線の内側
階段を降り、1階につくと監視室に入るテン。
監視室は、基本的に爺さんしか立ち入らない。
その為……監視室を更衣室にしていた。
そして、いつも通り監視室で着替えを済ませると、消毒などを済ませて厨房へ向かった。
厨房の扉を開けようとした、その時。
扉の方に歩いてくる人影が見えた。
テンは先に扉を開いて中に入ろうとするが――目の前にいた相手と、ぶつかりそうになる。
「ゴメン。大丈夫? 怪我はない?」
そう心配するテンに対して――
「平気よ。どこも怪我はしてないわ」
「それより、あんたも……平気そうね」
そう答える人物は……舞だった。
「なんだ、舞かよ」
「珍しいな。この時間に休憩なんて」
「そうね。思いの外……順調でね」
舞は淡々と告げる。
「あんたが使う物は、奥に置いてあるから」
「そのまま、あの台使って作業して構わないわ」
「他に必要な事あれば近くの人に聞いて」
言葉と共に、指で指し示す舞。
「解った。ありがとう」
テンは礼を言い、教えられた場所へ向かった。
舞は伝えた手前、テンの動きを一度だけ確認し――問題ないと判断すると、厨房を後にする。
テンは一通り置いてある物を確認すると、生地を捏ね始めた。
手際よく作業を進めていく。
舞は作業場を通り、お店で使用しているドリンクディスペンサーの前へ行く。
飲み物を選び、注ぐ。
「また、そんなことして……バレたら怒られますよ」
声をかけてきた従業員に、舞は表情を変えず返した。
「なら、バレない様にお願いね」
「そう言われても……きっとバレますよ」
「今日は、あの子が休みで助かりましたね」
「……静かすぎて、逆に落ち着かないです」
舞は軽く息をつき、カップを持ったまま裏へ戻る。
裏に戻ると、作業場から厨房の中が見える位置で足を止めた。
厨房の中の様子を伺う。
順調に作業する従業員の傍らで、楽しそうに作業するテン。
「作業してる姿は魅力的なのに」
「普段の姿が……心残りよね」
心の声を漏らした――つもりはなかった。
舞が気配に気づいて振り返ると、近くの従業員が口に手を当てて笑っていた。
「なにか面白い事でもあった?」
舞の問いに、従業員は首を振る。
「いいえ……なにも」
「それより、コレを見てくださいよ」
従業員は携帯を取り出し、1枚の画像を見せる。
「この女の子は……」
見たことがあるようで、舞はすぐには思い出せない。
「この子……テンが連れてきた女性ですよ」
「可愛いですよね。お人形さんみたいで」
その言葉で、舞は思い出した。
「その画像……盗撮よね?」
「ちゃんと消しておきなさい」
舞は笑みを浮かべたまま、言葉だけを落とす。
「……でないと分かるわね」
従業員は言い返せず、舞の目の前で画像を削除していく。
1枚だけではなく、数枚。
「これで、画像の件と携帯の使用は秘密にしておくから」
「仕事に戻りなさい」
反論出来ない従業員は、渋々……頷いた。
それでも、消し終えた手をまだ引っ込めきれないまま、小さく尋ねる。
「本当に、アレを……販売するんですか」
舞は淡々と答える。
「そうね。お爺ちゃんが決めた事だから」
「でも、あれは……ケーキではないんですよ」
苛立ちを隠せない声。
舞は少しだけ目を細めた。
「ありがと。そんな風に思ってくれて」
「でも、次がいつになるか分からない商品だから」
「別に気にする必要はないわ」
従業員は何か言いかけ、結局何も言わずに持ち場へ戻っていった。
舞は厨房へ視線を戻す。
テンが、使用中のオーブンを見渡しながら従業員に声をかけていた。
「そろそろ焼きたいんだけど」
「次に空くオーブンはコレかな」
従業員が確認しようとしたところで、舞が口を開く。
「そうね。あんたの言う通り」
「そのオーブンが空いたら使っていいわよ」
舞の登場に、従業員達は頭を下げ始める。
舞は従業員達の傍に寄り、進捗の確認を済ませる。
そして、従業員達を休憩に行かせた。
従業員達が居なくなった厨房では――
テンと舞の2人だけになるのだった。




