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首都の大神官

「ご挨拶が遅れました、カリス・ラタ=フォルセティと申します。ところで案内を立てなかったようですが、何か理由がおありで?」

 歩きながら振り返ったカリスの質問に対し「えっ」と声を上げたのは、隣を歩くソルの方。


「案内人いるのかよ」

「……ああ、失礼、初めてでしたね。普段は神官が3人ほど、持ち回りで入口に控えているのですが──」

 

 そう言いかけたところでふと、カリスの足が止まる。続けて「……ああ」と、まるで何かを思い出したように呟くと、次の瞬間には何事もなかったかのように再度歩き始めた。


「どうやらこちらの不手際だったようです。お許しください」

「?別にいーけど」


 そうして小首を傾げたソルを一瞥し廊下の突き当たりを右に曲がった時、次に視界に入ってきたのは明らかに周囲と雰囲気が違う重厚な扉だった。

 白い空間の中ではより一層目立つ焦茶色の扉は、この先に重要な人物がいるのであろうと察するには十分なもので。


「大神官様、お客様をお連れいたしました」


 扉を軽く3回ノックしたカリスがそう声を掛ければ「通して下さい」と、外からでも分かるほどに澄んだ声が届く。それを受け開かれた扉から、目に飛び込んできた光景。

 

「は……」

 そこに広がっていた空間は、先ほどまでの白い廊下と大きく雰囲気を変えたもの。木の幹の色をした柱や淡いベージュの壁色など、この場所だけがまるで違う建物のようにさえ感じられた。


 そして空気の澄んだ部屋の中、逆光に縁取られながらこちらを見据えるのはまるで彫刻と見紛うほどの美しい男性。廊下で見かけた男性神官やカリスとは違い、神官服の上から纏ったベージュの布やその他の服飾からして高貴な人間だということは一目瞭然だった。

 まるで絹のような白金の長髪に、紫がかった灰色の瞳。廊下で見たユリウス様の像を彷彿とさせるその姿に2人は思わず息を呑む。


 この方が、大神官・ミハエル猊下。


 そして頭を下げようと視線を少し下に落とした際、次に目に入ったのは意外にもこの部屋にいた先客だった。


「あ……」

 こちらと目が合うなり申し訳なさそうな顔をしたのは頭巾のようなウィンプルから茶髪を覗かせた、空色の瞳を持つ女性神官。男性と対になるような濃紺を基調とした神官服に淡い青色の上着を纏い、男性神官と同じ赤の帯を胸の下あたりで締めている。

 テーブルを挟んで対面に設置されたソファーに腰掛けている彼女だったが、よく見れば彼女の前にだけティーカップが置かれている。ここで、茶でも飲んでいたのだろうか。


「男女で色が違うんだな、騎士団と同じ感じだ」

 こそっと耳打ちしたソルの言葉で意識を戻すと、少しばかり顔を覗かせた疑問を喉に押し込める。そうしてなおも大神官に視線を固定していれば、不意に目の前の彼は自身らから視線を外して言葉を紡いだ。


「イライザ、カリス、少し席を外して頂いても?」

「承知いたしました。ほら、行こう」


 そうしてカリスに促され、中身が半分ほど残ったティーカップとソーサーを手に取った女性神官は彼と共に退室していく。その背中を不思議に横目で見送っていれば「さて」と、空気を変える声で前へと視線を戻した。


「陛下の使者の方々ですね、ようこそお越し下さいました。ミハエル・ダン=フォルセティと申します」


 陛下の声が柔らかさの中に力強さを含んだものとするなら、この方の声はどこまでも透き通っている凛としたもの。廊下で会ったあの神官とは大違いな佇まいは、やはり高貴そのもので。

 帝国に3人しか存在しない大神官。やはり『生まれながらの聖職者』は平民とは違うのだと、改めて認識せざるを得なかった。


「皇室騎士団団長ソル、猊下にご挨拶申し上げます」

「同じく副団長ルア、猊下にご挨拶申し上げます」


 そうして頭を下げれば一拍置いて「頭を上げて下さい」と声が落ちる。それにより少しばかり気が抜けたのかふと、左隣のソルが小さく呟いた。


「フォルセティ……兄弟なのか?」

「『フォルセティ』は神殿に在籍することを証明する共通名です。血縁関係がある者は稀ですよ」

「っ!」


 どうやら静寂の中であれば、この距離でも発言の中身まで聞こえてしまうようで。慌てて「失礼いたしました」とソルが勢いよく頭を下げるが、対する大神官は顔色ひとつ変えずに口を開く。


「あまり固くならなくて結構です。私も貴方々(あなたがた)()()ですから」

「……同じ、ですか?」

「ああ、陛下からお聞きになっていないのですね」


 不思議そうな表情を浮かべる2人に対し、大神官は特に詳細を語ることなく笑みを浮かべ続ける。そうして次に耳に届いた「手紙を預かっているそうですね?」との言葉ではたと、ルアは我に返った。

 そのまま2人揃って大神官の元まで進み、懐から黒い封筒を差し出す。それを綺麗な所作で受け取り手元に置いた後、彼は自身らに向かってこう発言した。


「そちらの方は仮面を外して下さって大丈夫ですよ。どうぞ、お掛けになってお待ち下さい」

「……え」


 途端、2人の目が信じられないとばかりに大きく見開かれる。

 通常このような場において、着席を命じられることはまずない。陛下や殿下は偶に座るよう促してくることもあるが、あれは彼ら特有の考え方と言ってもいいだろう。


 まさか、行動を試されているのだろうか?

 もしそうだとするならば、与えられた回答は一つ。


「有難いお言葉ではありますが、(わたくし)どもは──」

「おや、私の言葉がお聞きになれないと仰るのですか?」

「っ!いえ、そういう訳では……」


 言葉を遮ったまさかの返事に面食らったまま立ち尽くす。すると「あまり見られていては読めませんから」と、どこか困ったように紡がれた言葉が耳に届いた。


「……では、失礼いたします」

 そう言われてしまってはこれ以上断ることなど出来るはずもなく。大神官に軽く礼をし、先ほどの女性神官が座っていたソファーの対面に並んで腰を下ろした。そして鼻までを覆う仮面を外せば、今までより一層大きく感じられる世界が目に飛び込んで来る。


 そうして時間がゆっくり流れているような感覚さえ覚える静寂の中、封を開ける僅かな音だけが辺りに響く。その音に無意識下で意識を向けた際、ちょうど封筒から顔を出した手紙が目に入った。


 そこから出てきた紙は──2枚。


「……え」

 思わず声が漏れた口を咄嗟に引き結ぶ。

 手紙というものを実際に目にする機会などほぼなかったため憶測ではあるが、結婚式の司式者依頼文なら紙の1枚で収まるのではないだろうか?それとも単に、文章が長くなってしまっただけか。


「ああ、殿下が御成婚されるのですね」

 おめでとう御座いますとお伝え下さい、と続けた大神官は1枚目の紙に軽く目を通すと、その手紙をすぐ元通りに畳んだ。そうして傍に置かれた紙にペンを走らせ、続けて2枚目の紙に視線を落とす。


「こちらは、おや?」

 そう呟いたところで、逆光が縁取る整った顔が僅かに曇った。その表情から察するにどうやら、司式者依頼文とはまた別物のようで。

 やはり、先ほど覚えた違和感が当たっているのだろうか。


「ルア、入ってるのって殿下のことに関してだけじゃねーのか?」

「……俺も別に、その他の話は聞いていない」

 顔を寄せ、聞こえるか否かの程度で耳打ちしたソルにそう返す。そうしている間にも、居心地の悪いような感情が足元から確実に這い上がってくるばかり。

 

 あの手紙は一体、何が書かれているのだろうか。

 そんな疑問を抱きつつ大神官の表情を見ていれば「……献金額」と、小さく呟いた彼が緩く眉を上げた。


「やはり、あの方の考えることは解りませんね。そういう予想外なところを、私は好んでいるのですけれど」

「っ、え」

「しかし、これほど人目に触れては困る文書も中々ありません。神殿(ここ)まで来る際、かなり手が震えたのでは?」


 それともご存知なかったのでしょうか、と溢された声が、どこか遠くから響く。

 大神官の口ぶりから察するに、1枚目は本当に司式者の依頼文。


 そして2枚目こそ、封筒の色に見合った『本物の機密文書』。


「……うっ」

「おいルア、大丈夫かよ」


 もし、2日前に盗られていたのがこの封筒だったなら。

 手が震えるほどの内容が記されたそれが、外部に漏れていたなら。


 そんな『最悪』を想像してしまい思わず吐き気が込み上げる。そのまま一気に温度を下げた喉元を咄嗟に片手で押さえ呼吸をすれば、込み上げたものがゆっくり下へと下がっていった。


「やはりご存知なかったようですね、陛下もお人が悪い」

 そうして大神官は徐に立ち上がると、部屋の隅に設置された腰丈ほどのテーブルへと足を進める。続けてその上に置かれた蝋燭に火を灯し、何をするでもなくまた席へと戻った。


「もう少々拝読したのち、貴方々に返事を託させて頂きます。文字に残すと厄介ですから、口頭でお願いいたしますね」

「……承知、しました」


 その返答を受けた大神官が再び文字に視線を落とす。先ほどよりは幾分かマシになった思考でそれをぼうっと見つめていればふと、


「貴方々がここまで皇室の馬車を使われたのも、これに関係しての理由なのでしょうね」


 と、そんな柔らかい言葉が耳を掠めた。



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