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歓迎の宴

 公国の来訪を歓迎する宴は例年同様、皇城1階にある大広間で行われる。そこに招かれるのは四公爵を始めとした位の高い貴族とその夫人、成人年齢である16歳を迎えている子息令嬢など。

 初夏に行われる建国祭の宴より規模はやや小さいものの、その分相手国の人間と深く繋がりを持つことの出来る絶好の機会でもあるのだ。


 そんな華やかな会場内を歩き回り警備に当たるのは皇宮警備隊数名と、団長であるソルや副団長のルアを含めた皇室騎士団数名。この場において明らかに異質な存在である両部隊は併せて会場外の見回りも務めており、また皇室騎士団の面々はキリのいいところで中と外の警備を交代することになっている。


「団長、俺次外行ってくる」

「おー、行ってこい」


 そうしてだんだんと小さくなる白い制服が見えなくなった辺りではあ、と小さなため息が漏れた。それもそのはず、残念なことに団長である自身は他の団員とは違って宴が終わるまで会場内の警備を命ぜられているのもまた例年通り。

 そのため気分転換も叶わず、息苦しいほどに眩しいこの空間に耐え続けなければならないのだ。


 やはり、自身には混沌とした外の空気が合っている。

 そんな事実を再認識しつつせめてもの気晴らしを兼ねて壁際を歩いていればふと、耳に入ってきた男女の声で足が止まった。


「ああ、姉上までいらしていたのですね」

「久しぶりねルイ、私が来ると不都合でもあるかしら?」

「まさか。お会いできて嬉しい限りですよ」


 次に視界に入ってきたのはアレン様もといルーク様と、彼と同じく琥珀色の瞳に長い黒髪、黒いドレスを纏った女性。シャンパングラスを片手に彼を見上げる姿だけで気品が伝わってくるその女性は、自身はあまり目にする機会が少ないアレン公女だった。

 そして言葉を交わす2人から目線を移動させればほうっと見惚れたような表情を浮かべる人々が目に入る。それほどまでに2人の持つ気品は洗練されており、周りにいる誰もが同じ色を持つ姉弟の姿に釘付けになっていた。


「父様と母様に挨拶はしたの?」

「ええ、たまには帰ってくるように言われましたよ。俺も今年で29歳だというのに」

「子供はいつまで経っても子供よ」


 家族の前だからだろうか、普段よりも幾分か軽い雰囲気のアレン様を新鮮な気持ちで視界に入れていればふと、そこに近付く2人の人物が見え途端に背筋が伸びる。サッと周りの者が捌けて道を作る中、そこから向かってきた人物達に対し姉弟と周囲の貴族達は頭を下げた。


「皇帝陛下、並びに大公殿下にご挨拶申し上げます」

「顔を上げてくれ。しかし久しいな、オルタンシア嬢」


 普段とは違い前髪を全て後ろに流した陛下と、その横でにこやかに口角を上げる大公の姿。柔らかい雰囲気に確かな威圧感を含んだその姿はまさに、彼らが一国の支配者なのだと伝えるには十分なもの。

 そうして陛下の言葉に「ご無沙汰しております」と返せば、今度は大公が公女に対して口を開く。


「暫くぶりですね、レディ・オルタンシア」

「お久しゅうございます、大公殿下」


 凛とした声の挨拶を受け、大公は流れるような所作で公女の手を掬って甲にキスを落とした。両者とも一切無駄がない動きを取る光景に誰もが見惚れていれば、大公は何かを思い立ったように緩く微笑んだ。


「ファーストダンスを踊る栄誉を頂いても?」

「光栄ですわ」


 そうして右手を胸に添え一礼した公女に「楽しみにしていますね」と、陽のように柔らかい声が返される。

 殿下の結婚が決まった今、この帝国で一番位の高い未婚の女性はアレン公女。そのため大公のファーストダンスの相手としては適任なのだろう。


「大公、余とは踊ってくれないのか?」

「陛下のお相手など滅相もない」

「一番の年下を、可愛がってくれてもいいと思うのだが」


 そう口にすれば「ご冗談を」と、大公やアレン様が笑いを溢しながら会話を続ける。そんな談笑でだんだんと会場内に貴族達の話し声が満ちる中、住む世界が違う彼らをただぼうっと見つめていた。



「ソル、そろそろ外の警備に行く」

「ん、りょーかい」


 軽く叩かれた肩で我に返り後ろを振り返れば、どこから現れたのか見慣れた銀髪が目に入る。その彼に返事を返し背中を見送った後、よだれが落ちそうなほどいい匂いのする料理へと目を向けた。自身らが普段口にするものより明らかに高級そうな肉や、色とりどりに盛り付けられた野菜や果物。

 明るい空間のせいか輝いて見えるそれを自身ら騎士団が口にすることなどもちろん叶わないため、まだ会場外の警備に当たった方がマシだとすら思えるほど。


「いい匂いすぎて気が狂いそうだな」

 視線を逸らしつつそんな独り言を口元で溢した時「お」と、ふと目に入った白い長髪に対しまたもや声が漏れる。それは白を基調とした帝国第一騎士団の制服と正装であるマントを纏い、目を刺激するこの空間に見事なまでに溶け込んでいる男。


 言わずもがな、最近何かと関わることの多いベギンズ様だった。


 ところで、彼とは少し離れた場所には衣装の雰囲気をそろえたベギンズ侯爵家の面々が見える。彼だけが騎士団の服装での参加なところを見るに、どうやら『ベギンズ侯爵家』ではなく『帝国第一騎士団長』としての出席らしい。

 そんな彼の動向を無意識で追っていれば、周りの人間と少しばかり談笑を交わした後に彼はどこかへと歩き出した。真っ直ぐ歩を進めるその先へと視線を移した時、次に目に映ったのは話に花を咲かせる女性達と、その中心で女性達の言葉に明るく返事をするピンクのドレスを纏った女性。


「殿下にご挨拶申し上げます」

「あらカルラ卿。ご機嫌いかが?」

「おかげさまで、どこも不調はありませんよ」


 ぱっと花が咲いたように尋ねたソフィア殿下と、ドレスの裾を掴んで一礼をしその場を静かに後にした女性達。空気を読んだ彼女達を一瞥したベギンズ様は殿下に視線を戻すと一言、柔らかい笑みを浮かべてこう口にした。


「殿下、実は一つお願いがあるのですが」


 眉を下げ、あくまで下からお願いするその珍しい姿に思わず視線が縫い付けられる。しかし殿下にとっては慣れた光景のようで「何かしら?」と、いつもと変わらぬ凛とした声が聞こえた。

 そうして、次にベギンズ様から聞こえた『お願い』はこのようなもの。


「エドワーズ公爵閣下とのファーストダンスの後、僕にダンスの相手を務める栄光を頂けませんか?」

「嬉しいわ、もちろんよ。足を踏まないでね」

「ご心配なく」


 そんなやりとりにどこからともなく「まあ……!」と羨ましさを滲ませた高い声が聞こえた。確かに貴族社会の慣例などに疎い自身でも男性が女性をダンスに誘う意味、とりわけ彼ら自身よりも身分が上の女性を誘うという行為が単なる建前や慣例ではないことくらい分かるわけで。


「まあ、あれだけなんでも揃った男にダンス申し込まれたら羨ましいかもな」


 無意識にそんな独り言が漏れ思わずギョッとする。しかし確かに、彼の役職や丁寧な振る舞いも相俟って女性からの人気が高いことは事実。それこそ出自の不透明さを覆うほど、それらは彼にとっての武器に同じ。

 加えてふと、殿下に「好感」を抱いているというベギンズ様の発言が頭に蘇った。その感情が決して「好意」ではないとも。


 だが、殿下に対する態度はその他の人間に対するそれとはまるで違うもの。

 彼の言う好感と好意は、一体何が違うのだろうか。


 そんなぼんやりとした疑問を抱いていれば「では、また後で」とベギンズ様が振り返ってその場を後にする姿が目に入った。

 その直前一瞬だけこちらを向いたような気がするのは、おそらく気のせいだと思いたい。目立たぬよう壁に背を預け気配を消している自身を視界に入れる理由など、彼には当然ないのだろうから。


「……移動するか」

 誰に告げるでもなく独り言ちながら移動を開始する。既に何周もしているために感じる僅かな疲労と飽き飽きする既視感に小さく息を吐きつつ、これまた豪勢な料理の匂いが届くところまで差し掛かった時だった。


「おいおい、あれ止めなくてもいいのかい?」

「下手に関わると巻き込まれるぞ。誰か侯爵か警備隊を呼んで来いよ」


 ざわっと会場の一角の雰囲気が変わる。何事かとそちらに視線を移せば、次に目に入ったのは二人の男性の言い争う姿だった。片方は茶髪の男性、そしてもう片方は彼よりも背が高く、先ほどまで殿下と言葉を交わしていた()()()()()()()()()

 

「あれは、ベギンズ様の義兄(あに)、だったか?」


 思わずそんな言葉が漏れた視線の先、周囲の貴族達の視線を集めているのはベギンズ侯爵家の実子とその義弟であるベギンズ様もとい、カルラ様。 

 滅多に見ることのないベギンズ義兄弟の、この空間に似合わぬ口論。気付けば辺りに落ちるのはヒソヒソ声だけとなり、皆が怪訝と興味を宿した面持ちで2人をじっと見ていた。



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