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大公と騎士団長の邂逅②

 ゆらりと揺れる蝋燭に照らし出される、笑みと怪訝を浮かべた二人の男。限界まで張り詰めた弓のように緊張を帯びた空間は、ほんの小さな呼吸さえも奪っていく。


 しかしそれも一瞬、カルラは緩く椅子に背を預けると「では、お言葉に甘えて」と、新緑色の双眸を見据えながらゆったりとした口調で言葉を紡いだ。


「大公殿下もご存知の通り陛下は実力主義ですから、私の腕を買って下さったのだと考えております。でなければ、出自不明の養子など側に置きませんよ」


 目元を右手で擦りながら、さも当然といった風に紡いだその言葉。それに対し眉を楽しげに上げつつ、大公もまた肘掛けに頬杖をつきながら白髪の男を見やる。

 

「確かに自然な話ではあるけれど、そもそも腕を披露する場が少なかったのではないかな」

「養父であるベギンズ侯爵は平等で聡明な方ですから、義兄上と同じくらいに機会には恵まれましたよ」


 あくまで淡々と、カルラは事実のみを述べる。しかし途端、それまで眉を上げていた大公の表情が曇った。何かしらが腑に落ちていないと言わんばかりのそれが、薄暗い室内で揺れる灯りに映し出される。

 そうして雨音が一層強く窓ガラスを叩いた、僅か後。


「聞くところによれば、君たち義兄弟は折り合いが悪いようだね?あえて言葉を選ばないけれど、義兄からの反発はあったんじゃないかな」


 だから、剣の腕を披露するのにも苦労しただろう?

 そう続けられた言葉に一瞬、ほんの僅かにカルラが瞠目した。多く蝋燭の光を反射するオレンジ色は、彼の言葉が図星だったと言外に告げるもの。

 しかしやはりと言うべきか、カルラはそんな機微な変化でさえも覆い尽くすほどの余裕に満ちていて。


「それはもう。特に団長職就任後なんて、あの頃は屋敷内での嫌がらせも相当なものでしたよ」

「あの激動の時期に抗議を顧みず君を選ぶなんて、やはり優れているのか、陛下が君を選ぶ特別な理由でもあるのか」

「優れている、なんて自分の口からは中々発言しにくい言葉です」


 ディランが即位した4年前、同時に帝国騎士団と皇室騎士団の面々も総入れ替えをした。

 国の主が交代しただけでも多くの混乱を招くのだから、時を同じくした帝国の守護者の離就任ともなれば反発や抗議も少なくないのは目に見えていたのだ。

 それでも出自を噂される男を目立つ第一騎士団の顔に据え置いたディランの思惑など、誰に理解出来るはずもない。

 

 そうして煽るように眉を上げた白髪に対し、茶髪をさらりと揺らしながら大公は口元に手を当てた。まるで考え込む仕草に対し、次に口を開いたのはカルラの方。


「それにしても、私たち義兄弟(きょうだい)の仲が悪いと判断されたのは、宴の一件からですか?」

「それもあるけれど、ここに来た当初に噂を聞いたんだ」


 その言葉に「噂?」と、余裕を醸し出していた表情には珍しく純粋な驚きが浮かんだ。対する大公は気を取り直すように息を一つ吐いて緩く足を組む。

 彼が持ち出したのは、歓迎の宴の際に起こったベギンズ義兄弟の口論について。酔いが回っていたとはいえ、普段から仲のいい義兄弟であればあそこまで声を荒げることはまずない。


「さっきまでの君の発言で確信に変わったわけだけど、『ベギンズの実子は昔から養子を邪険にしている』って話だよ。特段珍しい話でもないけれど」

「……一体、どこでそのようなお話を?」


「うん?酒場だよ。特に首都は貴族が出入りするところばかりだから、情報収集には最適なんだ」


 だから他国に訪問した際は夜の酒場に足を運ぶんだ、と続けられた言葉。その()()()()()()()()()()()()()()に「ああ」と、カルラは僅かに微笑む。


「私も同じ考えを持っているのです。光栄ですね」

「おや、似た者同士というわけだ。しかし陛下に見つかってしまうと、私は安易に城下に降りられなくなってしまうからね。他言無用で頼むよ」


 しー、と口元に人差し指を立てながら大公はそう口にする。それを受けたカルラが何を言うでもなく笑みを浮かべ続けていればふと、大公が何かを思い出したように新緑色を見開いた。

 そうして「一つ尋ねても良いかな?」と問えば「断る選択肢はありません」と、瞼を伏せながらカルラは答えるのみ。


 その様子に軽い笑みを落としつつ、次に大公はこう口にした。


「君の出自についても小耳に挟んだんだ。孤児やら、ベギンズ侯の落胤(らくいん)やら、どれか正解はあるかな?」

「……私が侯爵家に引き取られたのは、確か5つの時だったかと。残念ながら、それ以前の記憶は曖昧です」

「なるほど、想像の余地はまだまだあるということか」


 引き下がるその発言を最後に、室内にはしばしの沈黙が訪れる。息が詰まるほどの空気が次第に纏わりつく中「訊きすぎたね」と、止まっていた時間を柔らかな声が進め始めた。

 そうして最後に紡がれた大公の言葉は、カルラの笑顔を思わず固めるこんなものだった。


「最近、陛下の椅子を狙う者がいると聞いたよ。まさか牙を剥いたりはしないだろうけど、どうか陛下を支えてやってくれ」


 どこか翳った新緑色の瞳でカルラを見据えつつ、大公はそう紡ぐ。

 それに対し言葉を返すことなく、オレンジ色は黙って笑みを浮かべ続ける彼を見据えていた。




「ふう……」

 パタンと閉めたドアにもたれかかりながら、カルラは息を一つ吐く。そうして目を擦りながら、どんよりとした雲が支配する空を見上げた。


 

 ──やはり、彼はいやに勘が鋭いようだ。何か、手を打たなくては。



 そんな仄暗い感情を宿したオレンジ色で、なおも降り頻る雨をただ見つめていたのだった。


 ***


「今日、何用で呼び出されたか分かるか?」

「……いえ、申し訳ありません」


 隣に立つソルと声を揃えて答えれば「なんで謝る」と、喉を鳴らしながら陛下は笑った。

 先日の雨が嘘のような日差しが差し込む、ディランの執務室にて。いつものように彼の背後で控えるルークの琥珀色の瞳に捉えられながら、ルアは全く思い至らない『理由』に対して居心地悪さが募るばかり。

 

 そんな自身の胸中を知ってか知らずか、陛下は口の端を緩く持ち上げながら言葉を発した。


「剣術大会の話をイーサン卿から聞いてな、『僕に皇室騎士団の腕を見せてくれないか』と言ってきたよ」

「あ……」


 ようやく蘇った先日のイーサン様との会話。本当に進言して頂いたのかという驚きが温度を持って胸の辺りに広がる中、陛下の言葉の続きを黙って待つ。

 そうして言葉を続けた彼曰く、どうやら使節団との会議が無かったあの日は大臣(公爵)や大臣補佐などが集う議会の日であったらしく、そこでイーサン様が剣術大会への出場について話題に持ち出したらしいのだ。


 しかし当然ながら、前例のないその提案に対し場は騒然とした空気に包まれたようで。


「歴史ある大会に平民を出場させるのは、と反対の声も多かったな。全く、頭が硬いのは損だと思うのだが」


 緩く瞼を伏せ紡がれた言葉に途端指先が冷えた。なら、自身らはイーサン様に損な役回りをさせてしまっただけではないのか。

 やはり甘えなど口にするべきではなかったかもしれないと、無意識のうちに視線が斜め下へと落ちた。

 

 しかし。


「大いに楽しむといい、と言えばお前たちは喜ぶか?」


「え」


 瞬間弾かれたように目線を上げた。そこにある、柔らかくエメラルドグリーンを細めた陛下の表情(かお)


「俺は前例のないことが好きだからな、ショーとして出場する分には問題ないはずだ。と、言いたいところだが……」


 だが不意に歯切れ悪く言葉を落としたかと思えば、陛下は肘を付いた左手に頭を預けて『悩んでいる』と言外に表し始めた。しかしその様子にルーク様が表情を変えないのは、どこか珍しい気もする。 

 そうして、沈黙が落ちること一拍。


「代わりと言ってはなんだが、一つ頼みを聞いてくれ」

「?承知しました」


 まるで予想もしていなかったその言葉。自身らに遂行できるものであれば良いなと考えつつ、ふと琥珀色と目が合った時。

 ふっと、そこには僅かな呆れが滲んだような気がした。


 それを不思議に思う暇もなく、次にこちらと視線を合わせた陛下の口から落ちた『頼み』は、まるで予想もしていなかったこんなもの。


「今から言う2人の男を、剣術大会に出場するよう説得してほしい」


「っえ?」


 聞こえた言葉に時が止まる。

 そうして音さえ消えた部屋の中、逆光で暗さを増したエメラルドグリーンがどこか困っている光景が、やけにはっきりと目に焼き付いたのだった。



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