達も過分に含まれるので、訓示の効果は大きいだろう。
愁眉を曇らせる公爵令嬢と動じない侍女、不機嫌そうに舌打ちする第二王子と浮薄な態度を崩さない鉄腕遣いの青年、ちぐはぐな二組の主従を見流して、そうであることを切に願った。
猶も続けて担当官らの薫陶を賜り、幾つかの不合格者に向けた助言が済むと、徐に解散を告げられて自由の身となるも… まだ、本日の予定は消化し切れていない。
(何気にやることが多い日だな)
こちらと違って暇なのか、話し足りなそうに見詰めてくるオルグレンに構わず、午後に行われる幾何学の講義へ出席するため、そそくさと中庭から立ち去った。