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月と太陽

「油断大敵だ、ソル」


 ユリウス暦1451年春、エトワール帝国首都・ティノールに位置する皇宮訓練場にて。


「おあ、っぶねえな!!!何すんだよ!?」

 右目を眼帯で覆う銀髪の青年が太陽を背にして振りかぶったサーベルが風を切る。それを間一髪身を倒して避け、大きな古傷が刻まれた左頬を地につけながら逆光で暗くなった顔を睨む金髪の青年。


「おいルア!!マジのサーベル使う奴がどこにいるんだよ!?」

「ここだな」

「だぁーっ!!」

 

 ソルと呼ばれた青年の、太陽のように眩しい金髪が荒い呼吸で揺れるのに対し、それを見やる月明かりの銀髪は凪いだように落ち着いている。

 そうしてルアと叫ばれた銀髪の青年がなおも睨み続ける緑色の瞳を一瞥して踵を返そうとすれば「おいコラ」と、背中へ投げかけられたソルの言葉で動きを止めた。


「人の飯をジャマする大層な理由があるんだよな?」

 その言葉にルアは振り返ったものの、肩越しに青を宿す左目でソルを見下ろすばかりで返事をする気はないらしい。それに対し不服そうに細められた目が言外に抗議を続ける。


「……相手がお前の飯を待ってくれると思っているのか?」

「戦場じゃねーんだから飯くらい食わせろ!」

「それが油断だろ」

 

 相手に噛み付くように言葉を投げるソルと、それを受け取ったかと思えばすぐさま打ち返すルア。

 そんな本気とも冗談ともつかない2人のやり取りを「ああ、またか」とでも言いたげな温かい目で見守る青年たち。

 これが、『皇室騎士団』の日常だった。


 ーー


「ほんっと、団長と副団長は仲いいよなあ」

「何言ってんだ、俺は毎度副団長(ルア)に殺されかけてんだぞ」

「はは、謀反だ謀反」


 賑わいの中背後で聞こえたそんなやりとり。

 そのまま立ち去ろうと一歩を踏み出したが「おいルア、どこに行くんだよ」と、背中に投げかけられた言葉で足が止まった。そうして先ほどの斬撃で土の裂け目が現れた草の上へと腰を下ろせば、すぐ隣で寝転がったままだったソルが上体を起こす。


「お前なあ、今度俺が同じことしても怒るなよ」

「……お前に人の飯が邪魔できるのか?」


 頬に刻まれた傷や勝ち気な顔立ちが相俟って最初こそ警戒されるソルだが、その中身はどこまでも人情に厚く、それこそ理由なく他人の嫌がることは出来ない男だということをルアは知っている。


「あんまりやりたくねーけど、っておいピール、なにちゃっかり俺のパン食おうとしてんだよ」

「えーだって落ちたやつ食べないでしょ?」

「食うから返せ」

 ソルを挟むようにして自身の反対側に腰を下ろした茶髪の青年が冗談を投げ掛ければ、ソルはパンを取り返そうと手を差し出し言葉を返す。そうして掌に乗ったそれを軽く払うと、そのまま大口を開け豪快にかぶりついた。


「地面に落ちても味は変わんねえし、俺らが食ってたのはもっとゴミみてぇなやつだしな」

 

 親指で口元を拭いながらそう口にすれば確かにな!と、あちこちから笑い声が上がる。その光景に得意げに笑うソルを見つつ、ルアの脳裏に蘇った過去の記憶。



 ──『ああ、運よく生き延びたのだな』


 どこか遠くで蘇ったその声は、血と燻る煙の臭いが辺りを満たすあの場所から引きずり上げてくれた者の声。

 その方が管轄し自身らが属する『皇室騎士団』は、貴族出身者で構成される『帝国騎士団』とは違いそのほとんどが平民で編成された部隊。中でも身寄りの無い孤児の割合が高く、団長のソル、副団長の自身を含め孤児院出身のものが多数見受けられる部隊だった。

 しかし身分による縛りが無いということは、純粋な実力のみで構成された部隊であるとも言える。



「まあ俺もお前も、普通の飯にありつけるようになってもう何年も経つんだもんな」

 はたと意識を戻されそちらを見やれば、先ほどまでとは違った温度を帯びる緑の双眸がこちらへと向けられていた。腐れ縁とも呼べるほどに長い時を共に過ごしてきた相棒の、たまに見せる真剣なもの。


「院の飯とここでは雲泥の差だがな」

「怒られるぞ。あそこの飯も美味かっただろ」

 ふっと力の抜けた雰囲気で笑いを溢しながら答えたソルもまた、孤児院時代のことを思い出しているようで。


「そっか、団長と副団長は同じ孤児院だったんだっけか」


 遠くに座っていた団員の一人がこちらに対し尋ねれば「ピールもだ。あの頃から飯作るのが上手なんだぞ」と、先ほどパンを奪おうとした茶髪の男の背中を叩きながらソルがもごもごと答えた。


「なんだピエトロ、お前も団長たちと同じ孤児院だったのかよ」

「あれ、言ってなかったっけ?」

「聞いてねえよ」


 一気に賑やかさを増した輪の中、先ほど蘇った光景が霞の中に消えていく。

 そうして賑わう団員たちを見やりつつ、ソルがあと2口ばかりのパンを頬張ろうと大きく口を開けた、その時。


「今日も精が出るな」


 不意に背後から降ってきたその声で自身を含めた者たちが弾かれたように立ち上がった。先ほどまでのくつろぎが嘘のように背筋を正し声の主に向き直ると、寸分違わぬタイミングで一斉に頭を下げる。


「皇帝陛下にご挨拶申し上げます」

 

 さあっと、そよぐ風の音が鮮明に耳へと届く。

 まるで時が止まったような空間の中地を見続けていれば「顔を上げてくれ」と、こちらに対し紡がれた言葉で今度は一斉に上体を起こした。


 その視線の先にいるのはこの帝国の君主にして、自ら皇室騎士団の団員を見極め管轄している者。

 ソル、ルアを含めた平民や孤児を騎士団に導いた、まさにその人だった。



 エトワール帝国の現皇帝であるディランは4年前、現在のルアらと大差ない24歳という若さで帝国の君主となった男性。天性の人誑し(ひとたらし)とも呼べるカリスマ性と、皇太子時代は自ら前線に立っていた闘将ぶりが相俟って『聖君』と民衆に慕われている人物である。

 その一本に結われた赤茶色の髪は風に揺れ、海のように澄んだエメラルドグリーンの瞳は訓練の痕跡を見るようにして団員たちに向けられる。


「俺も最近は腕が鈍ったからな、お前たちを頼りにしているよ」

 

 そうして眉を上げた陛下に対し再び一斉に頭を下げれば、陛下の後ろに控えるもう一人の男性が口を開いた。


「しっかり陛下の手足となって下さいね」

 琥珀色の瞳に黒髪の、まるで黒猫のような風貌をした男性が口元に弧を描きながら言葉を紡ぐ。眩しい太陽を反射したモノクルも手伝ってどこか妖し気な雰囲気を醸し出しているのは、アレン公爵家の長男にしてディランの最側近であるルーク。

 そんな彼の言葉に頭を下げ続け意思を示せば「そうだ」と、思い出したように陛下が呟く。


「ソルにルア、後で俺の執務室まで来てくれ」

「「御意」」

 

 不意に投げかけられた名前と命令に反射的に返事をすれば、陛下はそのまま踵を返して皇宮へと戻っていった。その背中がだんだんと小さくなり、ついには見えなくなったところで張り詰めた空気が緩むのを感じていればぽつりと、団員の一人が口を開く。


「っは〜、緊張した。陛下はともかくアレン様怖いんだよな。何考えてるか分かんないっていうか」

「おい馬鹿聞こえるぞ」

 そんなやりとりに言葉こそ挟まなかったものの、ルーク様に対する自身の見解も概ね似たようなもの。おそらく陛下が最も信頼を置いている人物であろうことは間違いないが、いつも余裕な態度と丁寧な口調を崩すことのない彼はやはり底知れない人物と言える。


「俺らなんかしちまったかなー、ま、いいや。行こうぜルア」

「……ああ」

 

 再び地面に転がったパンを平らげながら汗を拭うと「一緒に怒られようなー」と冗談めかしながらソルは笑った。

 そんなどこまでも楽観的な言葉に引っ張られるようにして、先に歩き始めた彼の背中を追う。草を踏み締める音だけが耳を掠める中、2人は段々と姿を大きくする皇宮へと足を進めて行ったのだった。



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