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アステル公国来訪

 いよいよ迎えた来訪当日。真上に昇った太陽の下、首都の大広場には礼砲の轟音が響き渡っていた。

 そうして大砲を背に公国を迎え入れるのは皇帝ディラン、皇妹ソフィアをはじめとした四公爵、アレン、オリヴィラ公爵夫人。それに続くように行政省の宰相や各大臣補佐数十名、帝国騎士団の団長五名等、国の主要人物とも呼べる者達が勢揃いしていた。


 そんな大広場を囲む多くの民衆は、普段見ることの出来ない皇族や四公爵などの姿を一目見ようと群衆の隙間から顔を覗かせる。そして興奮のあまり至る所で膨らむ会話が一層大きくなろうとした時、ディランが左手を軽く上げたことで辺りは水を打ったようにしんと静まり返った。


「ようこそ、我がエトワール帝国へ」


 左手を横に流せば、それを合図に背後に並ぶ者達が一斉に頭を下げる。

 それに対し向かい合ったまま右手を胸に添えたのは、茶髪に新緑色の瞳を持つ男性を筆頭とした使節団。


「アステル公国が大公、ジュゼッペ・イーヴォ・フォン・ロマーノ、帝国の太陽にご挨拶申し上げます」

 

 まるで春の陽のような声で挨拶を述べた茶髪の男性、もとい大公に続いて50名ほどの使節が一斉に深く頭を下げる。その間数秒、整然と並んだ彼らは一糸乱れぬ動きで再度帝国の面々と視線を合わせた。

 そうしてディランが数歩足を進め大公に手を差し出せば、彼もまた距離を詰めてその甲へ手袋越しの口付けを落とす。

 

「久しく会えたこと、とても喜ばしく思う。神もお喜びになっていることだろう」

「天にまで恵んで頂き、至極幸甚に存じます」


 公国の来訪を歓迎するように晴れ渡った青空の下、大公は一度手を離すと今度はディランの左手と握手を交わす。途端わっと、大広場を取り囲む群衆から拍手と指笛混じりの歓声が上がった。

 


 一国の主人(あるじ)同士が手を取り合うこの光景は『国同士の強い結び付き』を意味し、観衆が多いほどその事実は確固たるものとなるのだ。



「さて、早速だが宮殿に向かうとしようか。積もる話もあるだろう?」

「長旅で疲れた身体を休ませてくれるとは、有難き幸せ」

「はは、そう硬くなるな」


 笑い声を溢しつつ紡がれた声に大公は一礼で返す。

 その様子を離れた場所で整列しながら眺めていたソルだったが、ディランと大公が同じ馬車に乗り込んだのを見届けると彼を始めとした『鷹の太陽』は馬車の護衛に付くべく、大広場の隅に括り付けていた馬へと跨る。

 対するルアら『鷹の月』は目立たぬよう群衆の後ろから護衛についており、四公爵を始めとした主要人物の面々が馬車や馬で移動の準備を開始したのを確認してから、なるべく人目に触れぬ路地裏を縫って皇宮を目指していく。


 そうしてそれぞれを乗せた馬車は、大きく聳え立つ皇城を見据えて走り始めたのだった。


 ***


「わ、だいぶ暗くなってきたな」


 思わずそんな独り言を溢しながら、ルア以外誰も見ていないことを確認して軽く足踏みをする。それに対し短く息を()いた彼とそれぞれドアの両側を守るこの場所は、先日公爵会議が行われた会議室の前。

 太陽が真上より傾いた頃に入室したのは陛下、殿下、各大臣を務める四公爵。対する使節団側は大公と数名の幹部だけという少数だったが、予想に反して陽の光は色の濃さを増しながら向こうへと沈もうとしていた。


 陛下の話を聞く限り、今日この部屋で交わされているのは軽い挨拶と近況報告のみ。お互いの国内情勢や今後については約3週間という長期の滞在期間で話し合うらしい。

 それでも挨拶だけに例年よりかなりの時間を要しているのは、おそらく大公自ら来訪してきたことが理由だろう。


「別館で待ってる使者サマたちも、退屈してんだろーな」

「……静かにしてろ」


 口元のみで音にした言葉だったがどうやらこの距離であれば銀髪の耳にも届いたらしく、青の隻眼が呆れたように一瞬だけこちらを向く。しかしすぐに逸らされたその澄ました横顔に「べっ」と舌を出してから自身も同じく前を向いた。


 だがいくら久しぶりとはいえ、ここまで話が盛り上がって長引くとは予想もしていなかったのが正直なところ。時折聞こえてくる笑い声が耳に届く中、記憶の奥から顔を覗かせたのはベギンズ様が口にしていた『関係性』についての疑問。


 あれは一体、何を指していたのだろう。

 それをぼんやりと考えつつ再度、足踏みのために左足を浮かせかけた時。



 ──ガチャッ。



「とても有意義な時間だった。それと、議題については明日から論議の時間を設けよう」

「光栄に存じます」


 聞こえてきた陛下と大公の声に揃って頭を下げる。その後ろから続々と響く足音が話し声と共に遠ざかっていく気配を耳だけが拾い、最後に聞こえた足音からものの数十秒で辺りはしんと静まり返った。

 おそらくほとんどの人間が遠くの曲がり角に消えて行ったであろうことを確認し、まだ近くに残った気配を確かめるため顔を上げようとした時。


「ご苦労だったな」

「っ!」


 ビクッと肩が跳ねる。それは、すでに立ち去ったとばかり思っていた陛下の声。そうして夜の色に染まった床を見続けていれば「顔を上げろ」と、もはや聞き慣れたセリフが降ってきた。


 そしていつものように、上体を起こして視線を上げた時。


「顔を近くで見るのは初めてだね?こんばんは」


 次に視界に入ったのは、自身のものと似た新緑色の双眸。

 瞬間思わずヒュッと息を呑んだ。あるはずのない姿に対し頭の中が一瞬にして動きを止めたが、それを認識するよりも早く反射的に視線は地面を捉える。


「「大公殿下にご挨拶申し上げます」」


 不意に落ちた静寂が場を支配すること、僅か数秒。


「おや、顔を上げてくれるかな」


 続けて落ちてきたのは昼間と同じく陽のように穏やかな声。言われるがままおそるおそる顔を上げれば、自身よりも少しばかり低い位置にある瞳と目が合った。

 そこからは見下しや敵意など暗い感情は感じられず、加えてその口元は緩く曲線を描くばかり。それに対しふっと、肩から力が抜けていくのが分かった。



 大公のことをほぼ初見なソルとルアだったが、その第一印象は揃って『穏健で警戒が不要な人物』。同時に纏う雰囲気こそ違うものの、どこか陛下と似たものがあることも直感的に感じ取っていた。

 それはおそらく、二人には『一国の支配者』という共通点があるからだろう。



「改めまして、私はジュゼッペ・ロマーノ。君たちの名前を聞いても?」

「っ、皇室騎士団のソルといいますっ」

「同じく、ルアと申します」


 問いかけに似合わぬチグハグな挨拶。しかしそれを咎めたり笑うでもなく何故かほんの一瞬、大公が僅かに目を見開いたのがはっきりと映った。

 しかしそれが見間違いだったとでもいうように、次に目に入ったのは元通り口角が上がった表情。


「ああ、太陽と月か。いい名前だね」

「だろう?俺の、太陽と月だよ」


 そう満足気に返事をした陛下だがイマイチその意味が分からない。そうして無意識に銀髪へと視線を向けるが、彼もまた何のことか分かっていないように陛下を見据え続けるばかり。


 しかしその疑問を尋ねることなど出来ず、次に陛下が口を開いたことで頭の隅へと強制的に押し込められた。


「さて歓迎の宴までもう少し時間があるわけだが、もう少し話して行かないか?それとも別館に戻るか」

「おや、お話しさせて頂けるのですか?光栄に存じます」


 そうして右手を胸に添えて礼をしかけた大公を、陛下が左手を上げて制止する。


「昼間も言ったが、そう硬くなるな。そんな()()()()()だろう」

「これはこれは、失礼致しました」


 (にこや)かに返事をしたまま、大公は陛下を真っ直ぐ見据え続ける。そんな二人にはやはり自身の知らない関係性があるようだと、ソルは朧げにそう直感した。


 そうして宴の準備が完了したことを皇宮の使者が伝達に来るまで、ディランと大公は久しぶりの会話に再度花を咲かせる。ドアが開放された状態で交わされた軽い雑談を耳にしつつ、ソルはぼんやりと抱いた疑問を考え続けていたのだった。


 

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