王都郊外スーホの町
「お世話になりました」
「ありがとうございます」
「こちらこそ。とても楽しい旅でした」
ベルサイユ女王救出のためレヴォントレットを発った一行はウマナミ橋を渡りオラージュ領に入った。王都郊外の町スーホに着いたのは昼過ぎだった。
馬車の運転手コッチマンとはここでお別れとなる。王族、貴族を除き、王都には馬車では入れない。
楽しいと言ったのは二人の会話であろう。時々おどけるフィオに真面目につっこむアヤネ。何かを食べているとき、寄り添って寝ているとき。仲睦まじい若い二人が幸せそうに話すのは壮年のコッチマンにとって実に微笑ましかったのだ。
そして、見ざる聞かざる言わざるがレヴォントレットの馬車引きの精神である。
彼は酒が好きなのか、ザパンダでも居酒屋に寄っていた。この町でもこれから飲みに行くらしい。
「お二方くれぐれもお気をつけて。ご武運を」
(賢者リーリエのご加護を)
「ありがとう。コッチさんもお気をつけて」
鎖帷子を纏い背が高くスラっとした壮年の馬車引きは古びたロングソードを揺らしながらその場を後にした。
「行っちゃったね。昼間なのにお酒飲みに行くのかな?」
「……みたいね」
「アヤネはお酒飲むの?」
「基本飲まないよ。態度がデカくなるし、翌日顔がデカくなるし」
「えー! 見たい」
「見なくていい!」
「今晩飲んでよ」
「やだねー」
「どうゆー時に飲むの?」
「秘密」
アヤネはそう言うと髪をなびかせ我先に歩き出した。相変わらず程よい大きさのお尻で、足は引き締まっており美しかった。
この町は、オラージュ国の東の入り口で、町は人であふれている。そして、その名の通り馬の産地である。周辺にはいくつかの牧場があり名馬を輩出していて、王族貴族たちに重宝されている。
いたるところに名物の馬刺しを扱う店があり、また商店街も活気があるようだった。
「明日からは違う馬車で行くの?」
「そうだけど」
「でもどうしようか。外国の馬車はあんまり信用できないから」
車内の会話で仮に作戦がバレたらまずいのだ。アヤネはうなずくと真顔になった。
「よし。馬に乗って行こう」
「僕乗れないよ。乗ったことない」
「私の後ろか前に乗ってくっついてれば大丈夫」
(いやんーくっつくなんて)
「……アヤネ馬乗れるの?」
「の、乗れるよー!」
「近衛だって騎士だからね。操れて当たり前なの」
「そっか明日は一騎当千だね」
「いやいや。誰もたたっ斬らないよ」
「どうして?」
「オラージュは同盟国なんだから、だれも襲ってこないって」
「へへへへへ」
「隙あらばすぐボケるんだから。言うならばクルセイダー千里を駆ける! かな」
「うるせえな千里を駆ける」
「あん? なんか言ったか今」
「なんでもありません」
「早く乗りたーい!」
「明日よ明日。今からじゃ着くの夜んなっちゃうからね」
「わかったー」
「まずは宿やに寄ろう。てか重くないの?」
「重くないよ」
相変わらず荷物は持ってくれるのだ。力持ちを誇示したいのか、それとも魔法の強さに気付いてほしいのかわからなかったが次の瞬間理解させられた。
「え、なんか用ですか?」
いかにも不潔な恰好をした体格のいい男たちが正面から近寄ってきた。フィオが前に出て先に話しかけた。アヤネは腰のロングソードを抜く構えをして睨みつける。
「首を飛ばすぞオノレら」
フィオは一瞬時間が止まった気がした。アヤネは本気を出すと恐ろしい。近衛隊長ともなれば武術の腕も一流である。相手が強者でない限り剣を抜かずとも、気迫だけで圧倒できるのだ。
男たちはビクッとして早足で去って行った。無精ひげが汚らしかった。
おそらくスリだろう荷物を持ってる人にわざとぶつかって盗んでいく。人が多く行き交う町には当然犯罪も多いのだ。
「ありがとう」
「んん?」
「荷物持ってくれてたのはそういうことだったんだね」
「そういうことってどうゆう事?」
「もう~とぼけないでよ」
「へへ」
「さ。ホテル入ろー」
なんの変哲もないデカいホテルだったが、清潔でスタッフの対応もよかった。大きさだけならテレサの宮殿くらいはあるかもしれない。部屋は3階だった。
「はあちょっと休もうか」
「ふうー!」
フィオは荷物を床におろし、服を脱いだ。
「ちょちょちょちょっとフィオどうしたの? ままだそれは早いよ。せめて成人してから」
急に上半身裸になった彼を見てアヤネはあたふたした。
「何が早いの? さっきからずっと暑かったんだけど」
「……」
「あ、ごめんね。じゃ休憩したら半袖の服買いにいこう」
オラージュはレヴォントレットよりずっと暖かくアヤネは半袖に着替えていたがフィオは白ローブのままだった。それでは暑いに決まっている。
「えーこれ着たくないから適当に買ってきてよ」
「服はそれしかないの?」
「うん」
「しょうがないなあ!」
アヤネは思いついた自分の服を貸せばいいのだ。そうすれば、そうすればこの美少年の体臭が手に入る。
(あ~いや~ん)
「フィオ-ネ様のフェロモンが」
「王様みたいに呼ばないでよ。どうしたの。アヤネはホルモンが好きなの?」
「んん! 何でもない。ふっふっふっふっふ。じゃあこれを着てみて」
アヤネは旅行バックから白Tシャツをひっぱりだした。
「すごいー似合ってる」
「ありがとう。これなら涼しいよ!」
「ふふっ服買ったらご飯も食べようお腹すいたでしょ?」
「うん食べよう魔人ラーメン」
「あるわけねえだろー」
(あれ?アヤネって実は口が悪い?)
服屋をめざし商店街へ向かう。宿屋街とは反対方向にあるのだ。水たまりのないまともな地面をあるくのは久しぶりだった。フィオもスキップしている。
しかしながら、街に入った時から誰かに付けられてるような気がした。後ろを凝視したが、人の多さゆえかそれらしい人物は見当たらない。本日も晴天である。
「ほら待ってよ~」
「アヤネって実は走るの遅いの?」
「え、早い方よ。早いほう」
「へえ~」
「近衛隊長が走り遅いわけないでしょうが」
「そうだね」
「でどっちが似合うかなあ」
「どっちがって」
「新着と古着だとフィオはどっちがいいかなって」
「古着は嫌だよ。着るのめんどくさいし」
「そっか。じゃ新着ね」
簡単に言うと古着は中世風。新着は現代風な衣装である。
「でもフィオはイケメソだから何着ても似合うと思うな」
「え? 何イケメソって」
「か弱い美男子って意味」
「僕弱くないよ。確かにアヤネみたいに剣や槍をぶん回す豪傑じゃないけど」
「ちょっ。豪傑ってそれ違うよ。ひげ蓄えて戦場に単騎で突っ込むのが豪傑」
「私は豪傑じゃありません」
「じゃあ僕も弱くない」
「ふーん。オバケが怖いってくっ付いてきたくせに。フィオ男なら女を抱き寄せなさい」
「え。わ、わかった」
フィオが真面目な顔になった。この色んな意味の魔力を秘めている美少年はどんな顔をしていても可愛いのだ。
「アヤネ……」
(いやん私ったら何いってんの! え。フィオ-ネ様あー)
フィオは勇気を振り絞りアヤネの腰に手を回したが、何者かに邪魔された。
「いらっしゃいませ」
「お客様。何をお探しですか?」
服屋の前で妄想を巡らしクネクネしていた二人を気にして、店員が出てきたのだ。
「あああああはい。この子のメンズの春服を探しています」
「アヤネえ大丈夫?」
「大丈夫だって! ほら、入るよ」
「どうぞ店内へ」
不愛想でマニュアル的対応の店員は二人を中へ案内した。とても清潔で明るく、ゴチャゴチャしていない、いい匂いのする静かな店だった。
「最近では、ダーク系のカットソーやTシャツが人気です。また上着としてカラフルな半袖のシャツを羽織るのもいいですね」
「うーむ」
「私はねもっと明るいのを着てほしいんだけど」
「僕は白とかベージュがいいかなあ」
「白やベージュ青もありますよ」
「うん。そうゆーの着てほしいの」
(旦那には)
「これ似合いそう。うんうん。あこれも似合う素敵。こっちもいいかな?」
アヤネは次々にフィオに合わせた。全く女の買い物のスピードには付いていけない。フィオは衣装室に入り着替えた。
「着れたー?」
「うん」
「ヒャ~よく似合ってるよ」
(可愛い! イケメン! 死ぬ)
「本当? 良かった」
「あ~」
アヤネは頬を赤くして跪いた。
「だ。大丈夫?アヤネ」
「大丈夫よ。あまりにも」
「あまりにも?」
「お客様。カーキーのパンツや白のダメージジーンズもおすすめです」
タイミングがいいのか悪いのかこの店員が気を使った。
「パンツ! パンツだってアヤネ」
「違う違う。メンズのズボンのことよ」
「ああーんやっぱり似合う。王子様」
「王様じゃないよ。将来の魔法大臣だよ!」
「あらいっちょ前に」
「僕ならきっとなれるし」
「私は執政かな? あなたより上ねオーほっほっほ」
「アヤネならなれるよ多分」
(な。そこツッコムとこだぞ)
アヤネと店員が選んだ服を着たまま店を後にした。任務中の支出はすべて経費になるが、フィオはお礼を言った。
「もぐ……もぐ……これは美味しい」
「そうでしょ馬刺しは美味しいの。良かったー!」
「美味しい。美味しいよアヤネありがとう!」
近くの定食屋でおそい昼飯を食べた。フィオはご飯大盛にしてもりもり食べている。なんでもちゃんと食べないと魔法が使えなくなるだとか。
「あーそれ寮母さんに怒られちゃうやつじゃない?」
フィオは食後に出たメロンソーダをすすっている。
「秘密だよアヤネ」
「勿論! 私はうるさい女じゃないからね」
「そうかな?」
「んだって?」
「そうゆうの飲みたいよね。わかるわ」
「私もよく炭酸の甘いの飲んで怒られてたな。魔力が弱くなるよ! って」
「アヤネは?」
「これはねルイボスティー。体にいいんだよ」
「っへええやっぱ大人になると健康のこと考えるのか」
(おい少年。婆あっていいたいのかこの野郎!)
「そう! フィオにもそのうちわかるよ」
「ふーん。え?」
突然現れた。半透明だったが二人にはわかった。小柄でスーツをきて帽子をかぶっていた。彼はララナガ隠密の登だ。メモをテーブルの上に置き去って行った。
町についてから後をつけていたのは彼だったようだ。味方である。アヤネは安心した。
(ホワイトホース102号室にて待つ)
そう書いてあった。
ホワイトホースは二人がチェックインしたホテルである。いよいよ明日以降に迫ったベルサイユ女王救出について、作戦会議というわけだ。
このホテルは大衆的な施設で、様々な年齢層が泊まっていた。人の出入りが少ない時間帯となるとやはり昼間である。アヤネとフィオは宿に戻りさっそく部屋に向かった。
「フィオ。大丈夫だと思うけど」
「わかってるよ。僕がバリアを張る」
「うん」
「そのバリアは30秒しか持たないから、解けた瞬間を狙って」
「わかった。流石ねフィオ頼もしい」
「ありがとう。絶対にアヤネを守るよ」
(止めてよその眼差し。私を守って いや~ん)
「その前にトイレー!」
「私もー!」
二人はトイレから出て、改めて部屋に向かった。本来、宿泊施設の部屋は作戦会議の場ではないが、今は仕方がない。
ドアをノックした。
「先ほどは失礼致しましたどうぞ中へ。付けられてはいませんな」
「ええ大丈夫」
「私はララナガの登と申します」
「私はアヤネで彼がフィオ。よろしくお願いします」
登はアヤネより小さい小柄で細身の清潔な男だった。ひげは剃っており頭はボウズ。色がしろく顔立ちは良かった。ララナガ独特の服装で軽そうな着物をきていた。武器は帯刀していなかった。
自己紹介の後、登は両膝を付き、両手を地面にあわせ深々と頭をさげた。
「ちょっと。そんな改まらないでください」
「先日の特別な計らいに加え今回の主の救出に際してのご助力。まことにかたじけない限りでございます」
「いえこれは執政から与えられた任務ですから。気になさらずに」
登はではと言い立ち上がり、奥に座る様に言ったがアヤネとフィオは手前に座った。登は一礼し、奥に座った。
机の上に簡単に書かれた地図があった。
「策の前に伺いたいが……あなた様方が魔法官僚?」
「それが……」
アヤネは詳細を伝えた。
「なるほど。それでお二方が」
「不満ですか?」
「いえ。ただ見分けるのにいささか難儀致しました」
登は二人についてはそれ以外探らなかった。
「現在王都には約30人の隠密が潜んでおります。郊外の森には斥候部隊。南の港町には水軍が漁船にて待機」
「すべて味方でござる」
「心得ました」
「私たちはこのまま王都に行き。アウストラ王に会います。その後は女王の世話係を任されるでしょう。機を待ち牢から助け出します」
「は。かたじけない」
「しかし、登さんあなたの能力ならばご主君のところまで行けるのでは」
「とんでもない。このケーキ城3層までは行けてもそれより上の層は無理でござった」
「無理でしたか」
「はは。ご存じの通り4、5層は王族貴族の住居。よって警備する兵士たちも強者揃い。気配だけで気づかれてしまいました」
「おそらくはそこにオラージュ地下の最高刑務所へと通じる道があると思われます」
「はい。まあ案内されるでしょうけどね」
「……確かに」
澄ました顔をしたアヤネと気まずい顔をした登だが、すぐに逆になった。
「いやいや私が言いたいのは。主を開放して頂いた後、援護できるのは3層からということです」
「あ、これは、失礼しました」
「……」
「ふう……ふう……ふう……」
二人の会話が詰まらなかったのか、長すぎたのかわからないが気づいたらフィオが寝ていた。まただ。
「も~フィオ! 起きな―!」
「あ。あ。あ。ごめんアヤネ」
「大事な話してるのに寝てる場合じゃないでしょ! わかる?」
「ちゃんと登さんに謝りなさい!」
「ごめんなさい」
「ははははは。お気になさらずに、私の口調が固いから仕方ありませぬ」
「そうだね」
「んん!」
アヤネはフィオに釘をさすように咳ばらいをした。
「して救出の時刻ですが。昼飯後ではいかがでしょうか」
「昼飯後?」
「つまり12時半です。その時間はすべてのオラージュではほとんどの国民が食事をとっている時間帯。つまり最も隙が出来る時間帯です」
「承知しました」
登はもう一度作戦を再確認した後、話し出した。
「最後に懸念すべきことが二つございますが……」
「遠慮せず言ってください」
「王都に潜入した際に、黒いローブと奇妙な杖をもった集団を見かけたのです」
「昔の魔法使いみたい」
フィオは目を覚ました。
「魔法使いの可能性もありますが」
「もしかして闇術師?」
「確定ではありませぬが、最近のオラージュの変わり様からしてあり得ることかと」
「僕に任せて」
「僕は純魔。どんな闇術も弾いて見せるよ」
(さすが将来の旦那様)
「それは頼もしい」
「アヤネのこと守るからね」
「フィオ-ネ様! 本音は言わないで~守るのはベルサイユ様でしょ!」
「……」
「あ」
「いえ主君ベルサイユが万全の状態ならば。ほぼ無敵に近いので心配ご無用と存ずる」
「そんなに強いんですか?」
珍しくフィオから聞いた。
「我らが主君ベルサイユ女王はララナガ史上最強の女傑。ベルサイユ様の発する気合は周囲に衝撃波をもたらし、弓矢、鉄砲玉、魔法攻撃をも退けまする」
「すごーい。それで、お尻は大きいの?」
「尻? 尻でござるか?」
「フィオ! 何聞いてるの」
「最強のオケツって言いましたよね?」
「違うわ女傑よ。強い女戦士って意味。まったく。魔導書ばっかり読んでないで国語も勉強しなさいよね」
「あはははは。間違えた」
登もつられて笑った。
「それでもう一つの懸念点というのは?」
「はは。女王は外国の器量のいい女子には手厳しいところがあり……」
「はい……え、私のことですか。やだー隠密さん」
アヤネは身体をクネクネさせた。フィオは弱冠冷めたような目で見ていた。
「近衛隊では一番美人だって言われるんですよ」
「アヤネ殿には少々失礼な態度をとってしまうかもしれませぬ」
「そういう事でしたら大丈夫です。これも仕事ですから」
――ずいぶん糞生意気な女王だな
「僕がいるから安心してください。二人の間に入ります。喧嘩はさせません」
「お頼み申す」
「ちょっフィオ何よ私が喧嘩早いみたいな言い方」
「違うよ。アヤネを守るって言いたかったんだよ!」
「本当?」
「本当だよ」
「それは、ありがとう」
アヤネはほっぺを赤くして黙ってしまった。
「話すことは以上ですね。我々はこれで」
「では、何卒よろしくお願い申し上げる」
「ええお互いにご武運を」
他国同士だ。これ以上の挨拶は無い。アヤネとフィオは部屋に戻った。だいぶ時間が経ち窓から夕日が差していた。
夕食はどこかで食べようかと思ったが、そんな気分ではなかったので適当にファストフードを買ってきて部屋で食べることにした。二人とも風呂を済ませて、食べ始めた。
「ねえケーキの城って、ケーキみたいなの?」
「そう! 外壁が白くて、見た目が5段ケーキみたいだからそう呼ばれるの。ヴァザリの丘から見える景色は絶景よ」
「そっかー」
アヤネはすっぴんでも普段と変わらないくらい綺麗だった。元々化粧が薄いのでフィオには違いがわからなかった。
「ん。これ、普通のウーロン茶じゃない!」
「どうしたの?」
「これたぶんアルコール入ってるわ」
――まずい。
店員が間違えたのだ。アヤネが飲んでいたのはウーロン茶ではなくウーロンハイだった。
「フィオ。それちょっと飲ませて」
「いいよ」
フィオのメロンソーダを吸った、こっちはノンアルだった。この美少年に酒なぞ飲ますわけにはいかないのだ。そしてすぐ自分のしたことに気づいた。
「アヤネ平気?」
「一杯くらいなら大丈夫よ」
(あ。間接キスをしてしまった。ああ、フィオ-ネ様と間接キスを)
アヤネの心拍が上がり顔も赤くなり、その一瞬の行いは次第に酔いを加速させていった。
(ひとまず冷静に、冷静に。酒乱がバレる訳にはいかないわ)
「ララナガの人達ってみんな真面目に話すのかな?」
「そんなことはないと思うけど少し難しくてかたい言葉使いをするみたい」
「でもあそこの国はとにかく清潔で独特な建物に、食べ物もおいしくて自然も豊かで暖かいんだって。いつか行ってみたいな」
「僕も行ってみたい」
「ねー。この任務終わったら、ふふふふ二人で行ってみない?」
「いいけど、春休み終わっちゃうよ」
「えー! じゃあ、夏休みは?」
「いいね。ララナガの夏って暑いんかな?」
「ララナガはレヴォントレットより暑いのよきっと」
「僕暑いの好きだからね」
(熱いの好き、どうゆー意味だろう。この美男子は熱い恋が好きなのか)
「アヤネまた妄想してるの?」
「とんでもないわ。妄想なんてはしたない」
「ふーん」
「何よふーんて」
アヤネの目はトロンとしている。
「たまに何か考えてるよね。そしてうっすら笑う」
「私はねえ一騎当千の近衛隊長よ。常に一手先を考えてるの。おわかり?」
「エッチな事とか考えてるの?」
「ブフォオ! なな何だとお」
――この美少年の口からエッチだと!
アヤネはウーロンハイを吹き出しそうになり、慌てて飲み込み、むせた。
「だっ大丈夫?」
「ゲホッゲホッ」
「やってくれたな。この悪戯ぼうず」
「ちょっちょっちょ待ってよアヤネどうしたの?」
ウーロンハイを飲み干したアヤネはパジャマを脱いで下着姿になる。酔いが完全に回ったのだ。青と白のランジェリーが目の前に現れた。
「これで終わりじゃないわ。今日は裸の私と寝てもらうからね」
「えええー! ダメだよ!」
「ダメじゃない。期待に応えなさい」
ランジェリーも脱ぎだした。出立前日の宴会然り、まったくテレサの近衛兵たちは皆こうなのか。困ったものだとフィオは風呂に閉じこもった。
「ちょっとフィオ出て来なさい。ずるいじゃない一人で閉じこもるなんて」
「服着てよ服ー!」
「それは無理な要求ね」
「じゃあ今日はここで寝るからねお休み」
「何よ女の私を一人にするの? あんたったら男らしくないわね」
「水飲んでよ水。酔いすぎだよ」
「嫌だ―。飲まない」
「飲んでよ。明日王都に出発だよ」
「飲んでほしいなら出てきてフィオ-ネ様。私の可愛い旦那様ー!」
「旦那になるなんて言ってないし」
「なんだって? いじわるー! 人でなしー!」
明日王都に行く。その一言で次第にアヤネは我に返った。敬愛するテレサより預かりし使命必ず果たす。歯を磨いてパジャマを着てベッドに入った。
「あー!」
なんとフィオが我先にベッドで寝ているではないか。
「もうーいつからそこにいたの?」
「へへアヤネが脱いでからずっとだよ」
「さすが純魔ね。もう一枚上手なんだから」
部屋の明かりを消した。外は雨が降っていたので月明りは無かった。暗さに目が慣れてきた時アヤネが聞いた。
「ねえフィオ……怖い?」
「……うん」
「私もちょっとね。怖い」
「え、アヤネも?」
「うん。こんな任務さ前代未聞だもん」
「僕も怖いけど……怖いけどテレサ様との約束だから。やり遂げて立派な魔法官僚になる」
「そうだよね。私がいるからフィオは安心していいよ」
「わかった。でもアヤネのことは何があっても守るよ絶対に」
「ありがとう。フィオのことは私が絶対に守る」
「僕たちはひとりじゃないよ」
「そうひとりじゃない。きっとレヴォントレットのスパイも王都にいる」
「みんなで女王様助けよう」
「そう。やってやろう」
「うん。いずれ僕が魔法官僚になったら二人とも嫁にするからね」
「んん? 二人……とも……」
「テレサ様……とアヤネ……」
「それは……一夫多妻って言う……」
「才能……があるて意味?」
「もう……辞書……引いて」
アヤネは疲労に加え酒の酔いが回り、フィオは眠くて限界だったが互いを守るように抱き合って寝た。
外は暖かい雨が降っている。二人とも夜が明けなければいいと思った。