第10話
原始的な恐怖を喚起させる光景に冒険者の少女らが後退りしたのか、微かに草地を踏み鳴らす音が耳朶に入ってくる。
念のため三人の姿を視界に収めるよう、俺も立ち位置を変えていると巨大蜘蛛が蠢き、喉奥の吐糸腺から “半固形の粘液” を迸らせた。
身軽な斥候の娘は反射的に躱すも、後衛にいた侍祭の娘が被弾して地面へ縫い付けられてしまう。
「ちょっ、うきゃあッ!」
「ッ、蜘蛛糸!?」
「あたしが時間を稼ぐ、二人で何とかしろ!!」
仲間の危機に怖気づいていた槍術士の娘が奮い立ち、腰を落とした左半身の構えになって、震える手で鉄槍の穂先を巨大蜘蛛に向ける。
それと同時に縋るような眼差しを向け、古強者然としたサイアスに助力を乞うが、彼は無情にも首を左右へ振った。
「それ、解くのに四半刻くらい掛かるぞ」
「うぐ… じゃあ、倒すから手伝ってくれ!!」
「致し方ない、引き受けてやろう。任せたぞ、弟子」
「また、勝手なことを……」
やや切れ気味に叫んだ娘と働く気がない師の言葉を受け、溜息混じりに自身のマナを片腕の筋肉へ収斂させて、俺は無造作にハンティングナイフを投擲する。
木漏れ日に煌めいた白刃は狙い違わず、ぞぶりと柄まで巨大蜘蛛の複眼に突き刺さり、衝撃が引き金となる氷結の付与魔法にて、複数の水晶体や角膜を凍らせた。
「ギィイィイイッ!?」
激痛と困惑によって吐き出された粘液状の白糸、それを連続的な “領域爆破の魔法” で散華させて迫り、勢いのまま地面を蹴って高く飛ぶ。
前方伸身宙返りに捻りも加えて標的の頭上を飛び越しながら、身体の上下が逆転する瞬間を逃さず、右掌より短射程かつ高威力な “断裁氷刃” の魔法を放った。
僅かな距離を限りなく透明に近い弧状の刃が飛翔して、処刑具の如く巨大蜘蛛の胸頭部を切り飛ばすも……
「ギッ、ギィイ… ィ」
断末魔の声が漏れ聞こえる中、俺も荒く張られていた樹間の糸で侍祭の娘と同様に捕縛され、無様な逆さづりになってしまう。
その絵面が琴線に触れたのか、腹を抱えたサイアスが笑い飛ばしてきた。
「くっ、くはは、やはりジェオは期待を裏切らないな」
「…… いずれ、吠え面をかかせてやる」
「あぁ、楽しみにしているぞ」
三白眼のジト目で一睨みして瞼を閉じ、周囲のマナに干渉することで絡みつく蜘蛛糸の水分を凍らせていく。
程よく柔軟性が失われたところで身体を捩り、氷結した糸を砕きつつ半回転して地面へ降り立ったのだが… いまだ、槍術士と斥候の少女二人は拘束された仲間の傍に跪き、わちゃわちゃしていた。
「あー、もうッ、上手く取れないぃい!」
「これ、もうフィアの髪ごと切るしかないな……」
「え゛… それって、どこまでなの!?」
艶やかな髪の全体に糸が絡まっているため、このままでは坊主にされると危惧した侍祭の娘が狼狽して、捨てられた子犬のような瞳で見つめてくる。
一度は乗り掛かった舟なので、溜息混じりに少女達の輪へ加わり、氷結魔法で蜘蛛糸だけを凍らせて、跡形もなく粉々に破砕してやった。
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