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二人の関係

 ──二人で話せて嬉しいよ、アルビー。


 そうして立ち上がった大公まで足を進めれば彼の腕がディランの背に回り、赤茶髪が縁取る頬には軽い口付けが落とされる。


「俺もだイーヴォ。折角だ、思う存分観光を楽しんでくれ」

 眉を上げたまま対面の椅子に腰掛けたディランと、満足気に目を細めたまま「する暇があればね」と冗談めかして返した大公。お互いを中間名で呼び合うその姿は、先ほどまでの立場の上下を完全に度外視したもので。

 卓上に置かれた蝋燭がその周囲だけをぼんやりと照らし出す宵闇の中、二人の纏う雰囲気は煌びやかな宴の席とはまるで別物のように妖しいものだった。


「君が即位してから4年にもなるのか。早いものだね」

「となると、お前は今年で32歳か。俺の式時点で28だっただろう?」

 その言葉に「そうだね」と、大公はどこか遠くを懐かしむように薄暗い空間をぼうっと見つめて言葉を続けた。


「全く早いなあ。我が従弟(おとうと)も、もう28歳になるなんて」


 はは、と小さく笑いを溢した大公は小型の丸テーブルに予め置かれていた白ワインの栓を抜くと、ディランと自分の分をグラスに注いでいく。カチンと小気味良い音が暗い室内に溶けていく中、二人はそれを少しばかり喉に流し込んだ。



 そんな二人の関係は、(すなわ)ち従兄弟の間柄。

 帝国の先代皇后、つまりディランの母はアステル公国前大公の妹にあたる人物であり、ディランに近しい者、例えば四公爵や役職を持つ侯爵、伯爵、外交を務める大臣補佐にとっては周知の事実。しかし社交界に疎い末席の貴族や平民たちにとって、それは馴染みのない事実でもあるのだ。

 

 そのためカルラはその関係を以前から把握しており、大公を一度しか見たことがないソルとルアはそれを知らない。



「お前が結婚したのも、俺の即位式の直後だったな。公子は今年で何歳だ?」

「もうそろそろ3歳になるところだよ。それにしても、君は(きさき)を娶る気がないのかい?」

「……歳を食ったことも、形式上だけでも必要なことも理解はしているのだが、どうもな」


 そう口にしたところでふと、ディランが何かを思い出したように僅かばかり上体を前のめりに倒した。「先に謝っておく。悪いな」と何かに対して紡がれた謝罪と、突然のことに不思議そうな表情を浮かべた大公。


「どうしたんだい」

「こうして部屋を訪ねたことで誤解を生むかもしれないからな。どうやら噂によれば、俺は男色(衆道)らしいから」


 ぼんやりと蝋燭に照らし出されたディランが、どこか呆れを含んだ声色でそう口にした、刹那。


「っ、あはははっ!は、君がっ、衆道っ……!?っはは」


 思わず吹き出し、かと思えば噎せ返りながら上体を丸めた大公。肩を小刻みに震えさせながらなんとか笑いを殺そうとするその姿に「笑いすぎだ」と、眉尻を下げた苦笑いを浮かべながらディランは言葉を返した。

 しかし目元を拭いながら顔を上げた大公から次に紡がれた言葉で、僅かに室内の空気が変わる。


「男好きっ、笑うに決まっているだろう?っ、女性どころか人間にすら興味がない、君がだよ?」


 はー、と未だ込み上げる笑いを逃しつつ上体を起こした大公と、珍しく面食らったように瞠目するディラン。我に返り「……何を言っているのやら」と返した言葉にさえ驚きが滲むほど、彼にとってはまさに予想外の言葉。


「だってそうだろう?君ほど他者に無関心な人間も中々いないよ」

「……何故、そんなことが言えるんだ?」


 空気の重さが増す。そんな錯覚を覚えるほどに、正面から視線を合わせた二人の表情は対照的なもので。

 それもそのはず、二人は成人してから数えるほどしか顔を合わせていないのだ。そのため、大公がディランの内面をまるで読み取ったかのように発言するなど本来は出来ないはず。


 しかしその質問に目を細めると、大公は(おもむろ)にグラスを手に取った。


「同じ立場にいるからさ。幼少から周りに付き従う人間しかいないから、無理もないんだよ。ただ」


 ふと、彼が言葉を切る。そのまま右手に持ったグラスをゆっくり傾けながら正面のエメラルドグリーンを見据えれば、そこにあるのはいつになく真剣なディランの表情だった。

 まるで言葉の続きを急かすように、言い淀むことなど許さないようにじっと、正面から新緑色の瞳を捉える。


 それをものともしないまま、次に紡がれたのは暖かな陽を思わせるほどゆったりとした声色。

 

「久しぶりに会って確信したんだ。君はまだ、即位前の方が人間味があったと」


 ふっと、張り詰めていた空気が僅かばかり和らぐ。そうして背もたれに深く寄りかかりながら「可愛い従弟相手に随分な言い草だ」と、はぐらかすように眉を上げながらディランは言葉を返した。


「そうかな。上手く言えないけど、君からはどこか違和感を感じるんだよ。同じ人間だというのに、まるで弱ることを知らない御伽話の怪物みたいだ」

「……この立場にいれば嫌でもそうなると、お前も分かっているのだろう?」


 どこか挑発するような声色で尋ねたディランだったが「まあ」と、同じく軽く届いた返事でため息を一つ吐く。そうして心なしか先ほどより蝋燭の火が明るく落ちる室内で、二人は同時にワインを口内へと流し入れた。


「ところで、何故今年に限ってお前自ら出向いてきたんだ?」


 ふと、ディランの口から紡がれたそんな質問。それを受けふわりと、まるで待っていたとでも言うように大公は眉を上げて口を開く。


「我が公国内で『聖君』と名高い従弟を見に来た、といえば信じてくれるかい?」

「いいや。お前がそれだけで来るはずがないからな」


 間髪入れずに否定した言葉に対し苦笑いを浮かべながら、大公は再度ワイングラスを口へと運んだ。先ほどから忙しなくそれに手をつけている様子は、まるではやる気持ちを押さえ込んでいるようにも見えるもの。

 そして全てにおいて鋭いディランが、それに気が付かないはずもなく。


「君主自ら出向く理由など限られてくるだろう。この椅子が目当てか?」

「物騒だね。でも、私が興味を引かれ続けるのはそれじゃないんだよ」


 ──『隠された皇子』の話、君の口から直接聞きたくて。


 瞬間はっと、ぼんやりと揺れた暖色の向こうでディランが僅かに息を呑む。しかしそのエメラルドグリーンが瞠目したのも一瞬、次に大公が瞬きを終えた頃にはいつもの余裕な笑みへと戻っていた。

 その感情の完璧な支配こそ、大公が覚える違和感の一端。


 そして『隠された皇子』はその出所が不明故、帝国内でさえ信じるものは皆無に等しいとある噂。同時に、ディランが非公式の場ではあるが明確に否定する存在の呼称でもある。


「俺に兄か弟か。いればさぞ賑やかだっただろうな」

「継承権争いで騒がしい、の間違いだろう?」


 その言葉にはは、と軽く笑い声を上げたディラン。普段の彼ならここで明確に否定しているところだが何故か、この場に限ってはそんな動きが見られない。

 それを肯定と取ったのか、はたまた否定と取ったのか。「へえ」とどこか驚きと前のめりに浮いた感情を滲ませながら、大公の瞳が蝋燭の火を僅かに多く反射する。


 それを一瞥し、妖し気にエメラルドグリーンが細められる。次の瞬間「ところで」と、まるで話題を変えるように幾分か明るくなった声色が蝋燭を揺らした。


「アーサーという男を知っているか?」

「いいや。どうしたんだい急に」

「もう一つ、俺のことを中間名で呼ぶ人間はこの世で何人だと思う?」


 途端矢継ぎ早に質問を開始したディランに対し「私だけだろう?」と、困ったように眉尻を下げた大公が返事を返す。しかし次の瞬間、それまで余裕を纏っていたディランの雰囲気が変わった。

 例えるなら自身の考えた『なぞなぞ』に対する相手の反応を嬉々として見守る、幼い子供のような。


「そのアーサーも俺のことを中間名で呼ぶ、となれば、この男はどういう人物だろうな?」

「……ああ、なるほど。君は身内や近しい人間を愛称や中間名で呼ぶから、もしそのアーサーも同じく中間名だとするなら、おそらく私のように身内なのかもしれないね」

「さあ、その先は想像に任せるさ」


 まるで雲を掴むようなディランの態度に対し苦笑いを溢しながら、大公は前のめりになった感情がすっかり落ち着いたように足を緩く組む。そうして数瞬の後に開かれたその口からは、今回彼自ら帝国を訪問してきた本当の理由が語られた。


「ちなみに今年の使節団を私が率いた理由は、単純に同盟国として君達帝国と話し合いがしたかったからさ」

「知っている」


 微塵も驚きの色を出さないディランは、もちろん大公の目的など最初から把握済み。その上で軽口を言うと同時に『隠された皇子』の話題にあえて乗ったのだ。「だろうね」と返した大公もまた、ディランが最初から『自身が出向いてきた理由』を察していることなど百も承知。


 そうして蝋燭の暖色が小さく照らす室内で続けられた食えない支配者同士の歓談は、夜空に映えた月が西に沈もうとするまで続けられたのだった。



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