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内緒話

「……ここって」

 そんなソルの呟きが大きな建物へと融けていく。そんな彼らは現在、皇宮敷地内にある別館の中を歩いている真っ最中。


 皇宮を抜けた先にある別館は主に他国からの来賓用として使われているため、定期的に掃除されることはあれど普段は誰も足を踏み入れることはない。初めて歩く回廊に対して躊躇いつつも視線をあちこちに向けていれば「ここよ」と、廊下の突き当たり手前で立ち止まった殿下が傍の扉を開けた。


「っ、わ」

 瞬間さあっと、柔らかい風が吹き込む。そんな心地良いそよ風に包まれるまま足を踏み出せば、そこに広がっていたのは四方を窓付きの壁に囲まれ、一面に淡い緑が広がる中庭だった。扉から向かって右手に白いベンチがあり、左手には色とりどりの花が咲き誇っている。


「あの、殿下。お言葉ですが、お…私達が入っても大丈夫なんですか?」

 そう尋ねれば「もちろん!」と自信に満ちた返答が聞こえた。そのままベンチへと足を進めた殿下の後を着いて行き、ついいつもの癖で彼女の後方に立った時。


「お(はなし)しづらいわ。前に立ってくれればいいのに」


 こちらを見上げながらそう口にした殿下に対して「そういう訳には……」と、自身の隣に立ったルアが反射で言葉を返す。執務室内でないにも関わらず殿下を正面から見下ろすなど、平民上がりの騎士がしていいことではない。


「私が言っているのに?」


 しかしそう言われてしまえば他に言葉が見つからない。言われるがまま前方に移動し片膝を着こうとしたが制されてしまい、かと言って見下ろすわけにもいかないためなす術なく正座に切り替えた。

 だがそれもまた、殿下にとっては不満だったらしい。


「これじゃあまるで私が説教でもしているみたい」

 困ったように笑いながら呟かれた声が耳を掠めた、次の瞬間。


「っ殿下……!?」

 ふわりと立ち上がったソフィアが草の上へと腰を下ろす。思ってもみなかった行動に対し慌てて2人が腰を浮かせたのを制止した(のち)、彼女は彼らと同じ目線で口を開いた。


「行儀が悪いって言われてしまいそうだけれど、ここは滅多に人が来ないし」


 だから私の秘密の場所なの、と微笑んだ殿下はやはり、内面に陛下が見えるほどそっくりで。身分など気にしないそのあり方に頭が下がる思いでいればぽつりと、まるで内緒話でもするかのような囁き声が耳に届く。


「私、今度結婚することになったのだけれど、兄様が相手を教えてくれないの。何か聞いていないかしら」

「っ、あ」


 その言葉で察した、殿下の目的。

 年の近い侍女たちではなくわざわざ自身らを話し相手に選んだ理由が、ここでようやく腑に落ちた。


 しかし同時に気が付いたのは、自身らも殿下の相手が誰かというところまでは教えてもらっていないという事実。それに何故、陛下は殿下本人にさえ結婚相手を教えていないのだろうか。

 これでは彼女の力になることが出来ない。そんな申し訳なさを抱きつつ、ソルはおずおずと口を開いた。


「それが『四公爵』の誰か、ということしか聞いていなくて……」

「やっぱり?二人にも教えないなんて徹底してるのね。まあでも未婚なのはファウラー公爵とエドワーズ公爵だけだから、どちらかなのは間違いないわ」


 自分の意思で結婚相手を決めることが出来ないにも関わらず、殿下は割とあっさりしている。そんな様子に安堵に近い感情を抱きつつルアに視線を移した時ふと、彼が以前ファウラー様と言葉を交わしていた際の光景が脳裏に蘇った。


「ファウラー様、とても丁寧な方ですよね」


 気付けばするりとそんな言葉が溢れ落ちる。なにせ淡白なルアが進んで言葉を交わすほど、そして陛下らと同じく身分を気にしていないような振る舞いをするところからも人となりは十分窺えるというもの。

 それに何より、ファウラー様は殿下に好意を抱いているという有名な噂があるのだ。


「そうなのよ!イーサンは皆から紳士って呼ばれてるの知っているかしら」

「そう、なんですか」

「ええ、エドワーズ(ウィリアム)もああ見えて優しいから、どちらが相手でも私は幸せ者ね。他国に嫁がされるよりも断然いいわ」


 ふふ、と心からの幸せが滲み綻んだ笑顔。どんな状況をも前向きに捉えるその表情に思わず見惚れた、その時。


「おや、ソフィア殿下ではありませんか」


 不意に、開いたままの扉から聞こえた低い声。

 瞬間弾かれたように身体が勝手に立ち上がる。風を切る勢いで頭を下げた自身らの前にあったのは、白い長髪を風に揺らすベギンズ様の姿だった。殿下を地面に座らせてしまった光景を見られていたようで一気に身体が硬直したが、意外にも彼は自身らに構うことなく殿下へと足を進めてくる。


「あら、カルラ。久しぶりね」

「お久しぶりで御座います」

 そう口にしたカルラはまるで流れるようにソフィアの手を取り、彼女はそれを支えに立ち上がる。そうして彼は未だ握ったままの手の甲に手袋越しの小さな口付けを落とした。


「カルラは、兄様から私の結婚について聞かされているかしら」

「ええ、まあ。来週の公爵会議で相手にも話は行くかと」

「あら?もしかして相手を知っているの?」

 キラキラと期待の眼差しを向けたソフィア。それに対し余裕を持った笑顔から一転、どこか困ったように眉尻を下げたカルラが口を開く。


「……いえ、存じ上げません」


 少しばかり空いた間に首を傾げた、次の瞬間。

 ほんの一瞬だけオレンジ色の瞳がこちらを鋭く見据えた、ような気がした。


「皇宮も、寂しくなりますね」

 しかし次に声を発した時には既に殿下の方へと目線を落としている。右手で目を擦る彼はこちらを向く素振りさえ見せないため、もしかしたら見間違いだったのかもしれない。


「嬉しいことを言ってくれるわね。折を見て遊びに来るわ」

 そう返した殿下もまたベギンズ様に笑顔を向けていて。洗練された気品が漂うそんなやり取りを遠くに感じながら見つめていれば、一層ふわりと微笑んだベギンズ様が言葉を紡ぐ。


「是非そうして頂けると。殿下は僕にとっても大事な方ですから」

「兄様のついでじゃなくて?」

「ここだけの話、陛下よりも大切に思っていますよ」


 秘密を打ち明けるように囁いたその言葉が本心だとでも言うように、その声色も目線もどこまでも柔らかいもの。そうして彼が殿下の手を再び持ち上げた瞬間、背後の扉に人の気配を感じた。


「カルラ卿、俺の妹を口説かないでくれないか」


 そう茶化したのは、耳によく馴染んだ低い声。見ずともわかるその主に対し「皇帝陛下にご挨拶申し上げます」と、カルラ含む騎士3人の目線が自然と地面に向かった。


「頭を上げてくれ。それにソフィー、こんなところに居たのか」

「ええ。ソルとルアにお喋りに付き合ってもらっていたところなの」

「そうか。それは構わないが、そろそろここも客を迎える準備に入るからな。あまり来るのではないよ」


 二人並べば兄妹だと疑いようがないほどにそっくりな赤茶髪と、まるで地中海のように澄んだエメラルドグリーンの瞳。それに感心さえ覚えていれば「はあい」と陛下に笑顔を返した殿下に続いて、ベギンズ様が思い至ったように言葉を溢す。


「ああ、もうそんな時期でしたか」

「1年とは早いものだ。そうだカルラ卿、後で俺の執務室まで来てくれ。話の続きがしたい」

「かしこまりました」


 そうして再度、ベギンズ様が殿下の手を掬って甲に口付けを落とした時。

 ふと、陛下の表情が僅かに変わったことに気が付いた。


「……すまないな、カルラ卿」

「あ…、陛下。一体、なんのことやら」


 不思議そうな、それでいてどこか困ったような表情を浮かべた彼に対して「なんでもない」と返した陛下が殿下を近くに呼び、二人は揃って踵を返す。そうして頭を下げたベギンズ様に倣い二人の背中を見送った後、白髪が縁取った横顔を見ながらぼんやり思う。


 殿下がいた先ほどまでは、確かにベギンズ様の雰囲気は暖かさえ感じるほどに柔らかいものだった。

 ファウラー様が殿下のことを好きなのではないかという噂は有名。なら、ベギンズ様は?


「言っておきますが、僕は殿下に対して『好感』を抱いているだけで『好意』ではありませんよ」

「っ!」


 気付けばオレンジ色の瞳がじっとこちらを見据えていて。どうやら顔に出ていたらしく、ベギンズ様の隣に立っているルアも呆れたような表情を浮かべていた。

 そんな状況に決まり悪くなり咄嗟に目線を逸せば、誤魔化すように足が数歩前へと進む。


 そうして風が凪いだ、次の瞬間。


「ぐっ……!?」

 不意に背後から聞こえた、聞き覚えのある男の呻き声。

 咄嗟にそちらへと視線をやった瞬間に飛び込んできたのは片腕をルアの背に回し、もう片方の拳を彼の腹に捩じ込んでいるベギンズ様の姿だった。



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