采配
農園を満喫し、新幹線に乗って獅子の町へ戻ってきた二人。
時刻は十九時を過ぎていた。
テンは凛を連れてタクシーに乗り、数十分後――屋敷の門前で降りる。料金を払い、夜風の中に立った瞬間だった。
「テン! 麗ちゃんたちを見なかったか!」
看守の声が飛ぶ。テンは手にしていた袋を差し出した。
「丁度よかった。これ、お土産」
「……あぁ、ありがとう。で、麗ちゃんたちは?」
看守は焦りを隠せない。
「見てないけど……帰ってきてないの?」
「夕方、買い物に出たきり戻らない。二時間以上だ。拐われた可能性が高い」
「姉さんは? 一緒じゃないの」
「唯ちゃんなら、家にいると思ったんだが……麗ちゃんと苳崋くん、二人で出て行った」
看守は落ち込み、目を伏せた。
テンは短く息を吐く。
「そっか。あとは俺がなんとかする。もう仕事終わりだろ? 屋敷に戻って、俺が帰ってきたって伝えたら今日は帰れ」
「二人には明日、顔出すように言っておく」
看守は頷き、看守室へ戻ると電話をかけ始めた。
それを確認して、テンと凛は屋敷へ向かう。
道中、凛は黙って歩いていた。テンは彼女の頭に手を置く。
「……ごめんな。全然、話見えないよな」
凛は何も言わず、ただ頷く。
やがて大きな屋敷が見えてきた。テンは扉を開ける。
中は慌ただしかった。執事やメイドたちが行き来し、空気が張り詰めている。
「ただいま。お土産買ってきたよ」
場違いな一言が、屋敷に落ちた。
動いていた全員の足が止まり、視線が一斉にテンへ向く。
執事の一人――爺やが近づき、深く頭を下げた。
「お帰りなさいませ。お土産、頂戴いたします」
テンは袋を渡し、顔だけで促す。
「今の状況は」
「現状、外出から二時間以上。拐われたと見て間違いないかと」
「手掛かりは?」
「周辺を調べましたが、玩具と買い物袋が路地に落ちていたのみです。鴇冬様へは念のため連絡しております」
テンは頷き、ふと思い出したように聞く。
「燎、見なかったか」
「その者も、行方が分からなくなっております」
爺やの視線が、凛に移る。
「……それと。隣の女性は」
テンは一拍遅れて気づく。
「この子は……凛。今日からここで働かせることにした」
凛は小さく会釈した。
「皆さん、よろしくね」
凛を前に出され、凛自身も、爺やも、一瞬固まった。
テンはその間に次を畳みかける。
「姉さんは?」
「来る途中、家に明かりついてなかった。戻ってきてると思ったけど」
爺やは頭を抱えるように息を吐いた。
「……それが。自分が助けに行くと言って聞かず――」
その声を遮るように、奥から駆けてくる足音。
「退けて!」
唯だった。目が赤い。
メイドが止めようとしても振り切り、入口へ向かっていた。
「私が、麗ちゃんたちを助けに行くの。これは私が任された役目なんだから……!」
唯は入口付近でテンを見つけ、勢いを落として近づく。
「ごめんなさい……テン。これから、私が連れ戻してくるから」
テンは唯の頭に手を置いた。凛にしたのと同じように。
「姉さん。もういい。ありがとう。……あと、俺に任せて」
優しさに触れた唯は泣きそうになるのを堪えながら、声を震わせた。
「ねぇ……テン。この女性は……どなたかしら」
唯の視線は凛に刺さっている。テンが言葉を選びかけた、その時。
爺やが、綺麗に割って入った。
「本日よりお勤めの凛さんでございます。教育係は唯さんにお願いする予定です」
テンは唯に見えない角度で爺やに親指を立てる。
爺やは何故か誇らしげに胸を張った。
「そういうことだから、姉さん。よろしく」
唯は歯を食いしばるように息を吸い――それでも、今は引いた。
「分かったわ。教育係、やってあげる。……だから、今は麗ちゃんたちを救出に行かせて」
テンは一つだけ提案する。
「姉さんが、そんなに行きたいなら――今から言うことが出来たら、一緒に行くのを認める」
「出来なかったら大人しく凛の教育係な」
「無理難題じゃなければ構わないわ」
テンは凛に視線を落とし、淡々と言う。
「今から、凛を身動き取れないように拘束して」
「見届け人は、俺と爺や。凛にも同じ条件でやってもらう」
凛は首を傾げる。
「私は構わないけど……やる意味あるの?」
「そう言ってるけど、どうする姉さん」
唯の瞳に火が入る。
「余裕そうね。……思い知らせてあげる」
爺やが前に出る。
「では、異論なしということで開始いたします」
一定の距離を取る。
爺やがコインを放った。
――床に落ちる音。
決着は、早かった。
「……なんで、こんなの……速すぎる」
膝を折り、拘束されていたのは唯だった。
テンはキャリーバッグを引き、踵を返す。
「これで姉さんは教育係な」
「凛。理不尽はないと思うから、言うことはちゃんと聞け」
「あと、爺やは強い。歯向かうのはやめとけ」
唯は悔しさを呑み込み、声を絞る。
「テン……ちゃんと帰って来てね」
テンは立ち止まらずに言う。
「もちろん。ちゃんと帰ってくる。大丈夫だよ、姉さん」
テンは凛に向き直る。
「凛。今からここが新しい家だ」
「最初は不便かもしれないけど、慣れれば今までより快適になると思う」
「俺は途中の一軒家に住んでる。何かあれば来い」
「……ただし、逃げ場所にはするなよ」
凛は頷き、小さく手を振った。
テンも手を上げ、屋敷を後にする。
――その後、テンは自分の家へ戻り、部屋にキャリーバッグを置いた。
出ようとしたタイミングで携帯が鳴る。
着信表示は「燎」だった。
テンは短く息を吐いてから出る。
「……お前じゃなくて。あいつはどうした」
『今どこにいる』
「家にいる」
『今すぐ来い。場所は――分かるな』
「……ああ」
『分かるなら、こちらへ』
『急いでください』
通話が切れた。
テンは間を置かず、別の番号へかける。
「今、平気か。頼みたいことがある」
『今、少し都合が悪い』
「なら抜け出す好機じゃん。……お前の協力が必要なんだ。頼む」
テンは声を落とす。
「さっき言った場所、そっちで周り張ってたりする?」
『……してる』
「派手にやった場合、どのくらい猶予ありそう?」
『二十分くらいだろ』
「なるほど。……分かった、ありがとう」
『バレそうだから切る』
「おい、絶対来いよ。待ってるからな」
通話が切れた。
テンは携帯をしまい、玄関へ向かう。靴を履いて扉を閉め、夜に踏み出す。
「……まあ、最悪。見つかったら全員、斃せばいいか」
物騒な独り言は、妙に落ち着いていた。




