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踏み越えた後


 テンが署内を出たのを、鴇冬は目視で確認した。

それから静かに踵を返し、仕事に取りかかるため自室へ戻る。


「さて……瑜伽君の店の捜索準備でも始めるかな。

 彼のことだ、表向きには何も出てこないだろうけど」


「楓の捜索は……どうするんですか」


麗の問いに、鴇冬は一瞬だけ言葉を選んだ。


「ここではなんだ。場所を変えよう」


麗は子供の手を取り、鴇冬の後に続く。


部屋に入ると、腰掛けを示される。

子供を座らせ、自販機で買った飲み物をそっと脇に置いた。

鴇冬は机の椅子に腰を下ろし、二人は向かい合う。


「さっきの質問だが――

 テンに、楓君の捜索を頼んである」


テンは広範な人脈を持っている。

あくまで“個人的な捜査協力”としてだ、と付け加える。


「でも、それは……」


「分かっている。

 今の状況では、楓君は特異行方不明者に該当しない」


その意味を、麗が理解できないはずもなかった。

言葉を失う麗を見て、鴇冬は柔らかく続ける。


「君にそんな顔をさせるために言ったんじゃない」


穏やかな声とは裏腹に、その表情には僅かな寂しさが滲んでいた。


「警官である以上、規則に従わねばならない。

 だからこそ、こういう形でしか力を貸せないのは……難儀だね」


誰かを助けたくて警官になった。

だが肩書きが増えても、出来ることはそう変わらない。


麗は自分の浅はかさを痛感し、頭を下げた。


「私……何も分かってなくて……」


「いや。麗君の考え方は間違っていない。

 むしろ、そうあるべきだ」


そう言って、鴇冬は一本のボイスレコーダーを机に置いた。


子供に聞こえないよう音量を下げ、耳元で確認する。

その内容に、麗は息を呑んだ。


「それが、楓君からの荷物の正体だ。

 確認に手間取って、少し遅れてしまった」


「……それだけじゃないんですね」


「ああ。動画も撮っていたらしい。

 ただ、それは同封されていなかった」


これだけでも家宅捜索は可能だが、検挙には足りない。

そう結論づけ、鴇冬は二つ折りの紙を差し出す。


麗ではなく、子供の方を見ながら言った。


――動画は、“愛する者”の側にある。


紙を開き、その言葉を目にした麗は思考を巡らせる。


玩具で遊ぶ子供の様子を見る限り、

持っているようには見えない。


「……私の予想は、外れたかな」


(もし……予想が正しければ)


場面は切り替わる。


「さて……これ、どうしようかな」


テンは、USBメモリーを宙に放り、無造作に受け止めていた。


――――――――――


一方その頃。


エントランスの防犯を解除し、扉の中へ入る。

エレベーターを降り、鍵を開けて部屋に入る。


「帰ってきたんだ。戻らないと思ってた」


腰掛けに座る人物の声。


「お前……俺の前に、よく顔を出せたな」


「怒る相手、違うと思うけど」


「なぜ、事を起こす前に言わなかった」


詰め寄ると、言葉の途中で抱きしめられた。


「……あの悲劇を、忘れたのか」


「……ごめんなさい」


短い謝罪が、静かに落ちる。


――――――――――


警察署を出た麗は、子供の手を引き階段を下りていた。


「姉さん! お勤めご苦労さまです」


派手な服装の男――燎が声をかける。


「また何かやったの?」


呆れた視線に、燎は軽く肩をすくめる。


「そんなに怒らないでくださいよ」


子供が不安そうに手を強く握る。

麗はすぐに気づき、微笑んだ。


「大丈夫。ありがとう」


その笑顔に、燎は不満げに言う。


「俺にも、その笑顔、少しでいいから向けてくれません?」


「私がするわけないでしょ」


「じゃあ、それ相応のことをしてみせなさい」


燎は胸を張った。


「現時刻をもって、警護の任に就きます」


「冗談も休み休み言いなさい」


「疾風さんの命令です」


電話を繋ぎ、疾風の声が聞こえる。


「……絶対に嫌です」


「麗さん、テンを盾にするでしょ。だから燎を付けたんです」


「……分かったわ」


携帯を投げ返し、麗は歩き出す。


子供の手を引きながら。


 ────────────────


踏み越えた。

もう、戻る場所はない。


それぞれが、それぞれの“後”に立っていた。



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