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さよなら牢

「ドン! ドン!」


「なんじゃい?」


「モナーク様。ただいま帰りました」


「あん師匠はまだや。入れ」


「あ……プーシキン様でしたか。無事にシスターブラーナの護送を終えました」


「お~う。あ、とは何だ。何か不満か?」


「いえ別に」


 ブラーナの護送を終えたミチュールが帰ってきた。モナークに報告しに書斎を訪れたのだがいたのはプーシキンだったので、実にテンションが下がった。

 

「シスターブラーナは看護師長でもあるからなあ。そりゃすごい毒を盛られたんやろ。こりゃ当分戻ってこないぞい」


「そうですか」


「おう。今ドルマが王の嗜好の世話をしておる。一緒に手伝え」


「……では私はこれで」


 ――なんやそっけないな。



 ドルマとは兄弟でありゴリアテ戦争の後の落人狩りから彼らをかくまったのがモナークだった。

二人が備えていた魔力を見抜き、オラージュの大魔導士とするべく弟子にしたのだった。

 

 ところがモナークは数年前に新たな弟子としてプーシキンを迎えた。次第に先を追い越され、今や彼女は大魔導士と呼ばれている。つまり彼らがなるはずだった後継の座を奪われたのである。


 それからというものこの兄弟は不遇だった。師から魔法の教授はなくなり、王の側近ではあるもののお茶くみにタバコの管理係。たまに重罪人の処刑と護送という退屈な毎日を過ごしていたのだ。とはいえ落人狩りから怯えながら暮らしていた13年前に比べたらそれもマシというものである。


「はあ……いつまで。いやずっとこのままか」


 モナークの書斎を出て文句を言いながら歩いていると、ロングソードをぶら下げ早足で歩く女騎士とすれ違った。客人であろうと思ったので一礼すると、彼女も一礼しこちらに話してきた。


「あの~客室はどこでしたっけ? 迷ってしまって」


「この城は奥に行くほど迷路の様にできておりますので、恐縮ですがいったんロビーの方へ戻っていただき、係りの者にお尋ねください」


「そうですねそうします。どうもありがとうございます」


 元気のいい女の子だと思った。今は無き故郷ゴリアテで王宮に仕えていた時を思い出し、ミチュールは久しぶりに爽快な気分になった。がそれはすぐに悲壮感へと変わった。


「王女様。国王。誰も守れなかった」



 アヤネは一旦ロビーに戻り、ベルサイユの着替え及び荷物を取りに行くために客室へ向かった。


「あの人は、ゴリアテ人?」


 青白い肌に、とがった耳、小柄。間違いないようだ。捕まった領主一族、軍幹部、魔法使い達は死罪となったが、逃げた者たちはしばらく落人狩りにあったと聞いていた。その生き残りなのかと思った。


「それより。はやくこの鎧を脱ぎたい!」


 アヤネは客室へ走ってすぐに脱いだ。


「あ~暑っ苦しい……」


「着替えってさ。私の貸せって事でしょ最悪。あの癖女め」


「わがままな女王様ね。まったく!」


 愚痴をこぼす近衛隊長。その頃地下の牢獄ではフィオが奮闘していた。ベルサイユのオムツが暴走していいるのだった。



「静まれ。静まれ」


 大汗をかき、オムツに両手をかざしていた。熱中症にならせまいとちょうど居合わせた副看守長アバローラが急いで水を持ってきたが。呪いの雷を含む衝撃波でフィオまで近づけずにいた。


「フィオ君。おばちゃんダメだそっちまでいけない」


「僕は大丈夫です。危ないから離れていてください」


「いい加減に静まれこの忌々しいオムツめー!」


 しばらくすると、衝撃波が収まり静かになりベルサイユもフィオも横たわった。慌ててアバローラがフィオに駆け寄り水を少しずつ口に入れた。


「フィオ君しっかり。フィオ君!」


「うん……。アバローラ?」


「大丈夫かい女王様」


「ええ。それよりフィオは?」


「大量の汗をかいてさ倒れちまったよ。これ熱中症だよ」


「本当にごめんねフィオ君」


「はあ。はあ。疲れた……」


 疲れはてた細い声で言った。意識はあった様だ。


「よかった。意識はあるわ」


「すぐに休憩室へ運ぶよ」


「行こう!」


 ベルサイユはフィオを抱きかかえると牢の外へ出た。解放されたわけだが彼を助ける一心で解放感などはない。手遅れにならないことを祈った。アバローラが点滴をし、彼女の指示通り保冷材で首、脇の下、股関節を冷やした。


「遅いわね近衛」


「アヤネさんは?」


「あたしの着替えとね。荷物を取りに行ったのよ。こんな時に何やってんだかあの小娘は」


 女王の着替え選びに四苦八苦しているのに違いないと思ったが。それをいちいち指摘するほどアバローラは細かい人間ではない。



「こんなんでいいか。文句言ったら看守の恰好でもしてもうらおう」


そう独り言をつぶやいて部屋の外に出た。重い荷物を二つ持ち、エレベーターへ向かった。


 暴走が起きていたらと胸騒ぎがしたので早足で地下牢へ向かうが、気づいたら目の前にエール大臣が立っていた。


「これはこれは近衛隊長殿ご苦労さまです」


「はっはい。どうも急いでいるのでこれで」


「そのお荷物は?」


「地下牢の休憩室に持っていくものです」


「そんな大量に?」


「はい。何か問題でも?」


「いえいえ。しかし少々気がかりなことがございまして」


「はい……」


「正直に申し上げましょう」


「他国の使者により女王が解放されるようなことがあってはなりませんので。同盟国に限りそんなことはないとは思いますが」


 ――ギクッ!


「そっそっそんなことありえません。我々を疑うおつもりですか? アウストラ王の御意思ですよ」


「私は先を読み心配する癖がございましてな。じつは当初反対したのです。他国の魔法使いを応援によこすなどもしものことがあったら取り返しがつかないと」


「……」


 ――やばい。やばい嘘ってどうやってつくんだっけ??


「勘違いでした。疑って申し訳ない。どうか忘れてください」


「はい。忘れてください。無礼ですよ。わざわざ国から来たというのに」


「これは申し訳ない」


 会話はここで終わったのだがアヤネは何を勘違いしたのか。ここから逃れる術を探した。嘘が下手なばかりにこのままでは作戦がバレると思い込んでしまったのだ。


 ――周りにいる召使やら兵士には女性も多くいるのが幸い。この際、禁じ手を使うしかない。


「大臣様。さっきからどこを見ているのですか? セクハラですよ」


 周りに聞こえるような大きい声で言い放った。Vネックの胸元を手の平で隠す仕草をした。


「これは不思議なことを言われる。先ほどからずっと目を見ているではないか」


 冷静新着な大臣だが、周囲にいた女たちが一斉にこちらに目を向けたので、動揺せざるを得なかった。


「まったくの誤解だ。私はこのオラージュの大臣。異性と接するときの礼儀はわきまえておる。おい待て!」


 アヤネは荷物を持ち牢へ続く通路に走って行ってしまった。


「誤解だ! 誤解」


(まったく怪しい女だな王に報告だ)


 エレベーターの前の扉で荷物を置き少し休んだ。


「危なかった。あの大臣は他人の頭の中が読めるんだ。恐るべしね。早くフィオのところにいかないと」


「ん? こっちにいるの?」


 てっきりベルサイユの牢にいるかと思いきや、休憩室にいるようだ。


「あんた! 来るのが遅い! 何してたの」


「何ってあなたの着替えを……」


「フィオ。フィオ大丈夫?」


「大丈夫じゃないわ。あんたがいないせいでフィオが」


「すみません。大臣に止められて」


「言い訳はいらないわ。しっかりしなさい保護者」


「僕は。だいじょうぶだよ。アヤネは悪くないよ責めないでベルサイユ」


「でも! 二人であたしの呪いを押えないとあんたの命に係わるわ」


「魔法が未熟な僕が悪いんだよ。アヤネは近衛隊長。魔法使いじゃない」


「僕を旦那にするんでしょ? だったら聞いてくれる」


「……」


「そうね。ごめんなさい。すべては……あたしが原因」


「……」


「ごめんなさい。胸騒ぎがしたのにすぐに来れませんでした」


 しんみりとしたが。快活なアバローラが口を開いた。


「ほらほらーいつまでしみったれてんだい! 大事なのわこれからだろ? 過ぎたことを後悔するんじゃない!」


「うん」


「フィオ君は休みな。二人は作戦を練りな。なんかあれば私が知らせるから。とにかくあんた達休みな!」



「作成遂行は明日の昼ね」


「はい女王。殿はお任せください」


「頼もしいわね近衛。殿は隠密達にやらせるから安心して頂戴。あと闇術師に気を付けて」


「……心得ました」


 食事はアバローラが運んできて控室で3人で済ました。フィオは食欲があったが大事を取らせて早めに休ませた。二人の女戦士はしばらく話し合った。




「監視役を付けるべきと心得まする」


「必要ないな。儂はテレサを信じる」


「あの女は冷酷非情だ。そんな他国の女王を助ける性分じゃない」


「しかし万が一ということがあります」


「……ありえぬ。おいエールよそんなに心配ならば、世話係を代わればよいでわないか」


「いや。それは」


「無理なのだろう。お前は身体を病んでいる。ならば意見をするでない」


「どうしても心配ならば。旗下の闇術師どもをわが城へ待機させておけ」


「それに最高刑務所にはロペスピエール看守長もおる。安心しろ」


「はは。感謝いたします」


 エールは配下の闇術師たちを1階より上の層に待機させた。



「脱出は予定通り明日の昼で」


「いや正午にしましょう。隠密達ならいつでも大丈夫なはず」


「えー。登さんは昼過ぎと言っていましたが」


「うちのはみんな優秀だからね。あと嫌な予感がするから計画より早く出ましょう」


「今すぐにでもここの壁を破壊して逃げてもいいくらいなんだけどね」


「そんな無茶な……」


「勿論。フィオの体調次第よ」


「わかった近衛?」


「はい!」


「じゃ、さっさと寝ましょう」



 二人はベッドの前に立った。どちらがフィオと同じベッドに寝るべきか思いを巡らせた。ベルサイユ女王が婚約者となった以上堂々と彼のとなりに行くことはできない。


「近衛。一緒に寝てあげて」


「いいんですか?」


「あなたの方が慣れているでしょう。朝起きた時その方がいいわ」


「ふふっ」


「何が可笑しいのよ? フィオの為に言ったんだから。勘違いしない事ね」


「わかってますよ! もうね寝ましょうお姫様」


「あたしはー女王!」



 ベルサイユは寝付けなかったがアヤネはさっさと寝てしまった。明日は作戦実行だというのに中々な胆力だと思った。

 

 オムツの呪いのことであれこれ思案した。浴室の鏡で自分の裸を見た時悟ったのだ。明らかに以前よりも背も胸が小さくなっている。

 

 フィオによって解放された時、目線の違和感を感じたのは偶然ではなかったのだ。


「このままだと。どうなるの? 小さくなっていってやっぱりあたしは死ぬのかな……」


「……」


「いや死ぬわけにはいかない。あたしはララナガ女王ベルサイユ。夫も決まったわけだし。そうきっとフィオがなんとかしてくれるわ。テレサさんのところに行くのもあり」


「国にいる宰相数電も何か知っているはず」


「とにかく早くここから出て帰らないと始まらないか」


 それと少々気がかりなことがあった。闇術のことだ。術者の命を削りながら対象に大ダメージを与える。それは魔法を遥かに凌ぐという言い伝えがある。


「まあ魔法同様避ければればいいか。いや、あたしの気合で弾いてやる……いい加減もう寝るか」


 その後しばらく目が覚めていたがいつのまにか眠っていた。




「えー何でですか?」


「そんなに着てほしいのあんた」


「いや。別に」


「ならいいわよね。あたしなら女性看守の制服似合うと思うの」


「フィオもセクシーな服のほうがいいでしょ」


「僕は。別に……どっちでもいい」


「少年をからかわないでください」


「お姉さんはセクシーな方がいいでしょ?」


「うん。スカートは好き」


「ほら~あんたは真面目すぎんのよ近衛」


 一晩明けて。ベルサイユはフィオに起こされた。フィオは一番早く起きたようで二人は既に着替えていた。

 

 そして、アヤネが選んできた着替えを跳ねのけて看守のコスをしたいと言い出した。そうすれば確かにバレずらいかもしれない。


「フィオ。あんた大丈夫なの? あたしは明日に伸ばしても平気よなんらな明後日でも」


「僕は大丈夫だよ心配しないで。それに脱出は早い方がいいから」


「大丈夫ならいいけど。無理はしないでちゃんと近衛の近くにいなさい」


「わかったよ」


「お待たせ女王様」


「アバローラ」


「持ってきたよ。サイズはあたしのより小さいけど」


「へえ~。あんた達ちょっと待ってて」


「うん」


 ベルサイユは下着のまま脱衣所に入った。


「フィオ嫌なものはちゃんと嫌といいなさい」


「え。嫌じゃないよ」


「ほんとうに?」


「うん本当だよ男はスカート好きだからね」


「そうですかー!」



「フィオどう?」


「うん。いいんじゃないスカートが短いあたりが」


「ありがとう。じゃあ中に入る?」


「入るわけないでしょ。僕をからかうの止めてよ」


「そうよね。ごめんね」


 意地を張りつつ。アヤネの言うことを聞くフィオだった。


「アバローラ」


「いいよ。どうぞ」


「お世話になったわね副看守長」


「こちらこそ楽しかった。武運を祈るよ」


「パシッ」


「ちょっと女王!」


「いいのよこれで。こうしなければアバローラが疑われるわ」


「なるほど思慮が足りませんでした」


「ありがとうアバローラ」


「じゃあ行くわよ。準備はいい?」


「いや。やはり昼過ぎにするべきでは?」


「だから~計画変更。昼まですることないから」


「そっち!」


「フィオ。覚悟はいい?」


「いつでも平気だよ」


「あんたは近衛から離れないこと。わかった」


「わかった」


 いつの間にか敬語を使わなくなったフィオとベルサイユだが、互いを知るにはまだ時間が必要だ。


 3人は通路を歩いた。他に牢はなくどうやらこの階に収監されていたのはベルサイユだけのようだ。


 牢から解放され、あとはエレベーターを使い一階のところでベルサイユが穴をあける手はずだが、そう簡単にはいかない。目の前には鎧を身にまとった筋骨隆々の男が立っているではないか。

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