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実践稽古

 宿舎に隣接する小屋、もとい食堂へと足を踏み入れれば「遅いぞ!」と、既に食事を始めている団員から野次が飛んできた。


「悪い悪い。明日の当番変わってやるから。な、ルア」

「俺もか」


 およそ30人ほどが在籍する皇室騎士団では持ち回りで食事の用意をしており、主に皇宮内で余った食材を拝借して調理を行っている。ちなみに今日の当番は料理上手であるピエトロ含む5人。


「いや、団長と副団長はマジで料理しなくていいから」

「俺らの飯そんなに不味かったかよ」

「そりゃあもう」


 思い出したくもないと言いたげな表情から顔を逸らし空いている席へと座る。同じく隣に腰掛けたソルが既に何かを口に含んでいるのを一瞥した後、パンやらソーセージやらを皿の上に無造作に盛り自身の前に置いた。


「流石ピール、やっぱ美味えわ」

「ありがと」

「俺らも作ってんだわ、褒めろやソル」

 その返しにソルが愉快そうに笑うのを聞き流しながらビールを喉に流し込んでいれば「そうだ」と、それまでわいわいと与太話を繰り広げていた団員の一人が口を開く。


「なあ、アレン様とベギンズ様、どっちが怖いと思う?」


 その発言で騒がしかった食堂が一転、各々が熟考するために口を閉ざした。アレンとベギンズ、つまりルークとカルラについての話でルアの脳裏に蘇る、まるで猫のように威嚇し合っていた二人の姿。


「そりゃあ、やっぱりルーク様だろ。丁寧な割に結構毒舌だぜ」

「それ言ったらベギンズ様もだろ。アレン様より年下でも雰囲気は互角だもんな」

「そういや、ベギンズ様は陛下よりも年下だったよな」


 確かにルーク様もカルラ様も似たような、具体的に言うなら秋が終わる頃の風のような雰囲気を纏っているところは共通している。おそらく強さ故の余裕から来るものであろうが、自身と同じ20代であの落ち着いた威圧感は流石に目を見張るものがあるわけで。


「どっちも丁寧な口調なのに圧があるし、目の色も似てるし。ホントは兄弟だったりして」

「まさかだろ」


 その否定の言葉にはルアも内心同意していた。

 確かに身分を除いて考えたとしても雰囲気が似ているだけであり、あの2人が兄弟であるという想像すら頭に浮かばない。

 

「でも、カルラ様はベギンズ侯爵の養子だったよな」

「どうせ侯爵様の隠し子かなんかだろ。でなきゃ養子なんて取らねえと思うぜ」


 おそらくこの場に皇室騎士団以外の人間がいれば即刻牢獄行きであろう不敬の連続。しかしそれを咎めるでもなく聞き流していたルアの脳裏に浮かんだ、とある考え。


 カルラ様は、どちらかと言えば──。


「どう思うよ、ルア」

 不意に意識を引き戻されるままソルへと視線を移動させれば、眉を上げ楽しそうに言葉を待っている彼が目に入った。それを視認した直後考えるでもなく口が動く。


「カルラ様は……イーサン様に似ているな」

「お前はまた……ファウラー様のこと好きな?」


 まるで茶化すような、呆れたような。一転してそんな表情に変わったソルから目を逸らしパンを手に取れば


「そうだ。明日の風呂は俺とルアが最初に行ってくるから、帰ってくるまで待ってろよ」


 と、たった今初めて聞いた内容をさも決定事項のように口にしたソルの声が耳に入った。だが彼と揃って市街地の朝風呂に行くことは別に珍しいことでもないため、特に口を挟むこともなく受け流す。


「おー。今朝も言ったけどほんっとに仲良いよな」

「ほんとほんと。団長のピアスと副団長の眼帯、模様がお揃いだもんな。そのイヤーカフだって2人で分けたんだっけか」


 その言葉に「よく覚えてんな」とどこか嬉しそうに笑ったソルに対しため息を一つ溢しつつ、ルアは残りのビールを一気に喉へと流し込んだ。


 そうして他愛もない会話が盛り上がるのをぼんやり眺めつつ、気付けば1日が終わろうとしている。

 これがソルとルア、ひいては皇室騎士団のいつもの日常だった。


 ***


「よしっ、やるかあ」

 そう言いつつ5メートルほど間隔を開けてこちらを見やる団員たちを一瞥し、続けてルアに木で作られた剣を手渡す。


 ディランの部屋に呼び出されてから1週間後の、とある晴れた日。木剣を地面に置きぐぐっと伸びをしたソルと、同じく片足を伸ばして身体を解すルア。いつもであれば人を模した木相手に訓練を繰り広げているところだが、月に数回のこの日ばかりは特別だった。


「ルア、手加減はなしだぞ」

「分かっている」


 相も変わらず端的に言葉を返した男を一瞥し、地面の木剣を拾い上げて軽く振る。空気が振動する聞き慣れた音が本物の戦場の光景を呼び起こし、これから行う稽古への気分を奮い立たせてくれる気がした。


「団長vs副団長はいっつも予測できねえもんな。今日は何賭けるよ」

「金ないからな。俺は団長にパン1個」


 週に何度も行っている実践稽古だが、団長である自身と副団長であるルアの手合わせはそれよりも頻度が少なく稀なこと。いつもは訓練で(しご)いている仲間がここぞとばかりに盛り上がる光景に呆れつつルアへと視線を移せば、彼はいつも通りの無表情のままこちらへと視線を寄越すばかり。


「少しは緊張しろよ」

「してどうなるんだ」


 分かりきっていた返事に対し大袈裟に肩を竦めてみるが、特にルアからの反応は見られない。

 そうして離れた位置から自身とルアの中央に立った団員の一人が片手を空高く上げ──


「始め!」


 次の瞬間地面を蹴りルアへと一気に間合いを詰める。頭上から斜めに勢いよく振り下ろした木剣は鈍い音と共に弾き返され腕全体に衝撃が走った。間髪入れずにもう一度振りかぶった剣もまた(すんで)の所で受け止められ、その合間から銀髪の男の涼しげな顔が覗く。


 ならばと一度剣を離し距離を取れば、ルアは剣を下ろした状態で距離を詰めるようにこちらへと足を進める。わざと引きつけるようにゆっくりと後退し、彼が間合いに入った瞬間。


「っ!?」


 右手に持ち替えた剣を彼目掛けて勢いよく薙げば間一髪のところでルアの鼻先を(きっさき)が掠めた。やはり右目が見えていない分、右方向からの攻撃には反射が遅れる。ぐらりと後ろに傾いた身体を一瞬で立て直したところは流石と言えるだろうが、これが実戦であればどうなっていたか。

 しかし稽古にしては卑怯とも言える手を使ったにも関わらず、ルアはいつも通りの澄ました顔でこちらを見据えるばかり。


「相変わらず攻撃してこねーのな」

「無駄話とは、余裕だな」


 そうして目の前の隻眼が一層こちらを鋭く見やった、次の瞬間。


「っ!」

 ひゅっと耳元で風が切り裂かれる。咄嗟に顔を傾け躱したせいでバランスを崩した自身に対し、好機を逃さないとばかりに力を込めて振り下ろされた剣。どさりと背中から倒れた身体を地面で転がし間合いを取れば、ルアもまた動きを止めこちらの動向を蛇のように窺っている。


 そして、一瞬。


「ふっ!」

 勢いよく地面を蹴ったルアが薙ぐようにして剣を振る。間一髪で身を屈め頭上を横切ったそれを認識する間もなく咄嗟に足払いをかけた。確かな手応えと同時にルアがたたらを踏み後ろ向きに倒れたが、後転しすぐに体勢を立て直した彼は直ぐにこちらへと迫ってくる。


 後ろ足で降り続く剣を躱し、続けて大きく振りかぶった剣を腕に伝わる衝撃と共に受け止め彼の背後に回る。しかし直ぐに振り返った彼により間合いを取られ、じりじりと距離を詰めながら睨み合う時間が続く。


「ソル、手加減はしないんだろ」


 次に聞こえたのは、未だ落ち着きが垣間見えるそんな言葉。どうやら本気を出し切っていないことを見抜かれていたようだが、それはルアも同じこと。


「お前だって、手抜きするなよ」

「はっ、して、ないなッ」


 次の瞬間ドッと鈍い音と共に腹に衝撃が走った。思わず「ガハッ」と呼吸を乱せば錆びた臭いが喉から迫り上がり、足が勝手に数歩後ろへと進む。どうやら蹴りを入れられたことを察したのは軸足で身体を支え、もう片方の足を丁度下ろしたルアを認識した時だった。

 辛うじて鳩尾よりも下への蹴りだったため直ぐに動くことが出来たが、もう少しズレていたらと想像して背筋に寒気が走る。


 そして目の前の男へと視線を移せば、彼は相変わらず澄ました顔をしていて。

 強い鈍痛も相俟ってそんな表情が酷く憎たらしい。


()ってえ」

 蹴られた勢いで開いた距離。痛いほどの緊張が走る中、こちらを睨み続ける隻眼以外は何も目に入らない。

 

 そうして、次の瞬間。


「っ!!」

 足が勝手にルアへと肉薄する中、目の前まで迫っていた青の瞳が大きく見開かれたのが目に映った。



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