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本当は②

 ──君たちの名前は、本名ではないだろう?


「っ、なんで……」


 なぜ、2度しかまともに言葉を交わしたことのない大公がそれを知っているのだろう。

 なぜ、陛下を含めた少人数しか知らないそれを見抜くことが出来たのだろう。


 頭から冬の水を被ったような心地に陥る中、ソルは取り止めもない疑問をただぼんやりと浮かべ続けていた。



 実は大公の言う通り、ソルとルアはそれぞれ本名ではなくいわば『あだ名』のようなもの。

 これをつけたのは、彼らを拾った孤児院の院長である。


 ──『ああ、眩しい金髪じゃ。まるでソルのようだ』 


 周囲と打ち解けるよりも前、初めて院長と言葉を交わした時の記憶。

 長い間独りで生きていたせいかその『名前』という贈り物がやけに気に入り、他者に名を聞かれれば積極的にそれを名乗った。おそらく、それはルアも同じだったのだろう。


 しかしそれが何を意味する単語だったのか最後まで知ることは出来ず、気が付けば名を貰ってから10年以上が経ってしまったのだ。



「ソルは異国の言葉で太陽、ルアは月。髪色から別の言語を連想できるあたり、名をつけた方はかなりの博識だったようだね」

「っ、そういう意味だったんですね……しかし何故、本名じゃないと……」

「なんとなくだよ。まるで二人一組の名前だったから、そうではないかと思っただけ」


 その洞察力に思わず「わ……」と小さい声が漏れる。しかしそれが空気に融け消えた直後目に映ったのは、打って変わって真剣な表情を浮かべた大公の表情。


「しかし本当の名前か、()()とは違うか……」

「……真名、ですか?」


 少しばかり明るさを失った彼を不思議に思っていればふと、小さい呟きが耳に届く。聞き慣れないその単語を思わず繰り返せば「ああ」と、先ほどまでの穏やかな笑みが戻った。

 しかしそこから見え隠れするのは、どこか余裕を含んだ奥の見えない感情。


「馴染みがないようだね。知らないのであれば、私から余計なことは言えないな」


 そう口にした大公はどうやらこれ以上を教える気はないらしく、自身らしかいない廊下がふと静まり返る。窓から差し込む太陽の光だけが床に落ちる薄暗い空間の中、束の間の無音を破ったのはこんな問いかけ。


「ところで、君たちの本名を陛下は知っているのかな?」

「知っていらっしゃるはずです」

「そうか。話は変わるけど、この前お互いの国の流行について話す機会があってね。我が国では今、親しい相手の名前を掘った首飾りを身につけるのが流行っているんだ」


 君たちも作ってみてはどうかな、と太陽にも似た温かな提案が耳に届く。しかし予想もしていなかったそれに対し「え……」と、気付かぬうちに自身の口からは驚きが漏れてしまっていた。



 それは無理もないこと。

 ソルとルアをはじめとした騎士団は文字が読めない者ばかり。そのため名前の書き方も分かるはずがなく、そもそも特注品を買えるほど懐も潤ってはいないのだ。



「いつか給金が貯まったら、ぜひ買いに行こうと思います」

 身分がはるか上の人間の提案を真っ向から断ることも出来ず、かと言って自身らの事情を話してしまえば変な空気になってしまう。

 そう考え無難な答えを口にしたつもりだったが、それを受けた大公は面食らったように少しばかり目を見開いた。


「おや、もしかして手持ちが少ないのかい?それとも、名前の綴りが分からない?」

「っ!?」


 渋った理由を全て言い当てられてしまい思わず息を呑む。そうして同じく固まった銀髪と共に視線を逸らすことも出来ずにいれば「図星だね。無理もないか」と、確信を持った柔らかい声が届いた。

 

「気が及ばずごめんよ。それなら明日もここで待っていてくれるかな、会議が終わったら呼ぶから。首飾りはそうだな……私の国の職人に作らせてもいいのだけど」


 そうして顎に手を当て視線を落とした彼に対し「何故、ここまでしてくださるのですか」と、たまらずといった感じでルアが口を開く。流石にこれほどの手厚さに対し自身ですら違和感を覚えたが、大公はそんな疑問をどこ吹く風と言わんばかりに受け流して返事を返した。


「とても仲が良さそうだからね、良い機会だろう?ところで差し支えなければ、君たちの本名も教えてくれないだろうか」

「え、名前……ですか?」

「うん。綴りは推測になるが、せっかくだから本名の書き方だけでも覚えておくといい」


 口調は相変わらず穏やかだが、やはり有無を言わせぬ圧倒的な支配者の一面が垣間見える声。

 それに半ば押し切られているような気もするが、どちらにせよ自身らがこの方に断りなどを口にすることなど出来るはずがないのだ。それなら、言葉に甘えてしまおう。


「……でしたら、明日は私にお声がけくだされば幸いです。明日の当番は私ですので」

 そう口にしたのは、他人の名前を覚えるのが得意な銀髪。おそらく彼であれば、長らく使っていない自身の昔の名前も覚えていることだろう。


 だが、肝心の首飾りを作ってくれそうなアテが思い浮かばない。流石に公国の職人に作ってもらうというのも気が引けるため、どうしたものかと考えを巡らせていた時。


「……あ、あそこで作ってもらえれば……」

 ふと頭に浮かんだ、魔法のガラスや装飾品の類を置いていた露店。

 そういえばあの老店主と建国祭の時に何かしらを買う約束をしたが、今の今まで特に決めてはいなかったなと、ソルはこの時併せて思い出した。


「大公殿下、首飾りを買えそうな露店を思い出しました。そこに頼んでみようかと」

「へえ、露店か。飾り物を扱う店なのかな?」

「はい、首飾りとか耳飾りとか、あと、魔法のガラスとか」


 そう口にすれば不思議そうに「魔法のガラス?」と、大公が自身の言葉を繰り返す。

 あまり聞くことのなかった声色に対し『瞳の色を変えることが出来る代物』だと簡単に説明をすれば「おお」と、驚きと感心が混じった声が耳に届いた。


「宴の余興にちょうど良さそうだね。しかし値が張るだろうし、誰か買える者はいるのかな」


 そう、答えを求めるでもなく問われた時。

 不意に一通の手紙が頭を過ぎった。


 それは陛下がガラスと一緒に抽斗にしまっていた、とある人物からの贈り物。


「っと、買っているかどうかは分かりませんが、お金を出して支援している人はいるそうです」

「へえ、随分気前が良いんだね。そこまで懐が豊かな者なら有名にもなりそうだけど、私も知っているだろうか」

「どうでしょう……。名前はたしか、アーサーっていう……」


 そこまで言いかけ、ソルの声がふと止まる。

 その視線の先で、それまで明るく言葉を紡いでいた大公が目を見開き固まってしまったのだ。まるで時が止まったように一切の音を消してしまったその光景に、足元からぼんやりとした不安が這い上がる。

 

「……アーサー?今、アーサーと言ったのかい」


 次に聞こえた、大公らしからぬほどに語気が僅かばかり強くなった固い声。思わず「っ……はい」と気圧される形で返事をすれば一歩、彼がこちらへと距離を詰めてくる。


「その男、貴族かどうかは分かるかな」

「いえっ、ただ出資をしているとだけ。おそらくお金は持っていると思われますが、貴族かどうかまでは……」

「なるほど。しかし出資なんて酔狂なことができるなら貴族、あるいは裕福な商家といったところか」


 そうして見立てを口にしたかと思えば一転、不意に大公は視線を斜め下に落として黙り込む。何か言ってはいけないことを言っただろうかと不安に駆られたものの、自身もルアも目の前の彼を黙って見守ることしか出来ることがない。


「っ、と」


 そんな怪訝そうな視線を感じ取ったように大公ははたと我に返ると、それまでの厳しい面持ちを崩して二人に言葉を紡いだ。


「すまない、つい取り乱してしまった。忘れてくれないかい」

「っはい、わかりました」

「ありがとう。ああ、そうだ、聞きたいことが全く聞けていなかったね」


 そうして右手で首を摩り、気を取り直すように大公は明るく口を開く。しかし次にそこから届いた『聞きたいこと』は、やはり自身の予想の上をいくとあるものだった。



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