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神殿訪問

 そうして民衆の好奇の視線を浴び続け辿り着いたのは、本日の目的地である『ティノール神殿』。門前からでも分かるほどに荘厳なその建物は屋根から石畳まで全てが白で統一されており、ここが神聖な場所なのだと改めて実感する。


「帰りは歩きだもんな。まあ来るのも歩くつもりだったけど」

「……何故、馬車を使わせて下さったのだろうな」

「さあ?あんまり遅くなるとダメだからとかじゃねーか?」


 そうして不思議そうな表情を浮かべたソルを一瞥し、湧き上がった疑問に意識を戻す。

 陛下の神殿訪問の護衛として首都の(ティノール)神殿を訪れたことは数回あるが、馬車移動でさえかなりの時間が経過してしまったのだから、徒歩となれば太陽が大きく位置を変えるほどの時間を要することだろう。加えて自身らは常に門前での待機を命じられるため、建物内に入るのは初めてのこと。


「っていうか、大神官サマの部屋は自力で探すのか?」

「神官がいれば声をかけるつもりだ」

 ええー、とぼやくソルの横を素通りし、白い石畳が続く門を潜る。そうして内部へ通ずるであろう扉の前まで辿り着いた時ふと、扉を守るように両端に立った男性の片方に声をかけられた。


「これより先、武器の所持は禁じられております。お預かりしても宜しいでしょうか」


 そうして両手に持った布に剣を置くよう促したこの男性は、騎士のような服装からしておそらく聖騎士(パラディン)と呼ばれる存在だろう。

 如何なる状況においても中立を保つ神殿は武力を持たないが、外部から神殿を守る自警団は存在すると聞く。


「まあ腰が軽くなると思えばいっか。後で返してくれるんだよな?」

「もちろんで御座います」

 ならいいや、と刀帯から剣を抜き取ったソルに倣い、自身の剣を差し出された両手の上に乗せる。すると「どうぞ」と、反対側に立っていた聖騎士が重厚な白い扉を開いた。


 そうして足を踏み入れた瞬間目に飛び込んできた、白で覆われた神聖な空間。思わず「は……」と息を漏らすほどに空気が澄み渡っており、自然光だけが照らす薄暗い空間の荘厳さに背筋が伸びる。

 

 そのままぐるりと辺りを見渡せば、少しばかり先の突き当たりに左右二手に分かれた廊下が確認出来た。そこに至るまでの壁にも扉はあるようだがいずれも閉まっているため、とりあえずは開けた空間で神官を探そうとソルと共に足を進める。

 そして、廊下の突き当たりを右に曲がった時。


「うわ、すげえ……」

「……ああ」


 そこに広がっていたのは弧を描いた高い天井と、吹き抜けた中庭を円柱が囲む静謐な空間。思わず感嘆の声を漏らしたソルに無意識のまま相槌を打ったルアが視線を奥へと移せば、その隻眼が白い服を纏った神官らしき背中を遠くに確認した。そのまま大神官の居室について尋ねようと近付いた2人だったが、どうやら思案に耽っているようで声をかけられる雰囲気ではない。

 ならばと他の神官へ視線を移すが、皆同じくゆったりとした歩調で円柱の廊下を歩いており質問をすることは憚られる。


「声かけれねーな。やっぱ自力か?」

「……とりあえず、開いた扉があれば通ってみるか」


 そうして神官の背中を追うように曲がり角を左に曲がり歩を進めていればふと、次に現れた曲がり角の手前で視界に入ったとあるもの。それは自身らの背丈よりも遥かに高く聳え立つ、一体の彫像だった。


「立派な像だな、ユリウス様か?」

「そのようだな」


 簡素な服を身に纏い、右手を掲げた長髪の男性の像の足元に鮮明に刻まれた『IVLIVS』の文字をなんとか読み取る。彼こそがエトワール帝国の神・ユリウス様。

 聞けば女性だとされる説もあるようだが殆どの国民は男性神だと認識しており、また皇族の始祖とされている神である。


「初めて見たけどやっぱすげーわ……んで、これどっちだよ?」


 威圧感と神々しさを同時に醸し出すなんとも不思議な像の前から真っ直ぐに伸びる廊下と、すぐ右手に見える通路。逡巡の後真っ直ぐの廊下を選択した2人は歩を進め、続けて左に向かう曲がり角を通過した。

 そうして道なりに進んで行き、更に曲がり角を左へ曲がること2回。


「あれ、戻ってきちまったか?」

 気付けば先ほどのユリウス様の彫像が目の前に立っていた。どうやらこの廊下は中庭を囲む巨大な回廊になっているらしく、壁に扉こそ見えてはいたが高貴な人間の居室の顔にしてはあまりにも簡素な造りで。

 ならば彫像の右手に伸びるこの通路こそ、大神官の居室に通じているのではないだろうか?


「こっちだな」


 そうして、通路に向けて足を踏み出した時。

 ふと、前をはっきりとした足取りで歩く神官の背中が目に入った。白地に金のライン、赤い帯が特徴的なその服装は先ほど廊下で多く見かけた装いであり、背格好や髪型などから推察するにおそらく男性。

 その早足とも取れる歩き方からして、どうやら他の神官のように思案中というわけではないらしい。


「なあ、そこの神官サマ。大神官サマの部屋ってのはどこだ?」


 ソルが声をかけた途端ビクッと大袈裟に肩を跳ねさせた男性神官。振り返った彼は頬骨の出た30代ほどの男性だが、こちらの姿を視認するなりその双眸が大きく見開かれた。


「ひっ!っあ、その制服は、皇室騎士団の……」


 ビビりすぎだろ、と小声で呟いたソルに内心同意する。まるで化物を見るようなその目はとても歓迎しているようには見えないが、かと言って怯えられる謂れもない。


「大神官様は、ここを真っ直ぐ行った突き当たりを、み、右に」

 

 こちらと視線を合わせようともせず答えた男性神官だったが、立ち去る気配は見られない。

 正直に言ってこんなに怯えられては気分も良くはないが、一応は素直に答えてくれたことに感謝を示し、彼の横を通り過ぎようとした次の瞬間。


「は、騎士とは名ばかりの()()()()がなんの用だか……」


 耳を掠めたのは、空気に融け入りそうなほど小さな呟き。反射的に横目で神官を見やれば睨まれたとでも思ったのか、ニヤニヤと下卑た笑みがサッと逸らされる。

 先ほどまでの怯えは何処へやら、神殿内では如何なる争いも御法度だという了解を盾にしたその姿に思わず呆れのため息が溢れた。


「はあ、またかよ。どこに行っても扱いは一緒か」

「気にするな、行くぞ」


 神殿に在籍する者の多くは、嫡子ではない貴族の子息や令嬢だと聞く。つい先日絡んできた第二騎士団よろしく、貴族という生き物はどうやら聖職者であっても平民には手厳しいらしい。

 しかし第二騎士団は身内だったのに対し今回の相手は神官。皇室と神殿の問題に発展することだけは、何としてでも避けたいところ。


 そうして両者動きを止めたまま、相手の挙動を窺っていた時。

 不意に男性神官の下卑た笑みが一転、しまったとでも言いたげな焦燥へと変わった。


「ああ、騎士団のお二人ですね、お待ちしておりました。ところで、お前は何をしているんだ?」


「あ、カリス様、その……」


 声がした方を振り向けば、そこにいたのは短い白髪に深い黄緑色の瞳を持つ20代後半ほどの男性神官。

 突っかかってきた方の男性神官の言葉遣いや装いが若干違うところを見るに、おそらく彼よりも立場が上なのだろう。こちらの更に奥、つまり男性神官を見据えた深緑色の双眸が続けてこちらに焦点を移す。


「……初めて来たものですから」

「ああ、これは失礼いたしました」

 どこか疲れたような声色で謝罪をされるが、おそらくこの方も貴族なのだろうという先入観から少しばかり身構えてしまう。そしてそれは、仮面越しでもどうやら分かりやすく外に出ていたようで。


「誤解なきように言っておきますが、この場所に身分の差は存在しません」

 

 そう言い終わった瞬間、その双眸が再び怯えの色を浮かべ続ける神官へと向けられた。まるで叱責するように鋭さを増したそれに対し「ひっ」と、横から情けない声が届く。


「神官たちにはそう言い聞かせているのですが……、俺の言葉は耳に入らないか?」

「あ、違……申し訳、ございません」

「まあいい。職務に戻れ」

 詰めるような声色でそう言い渡された男性神官は素早く身を翻すと、こちらに目もくれずに早足でこの場を去って行った。それをただぼんやりと見やっていれば「ここから先は私が案内します」と、幾分か脱力した声色が耳に届く。


「じゃー、よろしく頼む」

「ええ、こちらです」


 そうして横を通り過ぎて振り返ったカリスの背中を追い、2人は大神官の居室を目指したのだった。



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