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王都オラージュへ

 オラージュ刑務所のベルサイユの特別牢にて。


「あっかちゃん。あっかちゃん。あっかちゃんちゃん……」


「プーシキン!」


 テレサの操った大ムカデは取り除かれ、相変わらず世話係は副看守長のアバローラと大魔導士プーシキンが務めていた。


「はーはっはっは惨めやのう。女王様が、今や牢獄で赤ちゃん扱い」


「悪かったわ……プーシキン。全部、あたしが悪かったわ」

 

 演技だ。演技なのだが。謝らなければ、この特殊なオムツについて知り得はしない。


「ふんっ」


「あんたの家族。あたしの父のせいで苦労したのよね? だからいつか謝りたいと思っていたわ」


 プーシキンの父はララナガ出身の魔法使いだった。先代国王に仕えた宰相と呼ばれたが、横領、賄賂に加え、周辺国に侵攻し始めたゴリアテに内通した罪を問われ家族ともども国を追われたのだ。


「そうや……そうや……散々な目に遭ったわ」


「今更許してとは言わない。だから教えてくれない?」


「ふう……ダメじゃ!」


 プーシキンは一瞬思い出したように激昂したが、すぐ冷静になった。


「お願いプーシキン。このオムツが暴走した時あたしはいつも気を失うわ。そして気が付いた時にはあんたが疲れた顔で目の前にいる。これはどういうことなの? 知る権利があたしにもあると思うんだけど」


「んんん。まあええか」


 ――どうせお前は。


「暴走してるときお前は赤ちゃんになってんだよ」


「はあ?」


「はあ。じゃないぜよ。ワイがその時に生じる衝撃波を抑えて、赤ちゃん用ミルクを飲ませてんだよ」


「それであんた赤ちゃん扱いしてたのね」


「気づくのが遅いわ」


「で、そのエネルギーをオムツが吸収して天空城へと続く階段が出来るって事?」


「ご名答。お前のおかげで今、修道院は大盛り上がりじゃ」


「まったく。とんでもないものを履かせてくれてわね」


「あん? 光栄に思え。それは三種の珍器のひとつ竜王のオムツや」


「三種の……珍器。嘘でしょ。そんなもの本当にあったの?」


「嘘だと思うならそれでいいわい。今そのオムツはお前のエネルギーを材料とし、確実に天空城への階段を作っておる」


「信じられない……あれは子供の頃に男子たちがよく読んでいたバカロ戦記のもんでしょ?」


「だが空にある。それが現実や」


「偉そうに」


「あああん? やれるもんならやってみろや」


 また喧嘩が始まった。

 

「貧乳。エテ公。奇天烈大魔王」


「うるさいわ!」


 プーシキンはキレそうになったが、またすぐに落ち着いた。もはや怒り散らす体力はなく、不敵な笑みを浮かべた。


「あーはっはっは。そのオムツはな履いたが最後二度と取れぬぞ。永遠と対象の体力を奪い続けいずれは死に至らしめるのや。ご愁傷様ベルサイユ女王」


「なんですって?」


「つまり、例えこの牢から抜け出せてもずっとお前は赤ちゃん扱いされるってことや」


「この糞ネズミ女が! あんたいつかサメの餌にしてやるからな」


「何が何でも脱いでみせるわ。ララナガの民を舐めない事ね」


「がんばれ。がんばれ」


「……」


「バブ! バブ! バブ!」


「またかよ! もう勘弁してよワイが先に死んじまうよ。モナーク師匠何してんだよ。師匠ー!」




 モナークの根城にて。


「ぐえー!」


「サル、モナーク様ー」


「落ち着いて。麻酔追加。追加よ早く」


「はい」


「これから小腸、大腸、膀胱を入れ替えるよ」


「了解です」


 多臓器に毒が回ったモナークを救うために大手術が行われていた。助手の一人が取り乱したが、ドクターレオナは常に冷静だった。追加した麻酔が効いてモナークは再び眠っている。


「ふうっふうっふう」


「心拍数安定。眠ったね、あとは頼んだ。私は老い耄れた本体を完成させるから。そんじゃ」


「了解しました」


 ――この本体さえ完成すればきっと我らの望んだ世界を作ってくださる。


「あの竜王さえいなくなれば。我らが大願成就はきっと」




 オラージュ城5層王座の間では朝の朝礼が終わり、貴族、領主たちの新年度の挨拶が行われていた。


 アウストラ王は金色のマント、刺繍入りの赤のチュニック、白の長いズボン、そして王冠をかぶっていた。両脇には大臣2名が控える。


「アウストラ王。天空城の階段の出現。まことに目出度いことでございます」


「うむ。これからも良しなになテニア卿」


「はい。天まで届いた折には私もご一緒願いたいです」


「ああ構わぬぞわが盟友よ。リーズの奥方も息災で何より」


「王様こそお元気そうで、ようやく春が参りましたね」


「うん。花粉さえなければ最も過ごしやすい時期なのだがな」


「左様で」


 ささやかな笑いが起きた。アウストラもテニア卿もこの時期は花粉症になる。英雄と言えども自然の命の強さには敵わぬのだ。


「おおカッセル卿親子かよく来たな」


「オラージュ王に置かれましては、ご壮健けたたましく祝着にぞんじまする」


「お主も相変わらず元気そうじゃ。まだお迎えは来ないようだな、はっはっは」


「息子に後をゆずっておりますので、この世に心残りはありませぬので、ほーほほ」


 息子のギラードは自分を差し置いて挨拶をした父を煩わしそうにしていた。


「して国王様。奇跡の階段はいつ天に届きまするか?」


「参謀が言うにはあと二月はかかるようだ。」


「待ち遠しいですね。楽しみにしております。わが妹を早く生き返らせたいと思います」


「うむ。わしも思いは同じじゃ」


「ところでアウストラ様。モナーク大参謀殿は何処へ?」


「あああいつは今留守にしておるのだ。なんでも母親の介護だとかで」


「なんと。冷酷非情かつ海千山千の狐狸にもそのような一面があったとは恐れ入りまする」


「ほおれギラード失敬ではないか」


 カッセル卿が出すぎた息子に釘をさした。


「あ。これは失礼いたしました」


「構わぬ事実じゃ。その通りあやつは狐狸じゃ」


 王座の間にしばらくの間笑いが起こった。


「吾輩若輩の身なれど、月に一度モナーク殿には政の理をご教授頂いておりまする。今月も楽しみにしていたのですが」


「ふむ。暇を取ってからしばらく経つが、しかしもうすぐ戻るであろう。儂から話しておこう」


「感謝いたします」


「王様。次はウオトシの領主オジー殿」


「待て待て。水くらい飲ませてくれ、しゃべりすぎて喉が渇いたわ」


「はは。どうぞ」


「うううん。良いぞ通せ」


「久しゅうございます。王よ」


「会いたかったぞオジー。そのたらのおかげで去年は美味い魚がたらふく食えた」


「はは」


「我らオラージュの民を代表して礼を申す」


「ありがとうございます」


「して今年も去年に劣らず大漁の予定にございますが」


「ん? どうした。申してみよ」


「近頃、海の幸を食い荒らす巨大サメが増えており漁に支障が出ておりまする。ぜひともご助力の方をよろしくお願いいたします」


「そうなのかわかったぞ」


「ありがとうございます……」


「……」


「はっはっは。まだ話したそうな顔をしているなオジー遠慮なく申せ」


「はい。では」


「この目で見たわけではありませぬが、伝説の海の魔物クラーケンに遭遇したという漁師がおり」


「ほほう」


「戯言を申されますな領主殿」


「はは……失礼いたしました」


 王の側近、ガシャボリ大臣がオジーをけん制した。憶測など王の前で軽はずみに語ってはならぬのだ。


「安心せい。そんな古の魔物が復活したならばかつての仲間たちを集め儂が直々に討伐してくれようぞ」


「感謝します王様」


「うむ」

 

 一応納得したような顔でウオトシ領主は去って行った。


「待ちわびたぞハクバジン」


「この日を楽しみにしておりました」


「王様に置かれましてはお元気そうで何よりでございまする」


「お主も元気そうだなわが旧友よ。そう改まるな。どうじゃ今年の馬は」


「はは。すくすくと強い馬が育っておりまする。馬レースも一層盛り上がると見ています」


「そうだの。馬レースでのギャンブルは日々の楽しみじゃはーはっはっは」


 ハクバジンはスーホの町の領主である。アウストラとは幼馴染という関係だ。


「はは。してアウストラ王よ。お体の方はいかがででございましょうか。会うたびに横に肥えられている様ですが」


「気にするな。元気な証拠じゃ」


「かつての凛々しい英雄の面影があまり無いように思います」


「……」


「王に対してそれはあまりにも失礼ではありませぬか! スーホの領主殿」


 また側近のひとりエール大臣が制止した。


「構わぬ無礼講じゃ」


「それはつまりだ。お主もわしも歳を取ったということだ」


「ではあなたにお聞きしたい。城の空高くに見える階段はなんです?」


「知っておるだろう」


「本当に修道院の者たちが竜信仰を信じ蛇の血を飲み続けた結果なのでしょうか?」


「疑うまでもなく本当だ。何が言いたいハクバジン」


「……ここ数年で変わられた。あなたもこの国も」


「お主らしくないな。恐れるな。変化とは進化である進展である革新であるぞ」


「悪い意味で言っているのです」


「王様もう下がらせましょう。次の面会者が控えております」


「お主とはまた日を改めて話したい。今日は忙しいからまたな」


「ではこれにて失礼致します」


 今のオラージュにおいてハクバジン程、聡明で真実を見ぬいている権力者はいないであろう。しかし、彼も民を預かる領主。これ以上の詮索は命に係わるとみてやめたのだ。


「後の者は昼過ぎにしよう。もう疲れたわ」


「かしこまりました」


「ドルマ」


「はい」


「モナークはまだか?」


「はは。今少しで戻ると思われます」


 アウストラは末席に控えているモナークの部下に訪ねた。


「あ奴がいないと不安で仕方がない」


「アウストラ王! しっかりなさいませ王があからさまに不安だなどと家臣の前で口にしてはなりませぬ」


 エール大臣が王を叱咤した。


「そうだな。すまんすまん」


「そうだ。レヴォントレットの官僚たちはどうした?」


「今日中にはこちらに付く予定でございます」


「楽しみであるな。さてどんな切れ者が来るかな」




 時を少し遡りスーホの町を出た幸せなおふたり。朝早く出たため馬を急がせてはおらずテクテクと歩を進ませた。


 たった今、オラージュの国土をぐるりと囲う壁に設けられた検問所を通ったところだ。


「フィオちゃんと後ろにいる?」


「いるに決まってるでしょ。ずっと僕の手で抱っこしてるじゃん」


「いやん」


「いやんじゃないよ」


「意外とすんなり通れたね」


「僕たちが客人だからでしょ」


「そう」


 馬に乗っていたが、二人とも相変わらずの服装である。


 アヤネは濃いブルージーンズに上は白いワイシャツにグレーのセーターを着て、青いジャケットを羽織っている。腰にはロングソードを携帯し、茶色のブーツ。フィオは白シャツにメンパン、運動靴という軽装だった。


「フィオ感激するよ。この丘を越えたら」


「越えたら?」


「ほら! 見えた」


「あれが! あれがケーキの城……すごい本当に5段ケーキだ」


 フィオの目には神秘的な光景が写っている。大緑園の丘を越えた先には豊かな大地とホール状の白い壁に包まれたオラージュの都城が聳え立っていたのだ。ローソクの様に見えるのは監視塔であろう。


「ね。すごい光景でしょ」


「みんなケーキの城っていうけど正式名称はカーレルヴァザリ城っていうの」


「なんか言いづらいね」


「もう頭いんだから。それでみんなケーキ城って呼んでるの」


「カーレル城とかでもいいのにね。王様にあったら言ってみよ」


「ダメよそんな失礼な事」


「アヤネが言えば」


「だからダメだっての」


 馬車も初めてだったが。馬に乗るのも初めてだった。フィオは落ちない様にがっちりとアヤネの腰に手を回している。あのまま今日も雨だったらどうしようかと思ったが。晴れて助かった。


「フィオっていつもそうやってボケるの?」


「うーん。仲良くなるとね。良くないかな?」


「ううううん。面白いからいいよ。真面目ほど詰まらないものはないからね」


「じゃあこのままでいんだね」


「もちろん」


「ん」


「ねえフィオ城のずっと上の方に何か見えない?」


「うん。うんーなんだろ薄っすら見えるね。虹色だー! 綺麗だね」


「綺麗だけど、ただの虹じゃなさそうね」


 天空城へと続く階段はスーホの町を出たアヤネとフィオにも、うっすらだが見えた。同時にそれはオラージュの異変を明らかに二人に伝えるものだった。


「よし!」


「ん。どうしたの」


「あの虹をレヴォントレットに持って帰ろう!」


「虹は持って帰れません。もーすぐボケる」


「そしてテレサ様に告白する」


「はあー!?」


「……」


「そうやってすぐ乙女の好意を弄ぶんだから。もう怒ったわ」


「怒らないでよ。テレサ様は美人でしょ!」


「ダメ。お姉さんは怒りました」


「はあ! 馬よ駆けよ。その名に恥じぬ働きを! フィオちゃんと捕まってなさい!」


「はい。すいませ……わあー!」


 アヤネは、馬に鞭を打つと見事な馬術で馬を叫ばせ、豪速で丘を下り地を走らせた。レヴォントレットの実質的な最高権力者テレサを守る近衛隊長の気迫は凄まじく、フィオはアヤネに掴まることで精いっぱいだった。


(かっこいい。好きだよアヤネ。僕もっと男らしくなるね。)


 ヴァザリの丘を越え、田畑を越え、橋を渡り、蹄鉄を擦り減らして王都外門まですぐに着いた。


「どう? フィオ」


「参りました。アヤネ近衛隊長すごい。すごいよ」


「あ。ありがとう」


「フィオには名前だけで呼んでほしい」


「わかった。アヤネ。アヤネ」


「はい!」


 第二の検問所が目の前にあった。馬から降り、アヤネとフィオは歩いた。


「入国目的を教えてください」


「こういう訳です」


 アヤネは書状に送付されていた招待状を見せた。第一検問所では本物かどうかチェックされたがここではそうではなかった。


「これは失礼致しました。オラージュへようこそ」


「どうも」


 遂に二人は王都オラージュに入った。



「ここがオラージュ!」


「そう!ここが英雄の筆頭アウストラ王が統べる都。そしてあそこに見えるのが」


「ケーキの城!」 

 

 真正面にあったが遠かった。所々旗や歩道橋に隠れていたがそこに城は見えた。


 西の大国オラージュは元々、装飾、貴金属や工芸品で名をはせた国だ。豊かな自然に加え温暖な気候が職人や芸術家を育てた。


 よって多くの高級な衣服や装身具、武器、鎧が作られ、この国に富みをもたらしたのである。


 またその気候のため、雨季はあるものの毎年豊作が続いていた。なかでもこの地のオリーブは有名である。


「さ進みましょう」


 二人は目の前に広がった大通りを馬で進んだ。次第に5段に積み重ねられたような見た目の城が見えてきた。


 町は行き交う人々の活気であふれていて、目的は様々であろうが歩行者も馬車も郊外の町の比ではなかったが人混みという言い方は相応しくない。それほど広大で整備されているのだ。


「やっと着いたね」


「うん。ありがとうアヤネ色々」


「何それお別れみたいなセリフ言わないで」


「別れないよ!」


「そうだよねフィオ。休憩したら、城へ行くよ」


「わかった」

 

 馬を降り、設けられてあるベンチに座った。


「町の地図見る?」


「うん」


 フィオは検問所で渡された町の案内図を見た。

 

 商業施設、公園、トイレ、ホテル、レストラン、喫茶。そして教会等、宗教施設が多かった。


「どっか寄る?」


「う~ん」


「ん~」


「……」


 二人とも思いは同じである。観光案内を見たものの、女王救出という前代未聞の任務がある。もはやそのことで頭がいっぱいだった。ひとまずは王に謁見するために、真っすぐと都庁舎を目指した。


「美味しいものはたぶん。お城で食べられるから」


「おおい図太いねフィオ。確かにね」


 建物は白や灰色っぽいものが多く、王都というだけあり整備されていて、壁にはひび一つなかった。


 警備隊も多く。こちらに気付くと皆、敬礼や一礼をした。大通りの中心は馬車ばかりで馬乗りは特別なようだ。


 一定の間隔で黄色と赤の国旗が立てられている。


「よし!じゃあ都庁舎へ行くよ」


「うん」


「気合入れていこう!」


「はい!」


 そこはつまりケーキの城の第1層である。


「アヤネ」


「どうしたの?」


「見てあそこ。黒い人たちがいる」


「んん。あれは魔法使い?」


 アヤネたちが通っているのは馬乗り、馬車専用の道だが、その両端には国民や観光客など様々な人々が行きかっている。フィオが気付いた黒ローブの集団は列をなして歩いていて、顔はフードで隠れていた。


「フィオ気を付けてもしかしてあれが隠密さんが言っていた」


「!」


 彼らはアヤネとフィオに気付いたのか、急に歩行を止めるとこちらに顔を向けた。


「おかしいな。あんな色の顔の人なんて見たことない」


 ――すれ違う。


「フィオ。フィオ」


「目を合わせちゃダメ」


「こっちを向いて。フィオ フィオ!」


「はあ。ごめんアヤネ」


 アヤネは馬を急がせ無理やりフィオの目線を逸らせた。


「大丈夫? 何か見た?」


「肌が灰色で、目がなんか緑っぽかった」


「何か嫌なものがこっちに飛んでくる気がしたから。一応バリアを張ったよ」


「そうなの。ありがとうね」


 ――まったく一枚上手な優等生だな。


「僕もありがとう。あのまま目を合わせていたらおかしくなってたかも。やっぱり闇」


「待って。それ言わないほうがいいかも」


「なんで?」


「王都じゃ言っちゃダメ。言うこと聞きなさい」


「わかりました」


 アヤネのトーンを下げた言い方に、フィオは反論の余地はなかった。



 そうこうしているうちに都庁舎前へ着き、二人は、馬から降りた。


「さてと。中に入ればいいのかな。馬はどうしようか」


「このまま突入しよう!」


「そんなわけいかないでしょー」


「こんにちは。もしかしてもしかして」


「あ。こんにちは職員の方ですか」


「はい私はここの職員です」


 金髪のおさげを肩まで伸ばし、丸いフチなしメガネをかけた小柄な女性が駆けよってきた。


「私たちはこういう訳でレヴォントレットから来ました」


 アヤネは職員に招待状を見せた。


「まあ遠路はるばる。あ。お待ちしておりましたようこそ王都オラージュへ。すぐに城へご案内いたします。」


「もうし遅れましたが私はレモンと申します。魔法官僚をご案内するようにと、王様より直々に命を受けております」


「私はアヤネでこの子はフィオ。よろしくお願いします」


「ご休憩は大丈夫ですか?トイレとか……歯磨きとか」


「大丈夫です……」


「それでは、お馬はお預かりします」


 二人は馬を撫でてお礼を言い、レモンは赤と黄色の制服から黒ストッキングを覗かせて、そさくさと馬を連れて行った。


「ふふふふなんだか面白い人だね」


「笑わないの。彼女だって仕事に必死なんだからね。不器用な人を馬鹿にしちゃダメ」


「アヤネは不器用なの?」


「違います。わかりましたかーフィオ君?」


「はい」


 数分待つとレモンはなんと馬に乗って現れた。


「お待たせしました。ではご案内致します」


「えっと。あの。私たち今、馬をあずけたのですが、やっぱり馬に乗った方がいいですか?」


「あああーこれは失礼しました」


 レモンは馬から降りて何やらメモを取り出すと読み始めすぐにこちらを向いた。


「ご案内のルートは二通りございまして、馬に乗りながらゆったりと1層から5層までを見て回るか、エレベーターでお好きなところにだけ寄り

5層の王座の間へ行かれるかどちらになさいますか?」


「ゆったりのルートだとどれくらいかかるのでしょうか?」


「およそ半日くらいです」


「え、そんなにかかるんですか?」


 フィオは驚いた。


「この大さなら納得です。私たちはなるべく早くアウストラ様に合わなければならないのでエレベーターでお願いします」


「承知いたしました。いずれかの層へは立ち寄りますか?」


「いえ結構です」


「それえでいいフィオ?」


「うん大丈夫」


「では少々お待ちください」


 そう言ってレモンは馬を置きに行った。


「ねえ。アヤネ」


「どうしたの?」


「上。いや空見てあれ」


「空?空に何か」


「あれは階段?」


「丘の上で見たのはこれだったんだ」


 信じられないがケーキ城のはるか真上に虹色の階段が浮かんでいた。


「はい。あれは竜王様の住む天空城へとつづく階段なのです。我らオラージュ国民の祈りが届き、やっと現れたのです」


 いつの間にかレモンが戻っていた。


「竜王って伝説の存在ですよね」


「はい。ですが階段が出現した今、天空城もあり、竜王様も必ずおられると言われています」


「どれくらいで城まで届くんですか」


「王様はあと数カ月とおっしゃられました」


「あの階段が……」


 二人はしばらく見とれていて、フィオがボケなかったのでアヤネは感心した。



「すごい広い」


 オラージュの城第1層都庁舎の内部では職員たちが慌ただしく動いていた。


「皆さまお忙しそうですね」 


「新年度が始まったばかりですので」


「人がいっぱい。みんななんか頭良さそうですね」


「ここに務めている人たちはエリートなのでしょう?」


「そうです。国中から愛国心の高い優秀な人材を集めていますから。私もその一人というわけです。もう少し歩きますがどうかご容赦を」


「わかりましたー」


 テクテクと歩いていると。レモンと呼び止める女性がいた。


「その方々が魔法官僚?」


「そうです今しがた遥々レヴォントレットから来られて、これからご案内するところです」


 官僚ではないのだがいちいち説明するのは面倒なのでレモンには伏せていた。


「想像と違うね。魔法官僚って言ったら制服をびしっときめて、無表情で冷酷な目つきで仕事をこなすって聞いてたから。なんか親子連れみたいね」


 ――ああん?


「ちょっと失礼なこと言わないでください。この方々は王様が招待された大事なご客人ですよ」


「そっかそっか。ごめんなさい」


 レモンのフォロー虚しくアヤネがキレた。


「あなたね。見たこともない癖に憶測や想像で物事を決めつけていたら、いずれ、いや常に好きな男に振られますよ。いいですか?」


「はい……すみません」


「わかったら。さっさと失せなさい」


 職員の仕事を邪魔するわけにはいかないので大声は出さなかったが、それでもかなりの圧はあった。


「まったくエリートに在りがちだけど意外と世間知らずなんだよね。フィオも頭でっかちな人間にならないようにね」


「はい。わかりました」


 ひと悶着ありしばらく歩いた後、角を曲がり人のいない通路へ入った。


「先ほどは同僚が失礼を致しました」


「大丈夫よ。謝らないで気がすんだから。ねフィオ」


「僕は平気だよアヤネが怒ってるだけで」


「なんでそうなるのよ」


「沸点低いんだよ」


「な……」


 ――鬼嫁判定だ。鬼嫁。


「フィオだって嫌だったでしょ。魔法官僚の悪口言われて」


「いや、別に。だってみんな頭おかしいじゃん官僚たちも、先生たちも」


「もう! ……」


「あの。よろしいですか」


「は。はい」


「これよりエレベーターに乗り、ケーキ城5層までご案内致します」


 フィオと言い合っている間に目の前には豪華な門が現れた。


「さ乗りましょう」


「僕エレベーターは初めて」


「まあ。左様ですか。私がおりますので怖くないですよ」


 ――人のセリフを言いやがってこの野郎!


「そこで提案なのですが。最上階までしばらくかかりますので3層あたりで休憩というのはいかかでしょうか?」


「じゃあそうしてください」


「かしこまりました」


 1~5のボタンがあり、レモンは3のボタンを押した。


 ――地下は無いのか。このエレベーターは違う。


 扉が閉まり動力が作動すると機械の音がしはじめた。


「フイーン!」


「おお!すごーい」


「ふふ。フィオって機械とか好きなの?」


「好きだよ。魔法学校にもエレベーターあればいいのにな」


「可愛いね。男の子らしいとこあるじゃない」


「何それ。今まで男らしくなかったって意味?」


「違うって。男の子特有の趣味のイメージがなかったら」


「女の子の趣味のイメージだったの?」


「そうじゃなくて。フィオは可愛いし真面目だから」


「確かにね、同部屋のコゼットとはよく一緒にあそんでるんだ」


「え、女の子と同部屋。あの……わたくし初耳なんだけど」


「失礼します。もうすぐ3層へ到着します」


「!」


「ん!」


 レモンが知らせたその時だった。それは何か騒がしく少々いやらしいが叫び声というか断末魔のようだった。


「何の声? まさか人が挟まってるとか?」


「えええ~怖いよアヤネ」


「違います。これはここの名物のひとつビースト騎士の声です」


「何それ。ビーストって野獣ですよね?」


「はい野獣です。しかし誰かが叫んでいるわけでなく部品と部品がこすり合う音のようです。設備係には苦情がいったようですが……」


「修理していないのですね?」


「はい。何故か王族、貴族の皆様に気に入られまして。このまま現在に至ります」


「あっはっはっはは」


 フィオが大爆笑した。


「レモンさん! また聞けますか?」


「はい。上に層に着くたびにお聞きになれますのでご安心を」


「これは……」


 フィオのくだらない童心にアヤネはあきれていた。



 エレベーターが止まり3層へ着いた。


「ここは職人の層でして、国内外から選りすぐりのマイスターたちを定住させています」


「内部はこうなってるんですね」


 家々や商店が城の形に添うように建てられ、外側には防御壁がぐるりと設置さている。そのせいで城から外の風景は見えないが、所々に穴をあけておりそこから見ることが出来る。また監視塔が立っていた。  城の外から見たときにローソクの様に見えたのはこれだったのだ。


「作ったものをここで売ってもいるんですね?」


「はい。主に王族貴族の皆さま方のドレスやお洋服を仕立てる服屋が多いですね」


「他には防具屋、武器屋、アクセサリーを作って売る店でしょうか。城内部で売られているものは一級品ばかりですよ」


「へえそうなんですね。防具も武器屋も装飾品屋さんも見たいけど……フィオ」


「何~?」


「一番見たいのはドレスかな。結婚。式で着るのはどんなのがいいかな?」


「普通白だよねふつうは」


「何その言い方。まるで私がヘンテコなドレス着るみたいじゃない」


「そうゆう意味じゃないよー」


「ふふっよくわかってるじゃないフィオ-ネ様。白はレヴォントレットの国色だもんね」


 また頬を紅潮させクネクネしだした。 


「妄想してる場合じゃないよアヤネ。早く王様に合わないと」


「服屋さんだけみさせてよ」


「わかったよ」


「あ、すみません気が付かずに。お荷物持ちましょうか?」


「大丈夫です。魔法で軽くしてあるので」


「まあ便利ですね。私も魔法が使えたらいいのですけど、あ。この国では使用禁止でした」


「ええ何でですか?」


「国の方針です」


「へええ~」


「もしかしてテレサ魔法学校の生徒さん?」


「そうだよ」


 防具屋の前を通り過ぎると少し歩いたところに、ドレスなどを扱うオラージュ貴族ご用達の店があった。飾られたいくつもの召し物を見てアヤネは興奮した。


「素敵ね。私に何着てほしい」


「ねえフィオ」


「入学試験も大変なんだけどね、学期末試験を受からないと上の学年には行けないんだー」


「中々厳しい学校ですね」


「卒業試験なんかもっと厳しくて壮絶だよ」


(あ! レモンと親しそうに話してる。私はシカトかよ)


「聞いてんのかこの野郎ー!」


「ひえええ!」


 レモンは悲鳴を上げ倒れそうになった。フィオは床に落ちない様に彼女を支えた。


「あ。ごめんフィオ」


「アヤネ急に怒らないでよレモンさんがびっくりしてるでしょ!」


「あ……」


「僕は青かピンクのドレス着てほしいなー!」


「聞いてたんかい!」


「うん」


「わかったわ。フィオがそういうなら覚えてるね」


「!」


 再び穏やかなムードになったところで、鐘楼が鳴った。


 さっきまで倒れていたレモンは急に起きて時間だ。と言いながらバックからボトルを取り出し、飲んだ。


「それは何?」


「はあーはあーはあー」


「これは特性ベリージュースです」


「へえ~」


「とっても体にいいですよって言うのは嘘で蛇の血です」


「えええええ~」


 二人は驚愕した。


 ――そういえば魔法学校のソニーが言ってたな。


「何でそんなもの飲んでるんですか?」


「これは今王都で流行っている竜信仰の神聖なる儀式なんですよ。蛇の血を飲むことでわずかなエネルギーを竜王様にささげるのです」


「蛇の血?」


「飲んで大丈夫なんですかレモンさん?」


 アヤネとフィオが質問した。


「これはドラゴンスネークの血です。美味しくはないですが、まずくも無く特に体調を崩すということはありません」


「そして飲み続けることでいずれ竜騎兵になれるといわれています」


「りゅうきへい?」


「竜騎兵って確か……天空城にいるとされる蛇の頭をした兵士たち」


「正しくはごく少数の竜王様の下部。私たち竜信者たちはいずれは竜騎兵となるのです」


「疑いたい気持ちはわかりますが、王都の空に浮かぶ虹色の階段はご覧になられましたね」


「はい」


「それこそが信仰者たちの努力の結晶であり、神話は事実であるという証なのです。私たちが血を飲みエネルギーを捧げた結果あの階段が作られています」


 ――竜騎兵は……そんなわけないわ。やはりオラージュはどこかおかしい。


「いつから飲んでいるのですか?」


「私は半月ほど前からです。長い信者でも1年くらいですね」


「あ。お二人とも興味がおありですか?でしたら是非、竜教会へお越しください。私たちは出身身分問わずどなたでも受け入れますので」


「いえ仕事がありますのでまたの機会に」


「勿論。時間があればで構いません。それと運がよければモナーク大司教にお会いできますよ」


「モナーク?」


「はい。モナーク様は王様の最側近にて大参謀。我らが竜信仰の教祖さまです」


「初めて聞きました」


「他国の方はそうでしょう。モナーク様は数年前から王様に仕え、反乱因子を追い出しこのオラージュを強固な国にした聡明な方なのです」


「なるほど。頭の良い方がいらっしゃるのですね」


「……」


 勘の良いフィオはかすかに怖気がした。モナークという人物はベルサイユ女王誘拐の首謀者に違いない。そして竜信仰している人たちもきっとただでは済まないと。


「すみません。話こんでしまいましたね。ふふふ。それではケーキ城最上階王の層へご案内致します」


「お願いします」


 二人はレモンの話を聞いて血の気が引いた。蛇の血を飲み続けるなど尋常な事態ではない。再びビースト騎士のうめき声が聞こえたが、それどころではなくなっていた。



「ここが王の層」


 赤いじゅうたんに金色の壁、インテリア。それを合わせたような甲冑を着た近衛兵たち。


 3層とは全く違う光景が眼を差した。場外の風景ははまったく見えず城の中そのものであった。おそらく貴族が住む4層とも違うであろう。


「はい。どうぞお進みください」


「いらっしゃいませ。魔法官僚様」


「ようこそ我らが城へ」


「こんにちわ」

 

 今日二人が訪れることは城中に知らされているようだ。


「では早速お二人の部屋へご案内致します」


「さすが豪華ねここがオラージュの城最上階」


「ここは特別な層。本来ならば私も立ち寄れない高貴な場所です」


「そうなのですか?」


「はい。王族、貴族を除き4層以上は立ち入れないのです。衛兵となると話は別ですが」


「なるほど」


「さあ。ドアをお明けください」


「わあ~すごく広い」


「豪華な部屋ですね」


 二人が案内された部屋は客人用の超高級スイートルーム。一時だが血の気が収まり、新婚旅行気分になった。


「それではごゆっくり。じゃなくて謁見の準備が整いましたら、ロビーの方へお越しください」


 そういってレモンは後にした。


「はあ。疲れたねフィオ」


「うん。でもすぐに行くようでしょ」


「そうなんだよ。あ~着替えるのめんどくさいな」


 旅の疲れでベッドに倒れたが、アヤネは近衛の制服と鎧に、フィオは魔法学校の学生服に着替えなければならないのだ。


 いよいよ二人はアウストラ。そしてベルサイユの元へ。 

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