触れない真実
掃除から戻り、眠りから覚めたテン。
時計を見ると、すでに十八時を回っていた。
「飯でも作るか」
そう呟き、冷蔵庫を開ける。
手際よく料理を進め、淡々と作り終えたところで――テンは手を止めた。
「……あれ」
何かが、引っかかる。
「あいつ……何も言ってなかったよな」
そう思い、携帯を手に取った。
「もしもし、爺さん。元気にしてるか」
『なんじゃ……テン。わしが恋しくなったか』
「その様子だと、まだ元気そうで何よりだ。あいつも安心だろ」
『こんな時間に連絡してくるとは、どうしたんじゃ。何か用事でもあるのか』
『孫娘のスリーサイズだったら教えんぞ』
「興味ないわ。てか、スリーサイズなら、聞かなくても……見れば分かるから」
テンは話を切り替える。
「それよりさ。店の外、ショーケースの前に――
黒髪ロングでスーツ姿の女性、いないか?」
『あぁ。その女性なら、先ほどからおるぞ。
何度も悩みながら立ち去っては、戻ってきとる』
『お前さんの知り合いか?』
(やっぱり、爺さんの所にいたか)
「悪いな、爺さん。
あの人、人見知りなんだ」
「店が立派すぎて、入りづらいんだと思う」
『テンよ……それは、あんまりじゃないか』
「設計者が良いから仕方ない。今度、新作披露するからさ」
「今日のところは、俺の顔に免じて頼む」
しばしの沈黙。
『……で、わしは何をすればいいんじゃ』
「店に招き入れて、ケーキを何個か試食させてやってくれ」
「きっかけさえあれば、気に入ったのを買うと思う」
『なるほどの』
テンは少し間を置き、続けた。
「それと……舞の試作品、混ぜてくれないか」
『わざわざ、あやつの気を逆撫でするのか』
「今は大事な時期だろ。でも、無駄にはならない」
「約束する」
『……分かった。
その代わり、舞は立ち会わせる』
「構わない。ただ――俺の関係者だとは言うな」
「どれが試作品かも、伏せてくれ」
電話を切った後、テンは小さく息を吐いた。
「たく……年寄りを何だと思ってるんだか」
*
観るからに洒落た外観の建物。
ショーケースには、色とりどりのケーキが並んでいる。
「テン……毎回、ここのケーキ買って来てたんだ」
有名店だと知り、女性は息を呑む。
「私、この格好で入っていいのかな」
一度、踵を返しかけた。
「お姉さん。店に寄って行かないのかい」
声をかけてきたのは、柔らかな笑みの老人だった。
「ここは、来たい人が来たい時に来る場所じゃ」
「服装なんて、気にするだけ損じゃよ」
促されるまま、女性は店内へ足を踏み入れる。
内装もまた見事で、
そこにいる人々は皆、穏やかな表情を浮かべていた。
「気に入ってもらえたかな」
「はい……とても」
案内された先は、立ち入り禁止の札の奥。
個室のような空間だった。
「爺ちゃん。ノックしたからって、
許可無しに入らないでって言ってるよね」
机に向かったまま、舞が言う。
「……今、集中してるんだけど」
ケーキの試食が始まる。
すべてを食べ終えた後、女性は首を傾げた。
「上手く言えないんですけど……
これだけ、作ってる人の気持ちが
少し違う気がするんです」
空気が張り詰める。
「……やっぱり、あいつの差金ね」
舞は顔を歪め、言い放った。
しかし老人は静かに事実だけを告げる。
「この店の多くは、別の人物が作ったケーキじゃ」
「舞のは……試作品じゃよ」
女性は微笑んだ。
「でも、舞さんなら大丈夫です」
「きっと、誰にも負けないケーキを作れます」
*
帰り際、女性はケーキを受け取る。
「Polaris……素敵な名前ですね」
『北極星のように、道しるべになるように』
そう聞き、女性は小さく笑った。
「ちなみに……私が知ってる人とは、
違う人で良かったです」
「私の知ってる人は、とんでもないクズなので」
その背中を見送りながら、舞が呟く。
「……あの人、テンの同居人なんだ」




