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開幕

 当代の皇帝陛下の執務室は皇宮の二階に位置しているため広大な皇宮内では辿り着くのにも時間を要する。ようやく目の前に現れた重厚な扉をノックし足を踏み入れた2人だったが、そこには側近であるルークの他にも既に先客がいるようで。


「来たか、疲れているところ悪い」

「いえ、とんでもございません」

 一体何用で呼ばれたのかは分からないが、雰囲気からして少なくとも叱責するためにお呼びになったわけではないらしい。それを察したソルがあからさまに胸を撫で下ろすのを横目で見つつ、静かに陛下の言葉を待つ。


「早速で悪いが、最近首都内で起こった騎士団長の襲撃事件は知っているな?」


 そう言いつつ陛下が手で指し示したのは腰ほどまで伸ばした白髪にオレンジ色の瞳、白を基調とした団服を纏った男性。彼こそが襲撃された帝国第一騎士団長のカルラ・ベギンズ様だった。

 噂によれば先日の夜、単独で街を警邏(けいら)していたところを複数名に急襲されたらしい。それでも無傷で相手を返り討ちにしたというのだから、流石は騎士団の団長と言ったところ。


「存じております」

「それなら話が早い。まだ全容は把握できていないのだが、最近似たようなことが多くてね」

「え、そうなんですか」


 まさに寝耳に水。そんな様子で言葉を返したソルとは違い表には出さなかったものの、その実ルアも内心驚いていて。


 まさか噂が回ってきていないだけで、既に帝国騎士団員への襲撃が起こっていたとでも言うのか。今までそのような事件が平和とも言える首都で、果たしてあっただろうか。

 そうして思わずカルラ様へと視線を移せば、疲れているのか目元を右手で擦り瞬きを繰り返した彼と目が合った。反射的に目を逸らそうとしたものの不意に口角を上げた彼にそのまま視線を奪われる。


「僕らが襲撃されたのはきっかけに過ぎないんですよ」

「……きっかけ」

「ええ、まあ、平和が一番なんですけどね」


 どこか他人事のようにも感じられる温度で言葉を紡いだカルラ様に言い表すことのできない違和感を覚えたものの、それが顔に現れてしまう前に今度はルーク様が口を開いた。


「では、帝国騎士団には更に警備を強化して頂かなくては」

「ご冗談を。これでも僕らは手一杯なんですよ」

「貴方の様子を見るに、まだ余裕はありそうですが」


 まるで猫のように威嚇し合う冷たく張り詰めた空気。首の辺りが温度を下げるのを感じながら黙ってその様子を見ていれば「そこまで」と、それまで口を閉ざしていた陛下が声を発した。


「やめないか。それより、お前たちにもう一つ頼みがあるのだが──」


 たったの一声で、陛下の背後で静かな威嚇を繰り広げていた彼らの雰囲気が変わる。その技量に感嘆したのも束の間、5人ばかりの空間の中で陛下が自身らに向けて続けた言葉は、おおよそ先ほどまでの雰囲気とは打って変わったとあるもの。


「今度、ソフィーを婚姻させる予定でな。それに伴う準備を手伝ってほしいんだ」

「っえ、ソフィア殿下が、ご結婚?」

 

 陛下の妹君であるソフィア殿下は今年で21歳ながら、陛下と同じく民衆に広く慕われている方。そして『婚姻させる』という言葉から察するにこの結婚は政略結婚というものなのだろう。

 そんな陛下の言葉に瞠目した2人をよそに、ディランの背後に控える2人は既に知っていたとでも言うように平静を保ったまま。


 確かにルーク様であれば陛下のご相談を受けることもあるだろう。しかしでは何故、騎士団長であるカルラ様の耳にも話が入っているのだろうか。 


「まだ皆には秘密だぞ。それで、相手は誰だと思う?」

 そんな質問で先ほど浮かんだ疑問が消えていく。それと同時に口を開いたのは、自身の隣にいるソルの方。


「殿下の結婚相手ともなれば、『四公爵』の誰かですよね?」


 そう返せば「ちゃんと勉強しているようでなにより」と感心したように陛下が言葉を紡いだ。それに対し眉を上げ嬉しそうな表情を浮かべたソルを一瞥し、再び陛下へと視線を戻す。


『四公爵』とはエトワール帝国に存在する4つの公爵家の当主を指すいわば俗称であり、特に当代の公爵たちは髪色で『白公爵』と『黒公爵』にニ分される。皇族の政略結婚ともなればやはり、公爵家の当主でなければ相手は務まらないのだろう。


「そこでだ。司式者の依頼をするための書簡を神殿に持って行ってくれ」

「司式者、神殿」

「司式者は結婚式を進行させる者のことです。通常は神官に依頼するのですが、皇族と公爵ではそうもいかないので」

 

 ディランの言葉をそっくりそのまま繰り返したソルに対して丁寧な説明を施したルーク。しかし彼が「ありがとうございます」と礼を述べれば「いえ」と、端的な返事が返ってくるばかり。


「……通常は、ということは今回は神官ではないのですか?」

「ああ。まあ誰を寄越すかは向こうで決めるだろうから、とりあえずは書簡を大神官に渡してきてくれ。急がないから今月中で構わない」

 

 首都の神殿だからな、と念押しされた言葉に深く頷けば陛下は満足したように眉を上げた。


 ところでソフィアの結婚相手は明確にされなかったものの、おそらくは白公爵の一人であるファウラー公爵だろうとルアは踏んでいた。

 齢27歳と殿下よりも少しばかり年上ではあるが、お会いした限りの公爵の印象は紳士そのもの。加えて殿下に対して恋慕しているという噂もあるほどなのだから、政略結婚とはいえ仲睦まじい夫婦になるのではないか。


「殿下も、もうそんなお年になられたのですね」

「なんだカルラ卿、寂しいのか?」

「ええ、まあ」


 冗談なのかはたまた本気なのかは、その薄らと浮かべられた笑みからは判別出来ない。あまりにまじまじと見つめることも出来ずに陛下へと視線を固定していれば「さて」と、一層軽くなった声が紡がれた。


「襲撃の件、皇室騎士団の面々には内密にな。時が来たら『太陽』と『月』にそれぞれ命を下すから、そのつもりで」

「「御意」」

「それと、次の公爵会議の警護も頼んだよ。もう戻っていい」


 その言葉に頭を下げ、陛下の執務室を後にする。扉を閉め広い世界に移動したことでふうと、ここで初めて大きく息を吸うことが出来た。


「陛下の部屋はやっぱり雰囲気が違うよな〜」


 どうやら同じことを考えていたソルに対して沈黙で肯定の意思を返せば、彼は歩きながら斜め上をぼんやり見つつ呟く。


太陽(俺ら)はなにすんだろーな。お前らは情報収集とかだろうし」

「さあな。陛下の命を受けるまで口を滑らすなよ」

「分かってるって」

 軽い口調でそう返された言葉を静かに受け止め、2人は長い廊下を進んでいく。



 ところでディランが口にした『太陽』と『月』。それは、ソルとルアが属する部隊の名前。

 そもそも皇室騎士団はソルが率いる『鷹の太陽』とルアが率いる『鷹の月』に分けられており、それぞれ団服も異なる。太陽は文字通り白地に金のラインが走った眩しい制服だが、月は紺色に銀のラインと夜に溶けるには打ってつけのもの。

 加えて太陽は表立って活動するため民衆でも顔を覚えているものは多いが、月は隠密活動が主のために人前にほとんど姿を現さず、皇宮関係者程度にしか顔が割れていない身軽さを持つ。



「……俺らも気を付けるべきだな」

 首都内で既に起こっている襲撃事件の中身は全く見えないものの、陛下の手足である以上皇室騎士団の面々も狙われないとは考えにくい。そんな懸念と下される命令について頭の片隅で考えながら角を曲がろうとした、その時だった。


「おや、皇室騎士団の団長殿と副団長殿」


 背後から紡がれた穏やかなその声で瞬間、背筋が伸びる。聞き覚えのある声に素早く身体を反転させ声の主を見やるとほぼ同時に頭を下げ、ソルとともに口を開いた。


「「ファウラー公爵閣下にご挨拶申し上げます」」


 そうして挨拶を口にすれば「頭を上げて下さい」と、どこまでも柔和で丁寧な声が紡がれる。その声色に促されるようにして視線を上げた先に映った、白髪の若い男性。


「お二方ともお久しぶりですね」

 ふわりと微笑んだ、『白公爵』であるファウラー公爵。先ほどのソフィアの婚姻の話でルアの脳裏によぎった、まさにその男だった。


 

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