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『アーサーより』

「ふう……大体こんなものじゃないか?」

 差し込む昼の陽がすっかり夕日に変わった頃、今の今まで文字の解読に集中していた月の部隊員(ルアの部下)はそう呟いた。途端上がった歓声の中、読み解き終えた彼の背中を数名の団員が勢いよく叩く。 

 まだ春だというのにその額には薄らと汗が滲んでおり、文章を読み解くという行為がどれだけの集中力を要するかをハッキリと物語っていた。


「ありがとな、これで陛下に報告できる」

「どういたしまして。僕も久しぶりに読めて楽しかったよ」


 読み解く中で、彼は逐一その内容を自身らに共有してくれていた。

 そこから解った主たる内容。それはこの紙が納められていた代物、つまり『魔法のガラス』を誰かに贈るという()()。その他にも雑談程度のことが書かれていたらしいが、どうやら略語や例えが多く使われていたらしく、文字の読める団員でも内容までは分からなかったそうだ。

 しかし、その部分は読めずともおそらく問題はないだろう。


 ところで、目の前の手紙には未だ読み解けていない単語が2つ存在する。

 それは手紙の冒頭、右に寄せて書かれた『Albee』という単語と、一番下の行の左に寄せられた『Artur』という単語。


「ア、ル、ビ……?なんだ?」

 拙いながら1文字ずつ発音してみるが、やはりその響きについてはピンとこない。しかし次の瞬間「えっ」と驚声をあげたのは太陽の部隊員(自身の部下)であるピエトロだった。


「どしたピール、分かるのか?」

「え、だって……っていうか噂で聞いたことあるんだけどさ、手紙って最初に宛名、最後に書いた人の名前を書くらしいじゃん」


 その言葉で再度手紙へと視線を落とす。ピエトロの言葉が正しいとするなら一番上に書かれた『Albee』は宛名であり人の名前であるらしいが、読み方が分からない以上誰かも分からない。


 しかし次にピエトロが口にした言葉で、小屋は一瞬の静寂に包まれる。


「『Albee(アルビー)へ』。これ、陛下の中間名でしょ」

「……あ」


 ──ディラン・()()()()・ヴァン・マーフィー=フォークナー。

 この手紙が出てきたのは、陛下の執務机の抽斗から。


 途端ふっと、何かが自身の中にピッタリとはまった感覚がした。


 つまりこれは『誰か』から陛下に宛てた、魔法のガラスを贈るという内容の手紙ということになる。手紙が出てきた場所からして、同名の人物という可能性は低い。


 だが、ここで疑問が生まれる。それは手紙の宛名そのものについて。

 自身が昔聞いた話によれば、相手の呼び名に中間名を使うのは家族か、特に親しい間柄の者に限られるらしい。それこそ、アレン公爵が息子のルーク様をテオと呼ぶように。


 とするならば、これの贈り主は陛下と余程親しい人間なのではないか。


 そして最後の疑問である、手紙を締めくくるように記された『Artur』の五文字。ピエトロの手紙の話が正しければこれもまた、人の名前であるらしい。

 しかし。


「アー……なんて読むんだ?」


 その呟きに返ってくる答えはなく、その場にいた誰もが難しい顔をして黙り込む。

 それもそのはずで、先ほどの『Albee』を『アルビー』と発音することが出来たのは、元々陛下の中間名を含めた名前を知っていたから。音として覚えている名前ならまだしも、初見であるこの名前だけでは情報量が皆無に等しい。


 しかしこの名前さえ分かってしまえば、あとは手紙の内容と一緒に陛下に報告するだけ。

 あと一歩で手が届く焦ったさの中、読めもしない五文字を睨んでいた時だった。


「……アーサー」


 次に静寂の中に落ちた言葉で、唸っていた皆が弾かれたように顔を上げた。そうして一斉に視線が向かったのは、無表情のまま手紙に目を落とす声の主。

 自身よりも少し離れた場所にいたその銀髪は、数瞬の後自身の視線に気が付いたようにゆっくりとこちらを向いた。


「ルア、もっかい」

「……『アーサーより』、じゃないのか」


 その言葉で「すげ……」と漏れた団員の声が空気に融ける。そういえば2週間前、彼は『IVLIVS(ユリウス)』の彫像名も読むことが出来ていたなと、この時ふと思い出した。


「副団長も文字読めるのかよ、なんで言わなかったんだ?」

「……読めないからな。ただ」 

 そこで言葉を区切った青の隻眼がこちらを真っ直ぐに見据える。その視線を受けつつ名前を口の中で転がした時ふと、蘇った2週間前の会話。


 この魔法のガラスを売っていた露店商と会話をした際、彼は確かに「アーサーという人物が出資をしてくれている」と言っていた。これを買いに来る、自身と背丈が変わらない者がいるとも。 

 ルアは、この会話を思い出したのだろう。


「ってことは……」

 その出資者とこの贈り主であるアーサーは同一人物、ということになるのだろうか。

 そんな考えが浮かぶままにルアを見据えれば、彼はおもむろに口を開きその場で予想を述べ始めた。


 その内容は、大まかに言えばこのようなもの。


 まず、仮に『手紙とガラスの贈り主』を出資者と同一人物だとする。すると、その者は陛下を中間名で呼ぶほどに仲の良い人物ということになり、その者の名はアーサー。

 そしてこれを買う人物も同一人物と仮定、つまり『陛下の友人=出資者=買い手=アーサー』とした場合、その者は自身らではまず手が出ない値の物をいくつも買い、加えて資金を出すことが出来るほどに金を持った人物となる。


 とすればあの時の予想通り、『アーサー』は成金の地主もしくは貴族である可能性が高いというのだ。それも、そこら辺の貴族よりも懐が豊かな者。


「っ、さっすが副団長……」

 誰からともなく感嘆の言葉が漏れる。自身はおろか、他の団員でも思い至らない予想を述べた銀髪の洞察力に息を呑んでいれば「だが」と、少しばかり難しい表情を浮かべたルアが口を開く。


「……陛下は、なぜこれを読ませたのだろうな」

「確かに」

 自身らがあまり文字を読めないとはいえ、わざわざ親しい人物とのやり取りを見せた思惑が分からない。加えて最近は反乱軍の存在も明らかにされ、自身らも以前手紙を盗まれたという前科がある。

 大した内容でないとはいえ、なぜ『頭を働かせる』ためだけに個人的な手紙を寄越したのだろうか。


「考えても分っかんねーな。とりあえず報告に行こうぜ」


 そうしてルアに向かって声を掛ければ「ああ」と、いつもの短い返答が返ってくる。そうして団員に読み解いてもらった手紙の内容を報告するべく、2人は夜空の気配が見え始めた空の下を歩き始めたのだった。


 **


 すっかり薄暗くなった皇城の二階、陛下の執務室前にて。

 未だ帰城していないディランとルークを待つこと、実に1時間。


「ああ、待たせたか」

 不意に曲がり角から聞こえた声で視線をそちらへと向ければ、そこにはウィッグを手にし左手で目元を擦った陛下の姿が見えた。遅れて、後ろから端正な服を纏ったアレン様の姿も確認出来る。

 そうしてこちらへと足を進めてくる2人へ頭を下げれば「ルイは部屋に戻って記録を」との声が降ってきた。


「分かりました。ところで、その2人に何かご用事が?」

「ああ、少しな」

 次に聞こえたのは、この課題を出された時と変わらぬイタズラっ子のような陛下の声。そういえば手紙のことはアレン様にも内緒だったのだと思い出し、無意識でヒュッと息を呑んだ。


「また、変なことでも考えているんですか?」

「失敬だな。俺がいつ変なことを考えたんだ」


 そう軽口を交わした陛下とアレン様だったが、数瞬の後にアレン様が皇城内にある彼自身の部屋へと足を進める靴音が耳に届く。床を見つめながらそれが遠ざかっていくのを聞いていればふと、陛下が口を開いた。


「顔を上げろ。長い間待たせて悪かったな、入るといい」


 その言葉で陛下へと視線を上げれば、ちょうど重い扉を開き執務室へと足を踏み入れた彼の姿が目に入った。そうして言葉に導かれるまま自身らも足を進めれば、陛下は真っ直ぐに机へと足を進めて火打金を手に取る。


「すっかり暗いな。こんな時間まで城下にいたのは久しぶりかもしれない」

 そう言いつつ、陛下は慣れた手つきでランプに火を灯す。ぼうっと朧げに明るくなった室内で、ブルーからエメラルドグリーンへと戻った双眸がこちらを見据えているのが分かった。

 言わずもがな、その視線が求めているのは答え。皇室騎士団の力で読み解いた、陛下に宛てた手紙の内容だった。


 しかし何故、彼はこの手紙をあえて読ませたのだろう。

 そんな疑問を抱きつつソルとルアはディランに対し、夜の執務室での答え合わせを開始したのだった。



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