干渉
車が走り出す。
反対側に乗り込んだ秘書が、探るように言った。
「乗車前に、SPと何を話していたんですか」
大統領は窓の外を見たまま、軽く肩を揺らす。
「簡単に言えば――“異文化交流”の準備を少し」
「その程度なら、私に言ってください。今後はご自身で動かないでいただきたいです」
「善処しよう」
素直すぎる返事に、秘書の眉がわずかに動く。
「他国に来ていても、あなたは国の頭です。流言が立てば信用に関わります」
「信用できないなら、他の誰かにやらせればいい」
大統領は淡々と言い、窓の外へ視線を戻す。
「噂に振り回されて、何が守れる。……私たちが望む世は、いつ来るんだろうね」
秘書は答えず、車内の空気だけが重くなる。
しばらくして、大統領がふと思い出したように振り向いた。
「とはいえ、裏で悪さをする奴もいる。火のないところに――とは言うしね」
秘書は一拍だけ遅れて頷く。
「ですから私は、あなたが“そちら側”に行かないことを願っています。これ以上の面倒は御免です」
大統領は、笑みのまま言った。
「それは難しい。もう――片足、突っ込んでしまったから」
秘書の表情が固まる。追いつこうとして、言葉が出ない。
車が止まった。
「大統領。目的地です。降車の準備を」
SPの声が割り込む。秘書は短く「承知しました」とだけ言い、先にドアへ手をかけた。
降り際、振り返りもせずに言う。
「……しっかりお願いしますよ」
大統領はその一言に、少しだけ息を抜いた。
ドアが開き、ホテルの従業員が頭を下げる。
だが、秘書とSPの数人が慌ただしく動いているのが目に入った。
大統領が近づこうとすると、側役のSPが手で制した。
「こちらは――」
「何かあったのかね」
押し切るように問うと、秘書は側役のSPに視線を投げた。無言の圧だった。
別のSPが、大統領の耳元へ短く報告する。
それを聞いた大統領は、表情を変えずに指示を出した。
「……いつも通りにしたまえ。問題ない」
数名のSPを連れ、フロントへ向かう。
フロントが見える位置で、ひとりの男が会釈した。支配人らしい。
大統領は確認する。
「話の通りだな。……“私が一人で来て”、チェックインした」
支配人が喉を鳴らし、頷く。
「同じお姿でした。間違いありません」
大統領は考える。短く、もう一つだけ訊ねた。
「その人物は――これに似たものを身につけていなかったか」
胸元の品を見せる。
支配人は顔色を変え、何も言わずに封の切れていない小包だけを置き、一瞬だけ視線を動かした。
「……確認は済んでおります」
大統領が封を裂く。
中身を確かめ、音声を再生した瞬間、空気が止まる。
――次に笑ったのは、大統領だけだった。
「笑い事ではありません。行きますよ」
支配人からマスターキーを受け取り、秘書が先頭を切った。
エレベーター前で待機していたSPが扉を押さえる。
乗り込もうとするSPに、大統領が耳打ちする。
三名が乗り込む。
扉が閉まり、上昇の気配だけが箱内に残った。
エレベーターの中。
「今度は、何を頼んだのですか」
「君が気にすることじゃない。念のための手配だ」
秘書は不満を隠さない。
「私が、彼以外に遅れを取るとでも」
「今でも勝てる気がしないのか」
言われて、秘書は黙る。
大統領は外の景色へ目を向けたまま、淡々と続けた。
「君に朗報がある。彼でも勝てない人物が、この国にはいる」
秘書が反論しかける。
「そして、その人物に君は――もう会ってる。……覚えてないかな」
「――」
大統領は言い切らず、先に降りた。
「さっさっと部屋に行こうか」
廊下に出る。
大統領が先、秘書が続く。三名のSPは、間合いを保って背後についた。
部屋の前で秘書がマスターキーを差し込み、扉を開ける。
大統領が先に入ろうとするのを、秘書が肩で止めた。
「私が先です」
部屋に入り、数歩。
SP同士で一度だけ目が合う。
それだけで、二名が別の動きに移った。
背後に残る気配は一人だけになる。
中へ入ると、広間には誰もいない。
両側に扉があり、その片方だけが半開きだった。
秘書が気づくより早く、大統領が扉に手をかけた。
開く。
長いテーブル。椅子が並ぶ会合用の部屋。
その一角に――男が座っていた。
「やっと来たか。さっさっと座りたまえ」
声も姿も、瓜二つ。
秘書は内心で肝が冷える。だが顔には出さない。
大統領は躊躇なく、もう一人の自分と向かい合う席に座った。
遅れて入ったSPが、動こうとした。
「必要ない」
ほとんど同時に、もう一人が言った。
「合流して。――下へ」
秘書が、視線だけで“従え”と示す。
SPは一拍だけ止まり、それから踵を返した。
しばらくの沈黙。
一緒に来た大統領が、秘書に言う。
「飲み物を淹れてきてくれないか」
「承知しました」
秘書が席を外し、盆に二つのカップを乗せて戻る。
ちょうど話が切れたのか、二人が同時に言った。
「ありがとう」
秘書は何も返さず、カップを置く。
少し距離を取って立つと、二人の視線が同時に秘書へ向いた。
「……変なものは入れてません」
二人は黙ってカップに手を伸ばす。
その瞬間、チャイムが鳴り響いた。
秘書が動こうとすると、片方の大統領が立ち上がる。
「私が行こう」
部屋を出ていく背中を見送りながら、残った“もう一人”が秘書へ視線を向けた。
「さて」
声が落ちる。
「君に、アレが何者なのか分かるかな」
そして、試すように続ける。
「――君といる私が、“本物”かどうかもね」




