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交差点


 獅子の町は副都心と呼ばれるだけあって、平日でも人の流れが途切れない。

駅構内は、いつも通り騒がしく、どこか落ち着かない空気に満ちていた。

テンは人波を抜け、窓口で切符を買う。

そのまま新幹線のホームへ向かい、指定された車両に乗り込んだ。

車内では特に何も買わず、必要なら車内販売で済ませるつもりだった。

席に座ると、予め隣席も押さえてあるため、周囲を気にする必要もない。

窓側にもたれかかると、自然と意識が落ちていった。


「――あの、すみません」

声に呼ばれて、テンは目を覚ます。

視線を向けると、車内販売の売り子が立っていた。

「お代を、いただいてもよろしいでしょうか」

どこか申し訳なさそうな口調だったが、寝起きの頭では深く考えなかった。

「はい。あと、お茶を一つ」

売り子は頷き、商品を渡してから計算を始める。

テンはお茶を開け、一口飲んだ。


「……四千六百四十九円になります」

一瞬、動きが止まる。

「……いくらですか?」

売り子は困ったように視線を逸らした。

「実は……こちらのお客様が」

そう言って、通路を挟んだ反対側の席を指さす。


テンが立ち上がり、視線を向けると、

フードを深く被った人物が、駅弁を広げて黙々と食べていた。

視線に気づいた相手は、一度だけ顔を上げる。


「今、持ち合わせがなくて。よろしく」


それだけ言って、再び箸を動かす。

言いたいことはあったが、売り子をこれ以上困らせる気にもなれず、

テンは無言で代金を支払った。


売り子が去ったあと、再び向かいの席を見る。

フードの人物は、食べ終えたらしく、今度はお茶を飲んでいた。


「さっきは、ありがとう」


短くそう言って、軽く会釈する。


「お腹いっぱいで眠いから。駅に着いたら起こして」


言うだけ言って、再び座席に身を沈める。

テンは一拍置いてから、声をかけた。


「降りる駅は……」


「ん……? 同じところ」


それだけ答えると、相手は横になり、そのまま目を閉じた。

それ以上聞く気にもなれず、テンは時間を確認して席に戻る。


――数時間後。


到着を告げるアナウンスで、テンは目を覚ました。

隣を見ると、フードの人物は熟睡している。

通路側に回り込み、しゃがんで肩を揺らす。


「もう着くぞ」


声をかけると、相手は意外にもすぐに身を起こした。

その直後だった。


「――むぎゅ」


突然、抱きつかれる。


「……何してる」


「ハグ」


あっさりした返答だった。


「嫌だった?」


「嫌いじゃないけど……」


一度、言葉を選ぶ。


「……そういう意味じゃない」


相手は少し考えるように視線を彷徨わせてから、腕を解いた。


「……私じゃ、ダメだった?」


率直な疑問に、テンは答えず、

ただ一度だけ、相手の頭を撫でて席に戻る。


視線を感じて振り返ると、相手がこちらを見ていたが、

互いに意味が分からず、小さく首を傾げただけだった。


新幹線が停車し、二人は降車する。


人の流れに紛れながら、テンは歩き出した。


駅前は、知らない土地の匂いがした。

テンは迷わず歩く。


――目的地は、駅近くのビジネスホテル。


フロントに近づくと、顔見知りの男が気づいて声をかけてくる。


「待ってたぜ。……あれ? 今日は一人って言ってなかったか」


テンは一瞬、首を傾げる。


「……そうだけど。なんで、そんなこと聞く」


男は答える代わりに、テンの視線の先を顎で示した。


「いや、だって……ほら」


テンが振り向く。

少し離れた場所に、フードの人物が立っていた。

目が合う。


相手は、悪びれもなく小さく頭を下げる。


「お世話になります」


「……そういうことらしいけど、どうする?

 今の部屋、明らかに狭いぞ」


テンは短く息を吐く。


「……はあ。いつもの部屋、空いてる?」


「空いてるなら、いつものにして。

 支払いも……いつも通りで」


カードを差し出すと、男が受け取って端末に通す。

手続きをしながら、男が小声で言う。


「お前さ、なんで毎回このカードなんだよ。

 普通……不審に思われて、警察沙汰……」


フードの人物が、男の真似をするように小声で言った。


「ふかーい訳があるの。

 貴方には分からない、ふかーい理由が」


男は、動きを止めたままテンを見る。

テンは一呼吸置いて、ただ一言だけ返す。


「……そういうこと」


男は察したように、それ以上何も言わず手続きを終えた。


「……はい。カードキー。

 ……なら、俺は何も聞かないよ」


カードキーを受け取ると、テンはそれ以上何も言わず踵を返した。

フードの人物は、少し遅れてその背中を追う。


「……あ」


フロントの男が、ふと思い出したように声をかける。


「荷物は?」


テンが足を止めるより先に、フードの人物が答えた。


「ないよ。なーんも持ってなーい」


そう言って、ポケットに両手を突っ込み、軽く跳ねてみせる。

男は一瞬、言葉を失い――テンの方を見る。


テンは小さく息を吐き、懐から紙とペンを受け取ると、迷いなく書き始めた。

書き終えた紙と、数枚の紙幣をまとめてフロントに差し出す。


「これ、後で部屋に」


それだけ言って、今度こそ歩き出す。

フードの人物は、何も言わずについていった。


エレベーターの扉が閉まる。

フロントには、奇妙な静けさだけが残った。


男は手元の紙に目を落とし、軽く息をつく。


「……俺に……言ってる……?」


そう呟いたところで、フロントの電話が鳴った。

男は一瞬だけ躊躇してから、受話器を取る。


「はい、フロントです」


『――俺だ』


低く、落ち着いた声。

男は表情を引き締める。


「……先ほどの件ですね」


「ええ。問題なく」


一拍、間が空く。


『そうか』


それだけで十分だった。

通話は、それで切れた。


男は受話器を戻し、しばらく天井を見上げてから、誰にともなく呟く。


「……どうするかな…」


フロントの時計が、静かに時を刻んでいた。



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