天秤
テンがうつ向く事…数秒。
「……“絶望”で顔が上げられないか。さっきまでの威勢が嘘みたいだな」
「この女は俺が可愛がってやるから安心しなよ…お兄ちゃん」
勝ちを確信し、男は強い言葉を使う。
すると、顔を上げたテンは――
「俺は…お前の言う“絶望”した顔をしているか。解らないなら教えてくれよ」
そう話すテンに対して、凛が答える。
「ここにいる誰よりも悪い顔してるよ」
テンは片手を顔に当てたまま、顔を上げるなり不敵な笑みをしていた。
「暴露する気も失せたから全員…斃すか」
テンが一歩近づくと、子分達は呼応する様に後ずさる。
「ちょっと、それは…行き過ぎじゃないか」
凛を人質に取る男が宥めようとする。
「俺達は迷惑をかけてはいたが、誰も傷つけてはいないんだから」
テンは淡々と返す。
「それも一理あるが…だからと言って、お前らが居なくなって困る奴もいないだろう」
「例えいたとしても、俺が上手く言っておいてやるから安心しろ」
もう一歩近づくと、子分の数名が更に距離を取る。
その時――
「お前、こんな奴らを斃して…失いたいのか」
どこからか声が聞こえてくる。男は狼狽え、必死に否定する。
「いる訳がない。ここには、俺達しか――」
凛は声の方へ手を振る。
テンが言う。
「そう言えば…特別ゲストが居たんだっけ」
「確認出来てますか…瑜伽さん」
男達の動揺が隠しきれない。
「邪魔をするとは…どういうつもりだ」
先程の圧に加え、殺意に満ちた声で話すテン。
そう言いながら、男達の方に向けて携帯を翳す。
「俺の忠告を無視して、命を無駄にする気か」
「忠告の意味が分かったら、早く戻ってこい」
電話が切れる。
テンは続ける。
「お前達の頭は、全て聞いてました」
「そして、さっきの言質とお前達の命は――天秤にかける価値があるのかな」
「さあ…。答えて見ろ……ボス猿」
沈黙だけが流れる。
痺れを来したテンは、踵を返す。
「もう、興醒めだ。大人しく…頭の元に帰るがいい」
「見逃してやるよ」
その態度が遺憾でならない男は、思わず腕に力を入れる。
「ねえ。首が絞まってる! 痛い」
凛に言われ、男は自分の状態を理解する。
「おい! お前。この女がどうなってもいいのか」
強気に話しかけてくる男に、テンはため息をつく。
振り向く際、再び圧で瞬きをすると――
「お前、余程…斃されたいみたいだな」
テンは凛を人質に取る男の側に立ち、男の首の大動脈に爪を立てていた。
「済まなかった。女は返すから許してくれ」
命乞いをする男に、テンは言う。
「解放する必要はない」
そして凛へ。
「凛。先に、農園に行くから戻ってこい」
そう話すと足早に去って行く。
――
やり取りを終始見ていた男。
そこに、
「兄貴の言葉通り戻ってきました」
そう話し掛ける男に対して、
「ご苦労だった」
と声をかけるが、見向きもしない。
不服な男は缶コーヒーを投げつける。
しかし、飛んでくる場所が解っていたのか、先ほどと変わらず見向きもせずキャッチする。
「ありがとう…テン。助かった」
その言葉にすら何も答えず、不満そうなテンに対し、瑜伽が話す。
「お前…本気で斃すつもりだったな」
そう話し、アウトドアチェアを広げ誘導する。
誘導されたテンは、黙って渋々座る。
「まあ、あいつらが怖いもの知らずなのは分かっていたが…力量すら解らないとは…」
テンは質問する。
「なあ。楓では、何処に行ったんだよ」
「一緒…なんだろう」
瑜伽は当たり前の様に答える。
「あぁ…。一緒だな」
「今は一緒にいないけど、その内…戻ってくるだろう」
「確か…行き先を言ってた気がしたけど忘れた」
テンは呆れて頭を抱える。
「本当に、偉そうに指示してた奴の台詞かよ」
瑜伽は見抜いたように言う。
「本当は…こう聞きたかったんだろう。“凛”を…“何処”で…見付けたのか?って」
見抜かれ無言になるテンに、瑜伽が話す。
「確かに、凛の事は見つけたが、正直…よく解らない」
「何故なら、凛は…あの園で寝ていた」
疑問が湧き、テンが詰め寄る。
「あの園って…そんな訳。あの園は、お前を含めて“限られた人”しか知らないんだぞ」
瑜伽は冷静に返す。
「ちなみに、俺は…連れて行ってないからな」
その言葉を聞き、椅子に座るテンは黙り込む。
瑜伽は肩を叩く。
「まあ、今後は…お前に全て任せたから、気になるなら本人に聞いてみろ」
――
「結局、テンに見つかっちゃうのね」
そう話し、楓が姿を現す。
「町を出ても見つかるなら国外に逃げる以外、逃げ切る事は出来なそうね」
話してる楓ではなく瑜伽の方を見るテン。
「あんた…私が話してるのに、なんで、そっちの方を向く訳」
瑜伽は無言でテンを見て、楓の方に首を勢い良く振る。
テンが言う。
「お前…何を呑気に言ってんだ」
「子供を残して、二人で旅行かよ」
楓は深々と頭を下げる。
「今回の件は、申し訳ないと思ってるわ」
「実家の件も…世話になりぱなしで。本当に、ゴメンなさい」
テンは言う。
「今回の件と実家の事が片付けたら、子供の事を今以上に大事にしてやれよ」
瑜伽が締める。
「んじゃ、そろそろお開きかな」
先程いた場所を指し示す。
「動き出すみたいだし…解散だな」
アウトドアチェアを片付ける瑜伽。
立ち去ろうとする瑜伽に、テンが問う。
「ここに居て、町の方は大丈夫なんだろうな」
瑜伽は立ち止まり、肩をすくめる。
「一応、言い聞かせてはいるが…わからん」
「何かあれば…その時は頼むわ。その場合は…借りでいいから」
そう話し、立ち去る瑜伽。
それを追うように楓は、
「明日・明後日には迎えに行くから」
と話し、立ち去る。
二人と別れ、テンは農園を目指し歩き始める。
――
「なぁ…。俺が楽器を弾ける様に見えるか」
「私は、付き合いが長いから弾けないの知ってるけど…知らなければ弾けたら凄いなって思うかな」
「でも、なんで」
「あぁ、聞かれたことがあるのを思い出して聞いてみた」
(貴方は、ここで楽器を弾く人)
「でも、貴方の古い友人で楽器が弾ける人って、テンかジンくらいじゃないかしら」
農園へ戻って来たテンは、念の為、回りを見渡し確認する。
それが終わると受付に向かう。
受付に行くと、先程声をかけた女性と目が合う。
「先程は、どうも」
「今後は、問題なく過ごせると思いますよ」
「そうですか。本当に、あり……」
感謝を述べようとすると、敷地の外に先程の黒塗りの車に似た車が停止する。
停止した車の扉が開き、一人降りてくる。
降りた人物は頭を下げると扉は閉まり、何もなかった様に走り去って行く。
取り残された人物は、うつむきながら歩き出す。
眺めていると真っ直ぐテンの方向に近づいてきて――そのままぶつかる。
ぶつかると、動きを止める。
相手の出方を伺っていると無言のまま何も話さない。が…
「おかえり」
その言葉に反応し、ただ頷く。
気を利かせて受付の女性が声をかける。
お金を払い、二人は農園を満喫するのだった。




