歓迎の宴②
大勢が集う大広間の一角だけが、まるで空間を切り取ったかのように異質な空気に包まれる。どうやら言い争いを続けるベギンズ義兄弟の周囲しかその異変には気が付いていないらしく、遠くには陛下と大公を始めとする貴族達が談笑している姿も見えた。
「ルアがいなくなった途端にこれか……」
銀髪を懐かしみながら状況を確認するためにざわざわとした人の輪へと近づく。貴族達の合間を縫うように、時に怪訝な表情を向けられながら2人へと距離を詰めれば、そこで初めて分かった2人の会話。
「何故いつもお前ばかりっ……俺が嫡男なのに」
「義兄上、飲み過ぎですよ」
「うるせえっ!団長職を与えられたからっていい気になるなよ」
てっきり口論になっているものだと思っていたが、どうやら義兄の方がベギンズ様に一方的に絡んでいるだけのよう。食い気味に反抗し続ける義兄の方は顔がだいぶ赤らんでおり、かなりの速度で酒を飲んだのだろうと察するには十分だった。
加えて「やはり実子との折り合いは悪いみたいだ」と、横目で2人を見ながらヒソヒソと言葉を交わす貴族の声が耳に届く。しかし気にする素振りを見せつつも止めようとする者は見られないあたり、本当に巻き込まれるのが嫌らしい。
「警備隊も騎士団も来ねーし、行くしかねーか」
そうして人の輪から一歩、前へと足を踏み出した時。
「え」
ぴたりと動きが止まる。揺れずに前へと向けられた視線の先には、横目でこちらを捉えつつ右の手のひらをこちらに向けたベギンズ様の姿。
明らかに「来るな」と制止しながら義兄を宥め続けるその姿に進むことすら憚られ、やはり怪訝な眼差しを多く向けられながらもそこから動くことが出来ない。
しかし足踏みをしている間にも、義兄は今にも掴みかかりそうな勢いで言葉を捲し立てていく。
「大体養子のお前が役職をもらうなんておかしいだろ!」
「僕も一応、侯爵家の人間ではあるので」
「嘘つけ!っ、俺は知ってんだ、お前が侯爵家を──」
「義兄上」
次の瞬間ぴしゃりと、それまで躱わすばかりだったベギンズ様が義兄の言葉を遮った。途端ピクリと肩を震わせ赤らんだ顔を強張らせた義兄だったが、それでも負けじと睨み続けるその姿に対し思わずといった感じで彼は苦笑いを溢す。
そうして変に力んだような緊張感が周囲を支配する中「夜風に当たりに行きますので、しばし失礼します」と、ベギンズ様は義兄の背に手を添えて大広間から連れ出した。
しかしそれに対し言葉を返せる者は誰もおらず、各々がぎこちない動きで『空気を変えろ』とお互いに目配せをし合っていた時。
「宴は気が大きくなる場、騒動は付きものだ。皆、気にせず楽しんでくれ」
次に聞こえたのは、いつの間にかしんと静まり返った空間に落ちた、いつの間にかこちらへと近付いて来ていた陛下の声。すぐ後ろから大公が顔を覗かせ貴族達が頭を下げる中、2人は場の収集をするかのように明るく言葉を交わし始める。
「あちらに美味しそうな料理が並んでいますよ。ああ、よく見たらここにも並んでいましたね」
「腹が減っているようだな?皆も、自分の分を取り分けておいた方がよさそうだぞ」
途端わははと、ぎこちなさが嘘のようにあちこちから笑い声が上がった。そうして気を取り直したように各々が談笑を再開する中、気が付けば大広間内に軽やかな楽器の音色が響き始めた。
「ああ、お待ちかねの時間のようだな。ところで大公、本当に余とは踊ってくれないのか?」
「そこまで私と踊りたいと思っていただけるのは光栄ですが、お相手はいらっしゃらないのですか?」
「知っての通り、余には皇后がいないのでな」
眉を上げながらそう返事をすれば「では、お言葉に甘えて」と大公が笑顔を返す。
そうして目を刺激するほど明るい空間の中で煌びやかな男女が集い、1回目のダンスタイムが幕を開けた。
「……やっぱすげーな」
音楽に乗り、時に静かに、時に大きく舞う貴族達。
その乱れぬ所作で優雅に踊る様は、ソルでさえ思わず目を奪われてしまう光景。中でも一層気高さが溢れるソフィア殿下と婚約者であるエドワーズ公爵のダンスはもちろんのこと、やはりこの場にいるのは生まれながらの貴族なのだと痛感するだけ、皆には気品が満ち溢れていた。
そんな中でもチラチラと、視線は無意識に大広間の入り口へと吸い込まれる。落ち着かず挙動不審になっているうちに音楽が終曲したかと思えば、各々が相手へと礼をし次のダンスが始まろうとしていた。
そうして待っていた人物がそこから現れたのは、2回目のダンスタイムが終わった直後のことだった。
そのドアから見えた白い長髪は真っ直ぐに殿下へと足を進め、彼女の前で膝をつく。
「もう。気にしなくていいから立って、カルラ卿」
「申し訳ございません。僕の方から誘ったというのに」
「体調を崩したりしていなければいいわ。イーサン卿とのダンスも中々楽しかったから」
途端ピクリと、立ち上がったベギンズ様の眉が僅かに動く。しかし次の瞬間にはそれが見間違いだったかのように「それは何よりです」と、いつもの笑顔から柔らかい声が落とされた。
確かに、殿下の2回目の相手はファウラー公爵が務めていた。それがそんなにも意外だったのだろうかとぼんやり考えていれば再度、ベギンズ様と目が合ったような、そんな気がした。
自身が彼を見過ぎていたのもあるだろうが、彼が自身を気にする理由など見当もつかない。
「では僭越ながら、閣下とのダンスと同じほど楽しい時間を差し上げたく存じます」
そうして音楽と共に始まった、3回目のダンスタイム。例年と同じく、今年もこれがラストのダンスになるだろう。そのため1、2回目と比べると踊っている組の数は少なく、その分注目も集めやすい。
「流石は殿下と団長殿、気品が違うな」
「ああ。特にベギンズ殿の方は出自不明とは思えんな、仮にも貴族なだけはある」
横で交わされるその言葉に、ソルも内心で同意する。
目の前でお互いの長髪を靡かせながら宣言通り、誰よりも優雅で目を惹く踊りを披露するベギンズ様。周りの貴族達は手に持ったシャンパンを口に運ぶことすら忘れ、輝きさえ纏った2人のダンスを見続けていた。
「ところで大公、この後何か予定はあるかな?」
「いえ。どうかされましたか?」
終曲後、各々が食事に手をつける中で届いた陛下と大公の会話。思わず耳から首にかけて変な力が加わる中、「まだ話し足りないから、部屋を訪ねてもいいかな?」との言葉を耳がはっきりと拾う。
「もちろんでございます」
「では、部屋の鍵は開けておいてくれよ」
「閉めませんよ」
どうしても意識してしまうのはもちろん『陛下と大公の関係』について。それが頭を支配するあまり陛下らを見ることも出来ず、変わらぬ賑わいの中に居続けることしか出来ない。
そうして視線を感じるままにそちらへと視線を移せば、次の瞬間にははっきりとこちらを見据えるオレンジ色の瞳と目が合ってしまった。
その口元が明らかに笑っているのを隠す気も、どうやらベギンズ様にはないらしい。
しかしそれも一瞬、目を擦りながら彼が視線を正面へと戻したことによって肩の力が僅かばかり抜けた。
そんなモヤモヤを掻き消すように、うるさいくらいの明るさと賑わいの端をぐるぐると歩き始める。実に夜がすっかり更けるまでずっと、両国の人間はそんな空間でそれぞれ談笑を楽しんだのだった。
***
「失礼するよ」
月明かりが差し込む宵闇の別館。使者の部屋が割り振られた1階から階段を登った、2階のとある一室の前。
夜の静謐にノック音とディランの声が融け消える中「どうぞ」と、室内から声が届く。
それを受けドアを開ければ、次にエメラルドグリーンに映るは椅子に腰掛け声の主を見据える大公の姿だった。
しかし先ほどまでと違うのは、どこか余裕を纏ったこの空気。
「遅くなってすまない」
静かにドアを閉め、テーブル上のランプに照らされた新緑色の瞳を見据える。そこに近付くディランを見据えながら緩く口角を上げ、ようやく大公は口を開いた。
「構わないさ。それより2人で話せて嬉しいよ、アルビー」




