欠けた言葉
二階。
「これかな。はい……どうぞ、凛ちゃん」
差し出されたケーキを、凛は黙々と食べた。
「ねぇ……凛ちゃん。どうしてテンと一緒にいるの?」
「うーん。ううん……」
(えっと、それは……)
食べながらだと、上手く話せない。
テンがいないのをいいことに、凛のことが気になる従業員たちが群がり、餌付けや質問責めのようになっていた。
それを見かねた爺さんが口を開く。
「そろそろ休憩も終わる頃じゃろう」
「早く戻らないと、他の人に迷惑をかけるじゃろう」
爺さんの言葉に、従業員たちが時間を確認する。
「まずい、戻らないと。凛ちゃん、またね」
そう言って、従業員たちは去っていった。
「すまないのう。ウチの子たちが……」
「大丈夫。沢山の人が来て驚いたけど、みんな優しい人でよかった」
凛の言葉に、爺さんがほっと息をつく。
「追加で何か持ってくるかね……凛さんや」
さっきまで山ほどあったケーキも、もう片手ほどしか残っていない。
「大丈夫。そろそろテンが作って持ってくると思うし」
凛がそう言うと、爺さんが少しだけ声の調子を変えた。
「それならいいんじゃが……少し、質問をさせてくれるかのう」
凛は飲み物を口にしてから、こくりと頷く。
「では、お主……──凛さん、じゃろう」
言葉と同時に、爺さんらしからぬ“眼光”が凛を捉えた。
「……なんで、名前を知ってるの」
爺さんは一拍だけ置いて、言葉を落とす。
「──────を知ってるじゃろう」
「……お姉ちゃん……」
驚いたように凛が口を開く。
「やはりな。道理で、話に聞いた通りの女性だから、まさかとは思ったが……」
爺さんはため息をつき、最初と同じように肩を落とした。
「お姉ちゃんは……ここに来たことがあるの?」
「あぁ。よく一緒に来ておったよ」
「しかし残念じゃな……旅立ってしまうとは」
「旅立つって……どこに」
「私、お姉ちゃんを探して……」
言い終える前に、空気が変わる。
「そっか。凛は、お姉さんを探してるのか」
その声と同時に、両手に皿を持ったテンが現れる。
「それなら、俺が凛の姉さんを探してやろうか」
そう言って皿を二人の前に置くテン。しかし凛は、持ってきた食べ物に夢中で、話を聞いていない。
「凛……。そんな勢いで食べて、無くなったら後で後悔するぞ」
凛は頷くが、聞いている様子がない。
「お前さんにしては、随分とシンプルじゃのう」
凛の態度とは裏腹に、爺さんは物足りなさそうだ。
テンが持ってきたのは、フランスパンに切れ目を入れて、果肉入りのジャムを挟んだだけのものだった。
「で、今回の出来はどうなのさ……爺さん」
凛の横に座り、テンが意見を訊ねる。
「美味しいが……フォークとナイフまで持ってきたのには、理由があるんじゃろう」
「流石、鋭いね! そのまま食べてもいいけど、ケーキ屋っぽい形にしようと思ってね」
テンは笑いながら席を立ち、一階へ戻っていった。
──そして五分もしないうちに、今度はガラスの器を両手に持って戻ってくる。
「はい、これ。適当にナイフで切って、持ってきた物を乗せてお食べください」
二人に差し出すと、テンは再び凛の横に座った。
爺さんの反応を待つテンだったが、その服をぐい、と引かれる。凛が見上げていた。
「テン……。私、全部食べちゃった……」
涙を堪えるような声。
「だ・か・ら……食べる前に言ったのに。人の話を聞かないからそうなるんだぞ」
慰めるどころか、説教だった。
「しょうがない……。爺さん、手をつけてない端の方、少しくれる?」
半分しか食べていなかった爺さんに、テンが交渉する。
分けてもらったパンの端にジャムを乗せ、持ってきたバニラアイスをその上にのせる。
「口、開けて」
凛の口に放り込む。
「美味しい……。テン、私……もっと……」
潤んだ瞳で訴えかける凛。
「なら、ワシの残りで良ければ食べるか……」
見かねた爺さんが譲ろうとするが、テンは首を振った。
「爺さん。気持ちは嬉しいけど、それは爺さんが食べてくれ」
「口に合わないなら話は別だけど」
そう言ってテンが“視線”を向けると、爺さんはそれ以上なにも言わず、申し訳なさそうに黙々と食べ始めた。
凛は物足りなさそうに指を咥えて見ている。
「凛。そんなに食べたいなら、食べられる可能性がある場所に連れて行ってやる」
テンが持ちかける。
「ただし、自分でお願いができるか?」
凛は不安そうな顔をしたが、頷いた。
テンは爺さんに作業場の出入りの許可をもらい、凛にガラスの器を持ってくるよう言う。二人は爺さんを一人残し、下へ降りていった。
一階。作業場の中を通っていると、テンと凛の姿に気づいた従業員が、次々と手を振ってくる。
「いない間に、随分よくしてもらったみたいだね」
「うん……。みんな、よくしてくれた」
凛は照れくさそうにしていた。
テンはその頭に手を置く。
「そんなに大事そうに抱えてたら、溶けるぞ」
凛は器を胸元に寄せ、今にも溶けてしまいそうな勢いで抱え込んでいた。
テンの言葉で凛が持ち方を変えると、テンが器を受け取り、近くの業務用冷蔵庫にしまった。
「ここに入れておく。話ができたら忘れず持ってついて行け」
凛は頷く。
そのあと少し移動したところで、二人は立ち止まり、改めて会話を始めた。
─────
厨房。
「舞先輩! アレ……見てくださいよ」
作業の手を止めず、従業員が舞に声を潜めた。
「どうしたの? 作業に何か問題でも……」
「そうじゃなくて……あそこ」
従業員の視線を追うと、FIX窓の前にテンがいた。
そして、その傍に――さっき“盗撮”で見せられた子がいる。
凛と言われていた女の子。
「あんなの見てないでいいから。手を動かして作業してもらえる?」
舞の声は冷たかった。従業員は「はい」とだけ返し、手元に戻る――が、口が勝手に動く。
「二人、こっち見てますよ」
「あっ……テンが凛ちゃん置いて、いなくなったみたい。可哀想……」
その一言に、舞は従業員へ“冷たい視線”を向けた。
従業員は、慌てて黙る。
その時、舞は“見られている”のを感じた。
顔を上げると、凛がFIX窓の縁に手をかけ、目から下を隠してこちらを見ていた。
目が合う。
「……私、少し席を外すわ。後はお願い」
舞はそれだけ言って、厨房から出て行った。




