第102話
閑話休題、過去より今だと意識を切り替え、同輩らに傾注すべき在野の猛者がいないか、あてどなく視線を彷徨わせるも、空気を読まないオルグレンは続けざまに語り掛けてくる。
「個人的には右端の樹牢にいる猫虎人のセリアとか、見どころあると思うよ」
無視しても良かったが、肩を並べてきた相手の指さす場所を見遣ると、間断なく飛び掛かるカブ頭の精霊らを闘牛士のように躱す、猫耳と尻尾以外は只人と変わらない姿の獣人少女がいた。
振るわれた火爪や焔弾を危なげなく、俊敏な動きで避ける姿を眺めていたら、唐突に糸が切れたかの如く二体のジャック・オー・ランタンが静止する。
一拍挟んだ次の瞬間、彼らは互いに爪撃を仕掛け合って同士討ちした。
「獣霊支配の魔法、獣人なのに貴種の身なり… ランベイル家のご令嬢か」
「ご明察、優秀なものだよね、双子の妹はそうでもないけどさ」
苦笑交じりの言葉を受けて、右隣の樹牢へ意識を移せば瓜二つな猫娘が苛立ちつつ、ただ只管に攻撃から逃げ廻っている。
散発的に叫ばれる悲鳴が風に乗り、マナ制御で聴覚強化済みの耳にまで届いた。
「うぐッ、尻尾の毛が焦げたじゃない! 二対一とか聞いていないし!!」
これは不合格だろうなと見切りを付け、這う這うの体で降り注ぐ青焔を凌いでいる少女から意識を逸らした刹那、やけくそ気味な甲高い声が鼓膜を打つ。
「あぁ、もうッ、やってらんない! ご先祖様、きてきて、Come here!!」
荒ぶる呼び声に応じて、猫娘の前面にある空間が揺らぎ、発達した牙や肉裂歯を持つ巨大な猛獣の顎が忽然と現れるや否や、青い焔を纏いながら体当たりしてくるカブ頭の片方に齧り付いた。
光の粒子に変わった精霊が消えていく最中、虚空より顔だけ覗かせた幻獣 “白虎” が現状を把握して、若き頃に人と交わった末の子孫を訝しげな琥珀眼で一瞥する。
『くだらん、昼寝の続きに戻る。後は自分で始末しろ、セリカ』
「あ、ちょっと、まだ一体残って……」
思念波で呟いて引っ込む巨顔を遠目に眺め、魔獣の調教や育成販売で財を成したブリーダーの名門も後継者に難ありだなと、そんなことを考えている間に多くの樹牢で勝敗が着き、半数ほどの学生が樹上へ登ってきた。
少し焼けたドレスを気にするエミリア嬢や、湾曲短刀と櫛状刃を握り締めた侍女のイングリッド、口火を切ったものの精霊らに翻弄されて出遅れた不機嫌なレオニスも健在で、見知った顔に欠けはない。
「うちの公子も課題を乗り越えたようだし、雑談は此処までかな」
「お前、第二王子の “子飼い” だったのか?」
さらりと離れ際の言葉を切り出したオルグレンに問えば、はぐらかさずに然りと頷いて頭を掻いた。
「腐れ縁の付き合いだし、皆が諦めた学友らの捜索を傍仕えの騎士に命じ続けるような、義理堅い奴だからさ。もし、君が一緒に来てくれるなら、歓迎するよ?」
「いや、現王の跡目争いに関わるつもりはない」
「だろうね、分かっていたけど残念だ」
素気なく誘いを断られ、気まずそうに立ち去る拳闘士の背中を見送って、再び眼下の様子を窺うと… 最後の一人になっていた猫娘のセリカが奮闘しており、魔弾の乱れ打ちを重ねることで、徐々にカブ頭の精霊を追い詰めていく。
やがて狙い澄ました一撃が脳天を貫き、“探索許可証” をもらうための試験は終わりを迎えて、続けざまに合格者名簿への記帳と仮交付書の発行が行われた。