偶然
「おー、どうしたお前ら。寝れねーのか?」
月明かりの下、草を踏み締める音を響かせながら姿を現したのは2人の皇室騎士団員。それぞれ『鷹の太陽』と『鷹の月』の隊員だが、どちらにせよこの時間には珍しい顔ぶれである。
そんな彼らに不思議そうに声をかければ、太陽の隊員は軽く伸びをしながらこう答えた。
「そんな感じ。昼間のアレで気分がアガっちゃって」
「……アレ?」
要領を得ずに繰り返した言葉。するとまるで意外とでも言うように目を見開いた2人の視線は、未だ右肩に手を添えていたルアへと向けられる。
「あれ副団長、模擬合戦の話、団長に話してないの?」
「聞いてねーな、模擬合戦?どこの部隊とだ?」
「え、第一騎士団」
そうして返事を返した団員に対し「え」と、今度は自身の口から間の抜けた声が漏れた。そのまま無意識に銀髪へと視線を向ければ
「……お前達、余計なことを言わなくていい」
と、瞼を伏せながら呆れを全面に押し出した男の表情が見えた。
そんな彼を横目に話を聞けば、どうやらルア達は日中に団長、副団長を除く第一騎士団の一部と合同で訓練をしていたようだ。というのも何故か以前と同じく、手違いにより帝国騎士団の訓練場が使用出来なかったためらしい。
そしてこちらの訓練場に流れ着いた団員か、はたまたこちらの団員か。どちらにせよ誰かが模擬合戦を提案したおかげで、普段は中々行うことの出来ないそれが実現したとのこと。
ところで、ここで何かと忘れがちな事実を一つ。
普段から難癖をつけて来がちな帝国騎士団は皆、どの部隊をとっても特に腕の立つ騎士達を集めた精鋭部隊であるということ。喧嘩や言い争いなどの小競り合いは日常茶飯事とはいえ、その剣術を実際に味わえる機会など滅多にないのだ。
「いーなー。俺もやりたかった」
小さくボヤけば「むしろ来てもらいたいくらいだったよ」との返事が聞こえる。冗談半分かと思い流すつもりだったが次に聞こえた言葉でふと、頭の中が流れを止めた。
「そうすれば副団長だってこんなに疲れてないのに」
その言葉に対し「おい」と即座に低い声が投げられた。すぐに話を打ち切りたいほどの不都合があるのだろうと悟ったが、口からは即座に「ルア、静かに」と制止の言葉が飛び出す。
そうして遮られることのなくなった団員の声は、どこか苛立ち混じりに状況の説明を始めた。
「目をつけられてるのか知らないけど、やたら副団長ばっかり狙われててさ。多分俺の2人分は捌いてたと思う」
「ほんとほんと。っていうか僕見たんだよね、右腕の上の方を勢いよく蹴られてたところ」
瞬間風を切る勢いで銀髪へと視線を向ける。すると隻眼とパチリと目が合ったものの、きまり悪そうに眉を顰めた彼はすぐに目を逸らしてしまった。そうして自然と右腕に視線を下せば、未だそこを押さえたままの左手が目に入る。
「ルア、見せてみろ」
言い終わるが早いか、気付けば自身の手は彼の腕を掴んでいた。若干の抵抗を受けながらもう片方の手で左手を剥がしインナーの袖を捲れば、そこにあったのは拳一つ分ほどの範囲が青く変色した上腕。
思わず「うわぁ……」と情けない声が3つ、夜の空に吸い込まれていく。
しかしこれが本当の戦場であれば、この程度の打撲はケガのうちにも入らない。だが昼間行なったのはあくまで模擬合戦。
利き腕を狙うなど、明らかにやりすぎではないのか。
「ベギンズ様に殴られた時よりひでーな、お前の腕折る気だったんじゃねーの」
「……蹴りだけでか、大した足技だな」
そんなぶっきらぼうな皮肉が届くが、彼は騎士団の攻撃をしつこく受け続けたらしい。ということは、おそらく腕以外も負傷しているのだろう。
だが、この男はそんな弱点を晒け出すことを良しとしない。
「他どこやられたのかは聞かねーけど、お前結構ボロボロだろ」
「違う。俺はそこまで弱くない」
すぐに返ってきた返事が示すのは、彼がたまに見せる『助けを拒絶』する面。強がっているわけではないのだが、昔から人の助けを借りるのが好きではないのだ。
しかしこの状態の腕を使い続ければ悪化することは間違いないと、どうにか休ませる方法を考えていた時。
「そうだ副団長、俺と明日の当番変わってくれよ」
ふと耳に届いたそんな提案。その発言者である月の隊員に対し「なんだ、俺またフラれんのかよ」と冗談混じりの言葉が口から溢れ落ちたが、その提案はまさに今求めていたものだった。
そして当の本人であるルアへと視線を向ければ、まるで予想していなかったとばかりに少しだけ見開かれた青が目に映る。
「明日の夜も訓練やるんでしょ、昼間くらい休んでもバチは当たらないよ」
「……この程度で音を上げるようでは、騎士団など務まらない」
「言うと思った。副団長の真面目なところ好きだけどさ、こればっかりは譲れない」
どうやら2人とも意見を曲げる気はないらしく、黙り込んだ2人はお互いの目をじっと見続ける。そして一瞬にして冷え込んだ空気をどうにかしようと、太陽の隊員と成り行きを窺っていた時。
「っ……!」
不意に月の隊員が動いたかと思えば、その手がルアの右上腕を掴む。
次の瞬間には「ぅっ……」と、掠れるような呻き声が銀髪の口から溢れ落ちていた。
「お前っ……」
「ほら、やっぱり痛いんじゃん。俺全然力入れてないのに。もっとやる?」
そのまま手を離す気配がない隊員と、制止するようにその手首を掴んだルア。ぎりりと加えられた力で顔を歪めたその光景に、気が付けば自身は2人の間に割って入っていた。
「そこまで。ルア、お前の腕が折れる前に折れてやれ」
「副団長、僕からもお願いだよ。それと、お前はそろそろ腕を離してあげて」
その言葉でふと、ルアの腕に巻きついていた手が離れていく。すぐに左手で右腕を庇ったルアだったが「はあ」と、低く諦めを含んだため息が降ってきた。
そしてそれ以上食い下がる気配がないところを見るに、どうやらこのまま従ってくれるらしい。
「ほんっと、お前のそういうところ好きだぜ俺は」
思わず銀髪をくしゃりと撫で回しながらそんな言葉をかける。居心地悪そうに身を捩るこの男は中々にマジメだが、人の心配を結局は受け入れざるを得ないところがなんとも優しいのだ。
そして湿っぽくなってしまった空気を変えようと、口からはいつも通りに明るい声が飛び出していく。
「さて、せっかく頭数が増えたんだ。ちょっと気分転換に2対2で模擬戦だ。ルアは左腕でも使ってろ」
「えー、僕ら結構疲れてるんだけど?」
「うるせー、もっと疲れるために来たんだから付き合えよ」
強引に引っ張るようだが、なんだかんだ言って汲み取ってくれるのも彼らの良いところ。
そうして月明かりが夜の色を染め上げる中、普段と違う夜の訓練は月が傾くまで続けられたのだった。
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そして翌日。珍しく団長と副団長が肩を並べて警護するのは、帝国と使節の議論が繰り広げられる会議室の扉の前だった。結局昨夜の説得通り、ルアは腕の休養も兼ねて不服そうながらも背筋を伸ばして立っている。
その横顔を視界に入れつつ小さくあくびをすれば、室内から近付いてきた足音で慌ててそれを噛み殺した。
「今日も皆ご苦労だった、どれ、城下にでも遊びに行ってみると良い。護衛を用意しよう」
ガチャリと音を立てて開かれた扉から廊下に流れ込んだ話し声。いつも通りに地面を捉えつつ、聞き慣れた足音たちが続々と会議室を後にするのを耳だけが拾っていればふと、一つの足音が自身らの近くで止まった。
「お久しぶりですね、お二人とも。揃って警備とは珍しい」
どうぞ顔を上げてくださいと、聞き覚えのある温かな声が耳に馴染む。言われるがままに上体を持ち上げ、次に目に入った声の主へと反射的に挨拶を返した。
「ファウラー公爵閣下にご挨拶申し上げます」
四公爵の一角にして、何かと自身らに声をかけて下さるほどに身分の差別がない方。そんな彼に対し安心にも似た気持ちがじわりと胸に広がる中、束の間の雑談が幕を開けたのだった。




