狭間 - 余波
一方、テンのいなくなった家では、
麗が子供相手に“悪戦苦闘”していた。
とは言うものの、子供は玩具で遊んだり、テレビを見たり、バックの中から“落書き帳”を出して絵を描いたりと、一人で“比較的”大人しく過ごしていた。
幸い、唯が“飲み物・お菓子”などを用意していた為、“特に”する事もなかった。
だが時折、トイレの場所を聞かれる程度だった。
そんな様子の二人を他所に、唯は早々に冷蔵庫の中身を確認する。
その後、家の中を一通り確認すると、少し“母屋”に戻ると麗に“言い残し”て行ってしまう。
そして、母屋の前まで戻って来た唯は、扉を開けて中に入る。
「あれ…随分とお早いお帰りですね。
こんなに近いのにホームシックですか」
そう“冗談”交じりに話す、“モーニングコート”を着こなす男。
「爺や。解りきった冗談は…やめて」
「そんな訳ないでしょう」
不服そうに話す唯に、「これは失礼しました」と頭を下げる。
しかし、その声は何処か“微笑んでいる”様だった。
そんな“爺や”と呼ばれた男は、下げた頭を上げると「では、何用で」と話す。
「離れに行く前にやってた作業が途中だし、他にも仕事残ってるから戻ってきたわ」
何故か誇らしげに話す唯。
だが、それを聞いた“爺や”は“浮かない顔”をしていた。
「それですが、他のメイドに振り分け作業に当てさせていますよ」
「まもなく、皆作業が終わる頃かと」
そう話すと、示し合わせたかの様に、次々と爺やの元に報告に来るメイド達。
「唯さん、お戻りになったんですね」
「お戻りになられたのに本当に申し訳ございません」
唯にとっては、手間が省けて“感謝の意”しかないのだが、メイド達は揃いも揃ってばつが悪そうな顔をしていた。
それを察した唯が口を開こうとすると、先に口を開いたのは“爺や”だった。
「では、約束通り稽古の方は…“免役”とします」
その言葉にメイド達が歓喜する一方で、先ほどのメイド達の“態度の意味”を理解する。
すると、メイド達の歓喜に紛れ“後退り”してこの場を“退散”しようとするが、
「唯さん…。折角、戻って来られたのですから“稽古”していきますか」
メイド達の“歓喜”に目をやっていた筈が、唯を“視界に捉え”再び微笑んで話す。
どうにかこの場を免れたい唯は誤魔化しながら出口に向かうが、
「唯さん。稽古…しますよね」
そう話す爺やの目は“眼光炯炯”していた。
「そうですね…。では、胸を借りようかしら」
“覚悟を決めた”様に答える唯。
それを聞いたメイド達は“蜘蛛の子を散らすよう”に離れていった。
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そして、屋敷の広間で対峙する二人。
「ルールはいつも通りで宜しいですかな」
「えぇ。私が一本取って終わりで構わないわ」
その言葉に“驚き”咳き込む爺や。
「失礼しました」
「その心意気を買って、手加減せず参ります」
合図が落ちた瞬間、空気が変わる。
唯は踏み込む――が、次の瞬間にはもう、防ぐしかなかった。
距離も間も、爺やの都合で決まる。
「このままでは一本取れませんぞ」
言い返す余裕があっても、攻勢に転じる隙はない。
唯は押され、下がり、呼吸だけが荒くなる。
やがて、ほんの一瞬。
爺やの攻勢が、緩んだ。
唯は迷わず踏み込む。
距離が詰まる――その瞬間。
爺やの視線が、床へ落ちた。
爺やが、視線を逸らしたまま言う。
「……あと数歩、前に踏み込むと体勢を崩しますよ」
言葉の意味を掴む前に、足元が狂う。
視界が不自然に揺れ、唯の身体が落ちた。
衝撃は来ない。
地面と唯の間へ、爺やが滑り込んでいた。
唯は目を閉じ…そのまま意識を手放した。
────────────────
それから、目を開ける唯。
すると、自分の部屋のベッドで寝ていた。
そばには、メイドの一人が介抱してくれていたのか眠っていた。
唯は、肩を揺すりメイドを起こす。
目を覚ましたメイドは唯の姿を見て“本当にゴメンなさい”と頭を下げる。
理由を聞くと、“最後の瞬間”私の視界が不自然だったのは…寄り添ってくれたメイドが落としてしまった物を、私が勢い良く踏んだからだと言う。
そして、私が倒れ込み地面に衝突する寸前に、爺やが“ギリギリ”地面と私の間に滑り込み、間一髪…怪我は免れたらしい。
ただ、私は地面との衝突に耐えかねて目を閉じ…そのまま気を失ってしまったらしく、そのまま爺やに部屋に運ばれ、介抱するように仰せつかったのだと言う。
「勝てないのは解っていたけど、やっぱり負けると悔しいわね」
そう話す唯を見たメイドは見兼ねて、ベッドに腰掛けて唯を抱きしめる。
「唯さんは、凄い人ですよ」
「あの爺爺に、メイドの中で唯一立ち向かっていける人なんですから」
「それに、美人だし…私の憧れのお姉さんです」
唯の悔し泣きにもらい泣きしそうになるメイド。
暫く、そんな状態が続き、落ち着いた唯が「大丈夫、ありがとう」と話すと解放する。
解放された唯は、メイドの顔を見て黙って逆に抱きしめるのだった。
そんなやり取りが終わり、顔を見合わせる二人。
「お互い、目が腫れちゃってるね」
そう話し笑い合う。すると――
「私…今、冷やすもの取ってきますね」
「唯さんは、ベッドの横に置いてある書類に目を通しておいて下さい」
「離れに戻る前に確認しておくようにと、爺爺が置いていきました」
そう言われ、台の上にある書類を手に取る。
そこには“極秘”と表に書かれており、去ったメイドの方を見ると目が合う。
「私は…見てないですよ」
「中身は気になりましたが、“知らない方が幸せ”って言葉が此処に来てから改めて好きになったので」
「では、冷やすもの取ってきますね」
そう話し姿が見えなくなる。
一人になると、内容を確認する唯。
確認が終わると、立ち上がり部屋にあるシュレッダーに書類を入れ細断する。
細断が終わると書類を取り出し、ベランダにある一斗缶に書類を入れ、マッチで火をつける。
「本当に…知らない方が幸せね」
そう呟き“燃え盛る”火を見つめる。
――数時間後――
唯が“屋敷”から戻ってくる。
家の中は、特に変わりなく子供も大人しく遊んでいた。
それと裏腹に、麗の方は椅子に座り“ぐったり”していた。
それを見た唯は“ため息”をつきながら声をかける。
「そんな、気を張ってたら身体がもたないわよ」
「普段通りにしてればいいのに」
「本当に…馬鹿ねえ……」
普段の麗なら“言い返す”所だが、珍しくテーブル伏せたままだった。
そんな姿を見かねた唯は“気分転換”に「お風呂に入ってきたら」と提案する。
その提案に乗るかの様に起き上がりお風呂に向かおうとすると、遊んでいた子供が寄ってくる。
「一緒に入る」
そう言われ、唯が口を挟もうとするより先に麗が答える。
「なら、一緒に入ろうか」
その言葉を聞いた唯は「着替えは、用意しておくから」と話す。
麗は「ありがとう」と伝え、二人は“お風呂”に向かって行く。
その間、唯は子供の遊んだ物を片付けバックの中を確認する。
必要な物を脱衣所に置き夕食の準備を始める。
すると、台所に“メモ書き”が置かれていた。
一通り洗い終わり、曇りガラスに子供が指で“何か”書き始める。
そこには…「とうか」と読めなくない拙い字で書かれていた。
暫くすると、二人は“仲良く”居間に戻って来る。
そんな姿を見ながら準備を進めていると、“飲み物”を取りに来た麗に声をかけられる。
「ねえ…唯。あの子の名前知ってる」
「雲類鷲苳崋君でしょう」
「知ってたなら教えてくれてもいいのに」
「“あれだけ一緒にいたんだから知ってる”と思うじゃない」
そう言いながら「もう出来る」から手伝って貰えると話す。
時刻は“19時”を回っていた。
三人で“夕食”を取り各々寝るまで自由に過ごす。
やがて、麗にもたれ掛かる様に苳崋が眠ってしまう。
起こさない様に抱き抱え、唯に「おやすみ」と声をかけ自分の部屋へ連れて行く。
一人になった唯は家の戸締まりを確認し、テンの部屋へ向かって歩いて行く。




