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少年の旅

 平和が訪れて13年。モテる男の容姿にも変化が訪れた。

 

 戦乱の世では髭を蓄え、筋骨隆々で馬にまたがり槍や剣をぶん回す豪傑がモテたが、現在では細身で小柄で金髪の美男子が最もモテるのだ。

 オラージュ最高刑務所地下3階にて。


「化け物めよくも同僚を! これでもくらえ」


 消防用のホースで髪の毛を洗われるベルサイユ。


「ちょっとあんた! 痛いわね何してくれてんのよ。あーあ部屋がびしょ濡れ。水を止めろこの筋肉野郎がー!」

 

「ああああ! 耳がー!」


 毎度だがベルサイユが怒ると衝撃波が起こり、看守の鎧がズタズタになる。


「じゃあ早く水を止めろ。本気の気合は骨をも断つわよ」


「許してください。すみませんでした」


「さっさと髪を乾かしなさい! 床も拭いてちょうだいこんなんじゃ虫が涌くわ」


「はい。ただいま」


 看守が応援を呼び、3人程であっという間に拭きとった。


「さっさと失せて。ていうかさ女の看守いないの?」


「はあ。いますが」


「連れてきて早く」


「しかし担当が違いますので」


「あたしが連れて来いって言ったら連れて来なさい。気合で脳の血管切るわよ」


「それだけはー! ただいま連れてまいります」


 眠らされ、ここに連行されてから1週間ほどが経っていた。毎日ではないが時々オムツが光り、気を失った。そうゆう時は、目が覚めるとプーシキンが疲れ果てた顔で座っていた。しばらくすると文句を言いながら出て行くのだ。


 髪はホースで洗われ、歯は看守が磨いてくれた。食事内容もそこそこ豪華だった。


 袋詰めにされハンモックに固定されているため、さすがに入浴はさせてもらえなかったが、どうゆうわけか全く痒くなることも蒸れることもなく匂いもしない。やはりこの袋も特殊な作りのようだ。また伸縮性があり手足を自由に伸ばせるため身体が凝ることはなかった。ただ衝撃は吸収してしまうようで、看守に突き蹴りを繰り出しても無効だった。


「すごい素材があるのね。さすがオラージュ」



 しばらくすると本当に女の看守が来た。


「初めまして女王様。副看守長のアバローラだよ。よろしくね。さっきは部下が悪かったね」


 ――え?


「消防用のホースで洗うなんて酷すぎるわ」


「本当にごめんなさいね。お詫びとして平時の世話役はこれより私がやらせてもらうよ」


「ええよろしく。女の方がいいわ」


 アバローラは恰幅のいいおばさんだった。自分よりスタイルのいい美女が来たら噛み殺してやろうかと思ったが、違った。如何にもおっかさんタイプの彼女にベルサイユは心を開いた。


「早速だけど髪乾かしてくれる?」


「お安い御用さ待ってて」


 ドライヤーを持ってきて乾かしてくれ、櫛でといてくれた。


「ねえ。ここから出してくれない?」


「出せるもんなら出してやりたいよ。私だっておかしいと思ったものなんでララナガの女王様がこんなところにってさ」


「あ。そうなの」


「そうさ。だけどこのハンモックと袋は普通の人間じゃ破けないよ。魔法使いであってもたぶん無理だね。試しにやってみるかい」


 そういうとアバローラはベルサイユに向かって両手をかざした。次第に眩しくなり光に包まれたが袋は破けなかった。


「ああやっぱりだめだ」


 額には汗をかいていた。


「あんた魔法使いなの?」


「元ね。わかったろ並みの魔法使いじゃ無理なんだ。女王様を解放できるとしたら純魔とよばれる人たちだね。会ったことないけども」

 

 ――純魔。それテレサさんの国の魔法官僚ね。

 

 国際会議で見たことがあった。毎回テレサの傍らにいた数人の頭のよさそうな容姿端麗な官僚たちだ。


「純魔か……っていうか。この国の魔法使いは?ブラーナやキルケーはいる?」


「……それがね」

 

 アバローラは暗そうな顔になり口を開いた。


「1年前からこの国じゃ魔法は禁止になってしまったのさ」


「え。どうして?」


「オラージュ政府がすべての魔法には副作用があると決めつけてね。代わりに闇術を教えられてる」


「は? 闇術の方が危険じゃない! 魔法より殺傷力はあるけど使用者の命を削るわ」


「勿論。魔法使い達は非難し反抗したさ。でも政府の決定は変わらず一部は投獄され、残りの者は追放になった。ブラーナ様もキルケ―様も例外なくね」


「そんなことが……あんたは大丈夫だったの?」


「私が魔法使いだったのはずーと昔でね。禁止になったころには既にここに務めてたから」


「ああそう」


「でもさっきのはくれぐれも秘密で頼むよ」


「わかったわ。ねえ教えて。アウストラを変貌させて、この国を可笑しな方向に変えたのは……誰かいるんでしょ?」


「ええ。モナーク。モナーク大参謀よ」


「?」


 ベルサイユは初耳だった


「スモーク。燻製みたいな名前ね」


「冗談も言ってられないの。全部そいつのせい」


「どんな奴なの?」


「聡明さと温厚さを装って王たち貴族たちに取り入り、無茶苦茶な政策をすべて王の意志だとかかげて、今やこの国の中枢を支配している。異を唱えたものは全員投獄か処刑、良くて追放」


「あたしを攫ったのもそいつの策ね」


「そういうことさ。無茶苦茶だろ? 実はねモナークのことは昔から知ってるんだけど。元々は真面目で物静かな優男でね。歴史を研究するのが好きで色んな国を旅していたのさ」


「そんな男が悪代官に?」


「うん。15年くらい前かね、この街で会った時なんだか見た目が変わってたんだよ。向こうから声かけてきて最初は誰だかわかんなくてさ、顔色は悪いし頭が禿ててしわだらけで、病院行きなって言ったら。『うるさい糞アマ』と言ってどっか行っちゃってね」


「そんで戦争が終わって気付いてみたら王の側近になってるの。びっくりしたよ」


 ベルサイユは顔を傾けて思案した。


「う~んアウストラには会議で会ってたけど。そんな奴いたかしらね。見覚えがないわ」


「大参謀になったのは1、2年前だからね」


 その時エレベーターの音がした。誰か来たようだ。この話はここまでだ 


「アバローラ。誰か来たわ」


「え。それにしても女王様は美人だねー! 女の私が惚れちまうよ」


「ありがとう」


「綺麗だねー赤ちゃん♪」


「プーシキン! 何の用?」


「誰に口きいとんじゃ阿保が。ワイがオムツの衝撃波を抑えとるんやろ」


「そうだったわね。精々頑張ってー」


「フン。どころでどうだ?赤ちゃんに戻れた気分は?」


 ――こいつ!!!

 


 バトルが始まるのでアバローラに外に出るよう合図した。


「なんだか懐かしい気がするわ。ママおなか空いちゃったーあんたのをくれる? あ。ごめんごめんあんたのマイナスAカップじゃ煙しか出ないか」


「んあ? お前ー。貴様ー。よくもよくも毎回毎回痛いところを突いてくれるな」


 プーシキンの顔が赤黒くなり額には血管が浮き出ていた。相当怒っているw


「禁じ手やー! その自慢の髪を切ってやるぜよ」


「なっっちょと待ちなよプーシキン。あんただって細身で色白で美人じゃない」


「うるさい! はー今更遅いわい。チョキ♪チョキ♪チョキー♪」

 

 道具箱からハサミを取り何度も切る動作を見せる。


「そ。それだけはやめてよプーシキン女ならわかるでしょ」


「やだよーだ。チョキ♪チョキ♪チョキ♪」


――さあさあ恐怖しろ糞女王。パンクヘアーにしてやる。


 だが今にも切ろうとしたその時。プーシキンは目を疑った。なんとベルサイユの頭に40cm級の巨大ムカデが這っているではないか!


「は?え?」


「……ぎゃあー!!!!!」


「なんで!なんでムカデがいるんやー気持ちわりいいいい! おえええええ! いーやー!」


 大魔導士プーシキンはハサミを放り投げ、扉を大急ぎで開け悲鳴をあげながら逃げて行った。


 季節は4月で、まだムカデの活動期ではないがここは地下3階である。ごくたまに出ても仕方がない。


「え?ムカデ?噓でしょ」


 ベルサイユは周囲を見渡したが何もいなかった。


「おい! 付いてくるなよ付いてくるなー!」


 何故かムカデはプーシキンを追いかけているようだ。


「ははは。あっはっはっはっはー!」


 ベルサイユは大笑いした。


「助かったわ。ありがとう。こっちこなくていいけど」 


「君ー!」


 ベルサイユがお礼を言うと堅牢な牢に大きなムカデが這ってきた。胴体が黒く頭と足は青かった。珍しい色だと思った。


「髪を切られないで良かったです。」


「君! しゃべれるの?」


「しゃべれます私は女です」


「ちょっと待ってその声はテレサさん?」


「そうです。お久しぶりですねベルサイユ」


「そんな。ああ悲しい。かつて共に戦い旅をした仲間が虫になってしまったわ」


「またご冗談を、これは私の魔法です。知ってるでしょ破軍のベルサイユ」


「その仇名はあたしの黒歴史よ。やめてよね」


「ふうっ連絡がとれて良かった。今、私の配下の者があなたを助けるためにオラージュへ向かっています」


「え!ほんとに?」


「本当です。魔法官僚を派遣せよとアウストラから依頼が来たので、思うところありまして、官僚ではなく近衛隊長と魔法学校の優等生を行かせました」


「二人とも女?」


「学生の方は男の子です。魔力の強さだけなら私と同等でとても可愛い子です」


「頼もしいわね。で何歳?」


「今11歳です」


「年下の美男子が助けに来てくれるのね。その子次第だけど、夫にするわ」


「ちょっとベルサイユ! 取らないでください。その子は私に求婚したのですよ」


「はあ?何歳差よ」


「……27歳差です……」


「あたしがララナガに連れて帰るわ」


「……」


「冗談よテレサさん」


「いやそうしてください。但し、あの子がイエスと言ったなら」


「いいの?」


「あの子は赤子の頃から私が育ててきました。血は繋がってませんがわが子同然なのです。くれぐれも大切にしてくださいね」


「そうだったのね。わかったわ! ありがとうテレサさん」


「いえ。それとララナガの隠密達と水軍もすでにそちらにいるかもしれません。一行が付き次第作戦に取り掛かります」


「さすが愛するわが家臣たち。早く会いたいわね」


 ベルサイユは吉報を聞いて一気に明るくなった。なんせ婿が手に入るのだ。


「本当に礼を言うわテレサさん。このご恩は国を挙げて必ず返します」


「ベルサイユまだ油断は禁物です。くれぐれも気を付けてください。ご武運を!」


 そう言うとさっきまでくねくねと動いていたムカデの触角が止まり、ベルサイユを守るようにそのまま全く動かなくなった。


 (常に希望はある……ね)




「フィオ?」


「うんそう呼んで」


「いいけど」


「フィルってよんでいいのはテレサ様だけだからね」


「なんでー?」


「なんでも」


「わかったよ」


 お互い長くなりそうなので、アヤネの提案により敬語は無しになった。


 レヴォントレットの王都ローシを出てモーゲアス街道を西に進んだ二人は、山々のふもとにある町ザパンダ近くまで来ている。


 天気に恵まれ、遠くのガスプラントが見え、地面にはまだ雪が残っていた。


 フィオはリュック1つだがアヤネは大きな旅行バッグを2つ持ってきた。馬車の中は暖房が効いており隙間から空気は抜けるものの温かかい。それもコートを脱ぐほどではないので二人は着たままだ。

 

 アヤネが作ってきてくれたサンドイッチを食べながら、お互いの履物が気になっている。アヤネはジーパンに茶色いブーツを履いてきたが、フィルは白いローブがコートから出ていてベージュのズボンをはき、真っ白な新しい運動靴だった。


 なんでもそれしか靴は無いというのだ。2日後にオラージュ国王との謁見が控えるというのに、彼のこうゆう時々無頓着で天然なところがアヤネは可愛いのだ。


「卵がフワフワしてて美味しいー」

 

「ありがとう。いい奥さんになれるかな?」


「わかんない」


 ――おい


「これはなんていう武器なの?」


 フィオがホットミルクを飲みながら聞いた。アヤネの傍らには武器が二つ置いてある。


「これはね青龍刀っていって近衛隊の装備のひとつなの。持ってきたのは折り畳み式というか、組み立て式ね、そう携帯用!」


「へえーこれで斬られたら痛そう」


「うん痛いよ。剣と違って叩き斬るイメージね」


「じゃあこの剣はなんていうの?」


「これはねロングソード。近衛だけじゃなくて騎士の基本装備ね」


 柄と鞘は深い青色で塗られていた。

 

「一騎当千なんでしょ?」


「流石に千人相手は無理ね。いや……いけるかな?」


「すごいー」


「冗談よ。本気にしないで」


「いやミラがああ言ったのはね。」

 


 フィオに説明した。


 それは1年前の5月のこと。郊外で執政テレサが花見をしていた時。突然、森の中から賊が現れ雄たけびをあげながら突っ込んできた。


 総勢30人くらい。同行していた近衛隊は10人足らずでアヤネは皆にテレサを守らせ、故郷に伝わる独特の気合を発して、青龍刀をぶん回しながら単騎突撃した。出鼻をくじかれた盗賊団は慄き一瞬で青龍刀の餌食となった。10人程アヤネが討ち取り、残りは加勢したミラとアイリスに討ち取られた。

 

 彼らは全身黒ずくめの鎧だったのでどこのものかは考えるまでもない。この特徴的な装備はレヴォントレット北東の海に浮かぶ小さい島国スカルである。ここはかつて海賊が支配していた島で、世界中の無法者や国を追われたものが最後に目指す地だと言われているが、国柄ゆえに内政は不明であった。


「テレサ様を狙うなんてそんなの許せないよ! 僕が守るから。今すぐ引き返そう!」

 

 フィオが真剣な顔になり無理を訴えてきた。可愛すぎて心拍が上がった。


「落ち着いてフィオ。あれから襲われてないし国内で賊は出てないから。それに隣国のカサーラも監視しているから大丈夫よ」


「……」


「この一年の間に郊外や海沿いに駐屯地をたくさん作ったの。みんなを信じて。それにテレサ様は最強だからね」


「そっかそうだね。わかった」


「うん」


「はははやっぱアヤネ強いんだね。僕強い人好きだよ」


「そうなの!」


(やだ。好きだなんて)


 二人は慣れない馬車に揺られながらいつの間にか寝てしまった。



「アヤネ殿もうすぐ町に着きまする」


 年老いた運転手のコッチマンが伝えた。


「あ。はいわかりました」


 いつの間にか太陽が傾き夕方になっていた。フィオも起きたようだ。


「うーん」


「まだ寝てれば」


「起きるよ」


「ねえザパンダのは町きたことある?」


「初めて」


「じゃあワクワクね! ザパンダと言えば魔人ラーメンが有名なの」


「魔人? それって辛いの」

 

「さすが優等生! うん辛いけど辛さだけじゃなくってー出汁がちゃんと効いてるのよ」


「具はどうなってるの?」


「それは行ってからのお楽しみね」


「ん~」


「ほら町が見えてきた」


「わ~あの建物は?」


「あれはオニオン大聖堂ね。屋根が玉ねぎの形してるでしょ」


「面白い。綺麗な色だね」


「そうね明日にでも行ってみよっか」

 

「ご到着です」



 ザパンダの町についた。


 建物の外壁や屋根の色は統一されておらず。カラフルな色をしていた。コッチマンが言うには雪男対策らしい。


 馬車で宿の近くまで行き、そこでまた明日と言いコッチマンとは別れた。


「悪いって1つ持つよ」


「ダメだよ。これくらいできなきゃ男じゃない」


 フィオは自分のリュックを背負いアヤネのバッグも2つ持ってくれた。見た目によらず怪力なのかそれとも魔法を使っているのかそれは彼にしかわからない。


「こんにちわ!」


「いらっしゃい」


「2名様で。1部屋でいいですか?」


「ははははい! ベッドは……ダブルで」


 フィオはぼーっとして聞いていたが、アヤネは顔を真っ赤にしてドキドキで話していた。


「ありがとうございます。あ。1拍ですか?」


「はい」


「かしこまりました。ではご記入を」


「明日の朝食はビュッフェ形式になっていますので。あちらの食堂で。チェックアウトは10時までにお願いします」


「どうも」


 アヤネとフィオは鍵を受け取り部屋に入った。狭かったがシャワーもトイレもあり古風な感じが良かった。元々小さな城か教会だったようだ。


 コートを脱ぎ二人ともベッドに横たわる。アヤネは黒のタートルネックのセーターを着ていた。


「はあ~疲れたね」


「疲れたね。このまま寝たい」


「ねえ。あ、相部屋で良かった? ベッドも一緒だけど」


「そっちの方がいいよ。ひとり嫌だもん」


「そっか」


「幽霊とか出てら怖いからさ」


「へえそうゆーの信じるんだ?」


「うん」


「ふたりなら出ないとは限らないよ」


「えー怖いよ」


 フィオはアヤネに抱き着いた。よっぽどのトラウマがあるのだろうか。それとも淡い下心か。


「変な事言っちゃった。ごめんねフィオ」


 (いや~んフィオ-ネ様もっとくっついて)


 フィオはアヤネの餅に顔をうずくめた。テレサ程ではないがそこそこ大きかった。


「は! アヤネ大丈夫? すごく心臓がバクバクいっているよ」


「ひぇえー大丈夫だよ。大丈夫」


「ほんとに?」


 アヤネは深呼吸して落ち着いた。


「大丈夫だって、ねえフィオ-ネ君。乙女心……少しはわかってね」


「うんわかった」


 ――わかってないな。

 


 スープが黒くて、麺は真っ白。鰐の肉ととても小さい卵がたくさん入っていた。夕食は「魔王の城」という名のラーメン屋に寄った。店の外観は小城の様で紫と黒で彩られていたが、店内は木にコーティングをしているだけで自然な感じだった。


 客は全員同じものを注文していた。どうやら1種類しかないらしい。


「辛くて美味しいけどこれは何?」


「それはねサルマン大ガエルの卵を燻製にしたものなの食べてみて」


 深い緑色の小さい卵をレンゲですくい口に運んだ。


「うん! これ美味しいよすごい濃厚な卵って感じがする」


「良い舌してるねお兄さん。嬉しいよ」


 ガタイのいい短髪の店主は声が大きかった。


「本当。この麺も細くなくてコシがあって好きです」


「ありがとな素材にもこだわってんだ。手間かけた甲斐があるぜ」

 

「こんな不思議で美味しいもの初めて食べた。アヤネありがとう」


「そんな。フィオが喜んでくれたらそれでいいの」


「ちょっと気になったんだけどサルマンて人の名前?」


「そうよ! 神話に出てくる魔王の名前」


「頭が切れるね兄ちゃん。サルマンは大昔にこの村を滅ぼした魔王の名さ。突然あらわれてこの村を焼き払って。ここら一帯と今のオラージュの半分くらいを支配したって話だ」


「そこで現れたのが勇者ミケラ様だ。その圧倒的な力でサルマンを倒し山の地下深くに封印したんだ。邪神だけじゃなく二度も世界を救ったことで正真正銘の勇者と呼ばれるようになったんだぜ」


「すごい話ですね」


「おうよ。で生き残った俺の先祖が二度と魔王が復活しない様にと願いをこめて作ったのがこのラーメン屋。魔王の城なわけよ」


「納得いきました。またここに食べにきます」


 フィオも11歳なので一応敬語は使えるのだ。


「ありがとな」


 二人とも満腹になり。宿へ帰ると旅の疲れかさっさと寝てしまった。


 手はつながなかったが、夜中アヤネの方に来たので腕を回しフィオを抱き寄せた。


「おはようフィオ。シャワー浴びたら」


「んんあ。おはよう」


 フィオは水を飲むとシャワー室に入った。出てきたらアヤネは少年にしては長い髪をドライヤーで乾かしてやった。


「ありがとうアヤネ」


「うん。本当に綺麗な髪ね」


「アヤネの髪も綺麗だよ。その色が好き」


「やめてよねフィオ」


「ほんとだってば」


「あ。ここから見えるよ玉ねぎ大聖堂」


「はははそっちの言い方のが面白いね」


「へっへっへ」



 朝食を適当に食べ。大聖堂へ向かった。


石段の地面を所々水たまりが覆っている。二人ともジャンプしてやり過ごした。コートを着ていたがアヤネは前のボタンを外していた。隙間から見える餅は時折揺れた。腰はくびれていて、長く引き締まった脚が美しかった。


「わー! ここが玉ねぎ大聖堂か」


 高く見える玉ねぎ型の屋根。


「ん。あの銅像は何?」


「あれはね町の英雄で魔法使いの兄セルシウスと弟のバーレンハイトよ」


 二人ともローブ着て杖を持っていた。アヤネが言うには魔王が村を焼き尽くした時、生き残った人々を兄弟は大聖堂の地下に隠し、床に強力なバリアを張って魔王と戦った。二人は戦死したが魔王を追い払うことに成功し地下の人々は難を逃れたのである。


「フィオ中に入ろう。その像気になる?」


「やっぱり杖を持ってる」


「え?」


 フィオが小声で呟いたのでよく聞こえなかった。


 木でできた扉を開けると美しい創りが目に入る。内部は黄金の装飾が施された荘厳な雰囲気の空間となっていた。


 黄色と薄いオレンジ色の大理石でできた床と壁。古風なステンドグラス。いくつものシャンデリアにあるロウソクが明るさを保つ。置かれている長椅子だけは似ていたが、魔法学校にある古びた教会とは豪華さが違った。さすが大聖堂と言われるだけある。


「わー! すごい」


「ここはいつ見ても綺麗ね」


「ねえ。あっち行ってみよ」


 聖堂の奥の部屋には祭壇があり真上には多数の窓が囲うように張ってある。


 外は曇っているが日が差せば太陽光が一か所に集中する仕組みになっているようだ。何か玉ねぎのような丸いものが祭られていた。


「ここからは司祭専用みたいね。天気が良ければあそこの玉ねぎがきれいに光るんだけどな」


「えー見たいよ」


「うーん晴れればいいけど。どうかな?」


「どうかなー」

 

 信者だか観光客も同じように呟いていた。アヤネとフィオは地下に行った。


「急だから気を付けて」


「アヤネがね」


「私は大丈夫よ」


「じゃあ僕も大丈夫」


(からかわれてる? これはお近づきの証)


「うーん狭いね。ここに町の人が隠れたの?」

 

 階段を降りると、洞窟になっていて観光客が何人かいた。地面は砂で覆われ正面奥には二つの杖がクロスして飾られていた。その前で写真を撮る人もいた。


「昔はねもっと広かったみたいなんだけど。地盤を強くするために埋めたんだって。あこれじゃない?」


 横を見ると確かに工事の跡があった。


「ふ~ん」


 フィオはここの広さなどどうでも良くなっていた。杖に夢中になった。


「これはセルシウスとバーレンハイトの杖ね。」


 杖は木でできていて、年季が入っており、テレサの部屋で見たものと似ていた。フィオはじーと隅々まで見ていた。


「フィオは杖に興味あるの?」


「うん。なんで昔の魔法使いはみんな杖を持ってるんだろ?」


「これは私の育った村の言い伝えなんだけど。杖はね魔法を強くするんだけど……その分、体力と精神力を消耗するって」


「だから今の魔法使い。テレサ様や先生たちは使わないの?」


「そう。私は他にもね理由があると思うけど……」


「何?」


「あまり大きい声じゃ言えないから」



 アヤネがそう言うと二人は宿に戻り荷物をまとめ馬車に向かった。


 そろそろ出発の時間である。今日中にはウマナミ橋を渡りオラージュ領に入らなくてはならない。


 馬車に乗るとアヤネが真面目な顔をして話し出した。


「フィオ。さっきの続きだけど。黒魔術って知ってる」


「闇術のこと?」


「そう。私の故郷じゃね、命を削る黒魔術って教えられるの」


「ここ数百年使い手は現れてない。それで私が思うにはかつて闇術士達も杖を持っていて、彼らとの明確な違いを示すために、魔法使いは杖を置いたんだと思うな」


「へえ~」


「ただの想像だけどね」


「杖持った方がカッコいいのにね」


「んん。だからー魔力が高まる分、負担が大きくなるのよ。それを繰り返すと疲労が蓄積していって精神異常をきたすの」


「それって頭がおかしくなるってこと?」


「そうそうそれ」


「だからテレサ様も官僚たちも頭おかしいのか」


「うんそうね……ちょっと今のは失言よフィオ」


「えええ! アヤネもうんて言ったよね?」


「言ってないよ! デマはダメよ優等生」


「言ったよ」


「言ってない」


「言ったって」


「ゆってません!」


 女王救出はさておき、仲睦まじいおふたりはいよいよ国境を跨ごうとしていた。




 ここはララナガの正月城。代々国を治めるドゴール家の居城である。


 失踪した女王ベルサイユ・ドゴールに代わり城代をつとめるは宰相数電。彼はツルッツルの禿げ頭で傷だらけの引き締まった体に黒一色の法衣をまとっている。


 数日前のこと。帰国した隠密達からレヴォントレット執政テレサの書状を受け取り、主君である女王ベルサイユ救出の手配を隠密達と水軍に指示したのである。テレサへ返事もした。して新たなる課題が目の前にあった。


「うーむ」


「う~ん」


「やはり城代はアリア様が成られた方がいいのでは」


「やだ。無理。あなたがやりなさい。何回目よ……」


「通例では親族が務めるものでございます」


「何それ知らない」


「てか。この歳の姫にやらせないで。大丈夫よ姉さんならすぐ帰ってくるわ」


「……はは。婿殿さえいれば務めて頂きたいところですが」


「ふんっ! 独身で悪かったわね。そもそも姉さんが面食いなのが悪いのよ」


「御意。ベルサイユ様もアリア様も既に立派な大人。いい加減、婿を取らないと手遅れになりまする」 


「手遅れとか言わないでよまだ17よ。姉さんが帰ってきたら言っとくわ」


「何卒」


 アリアは三姉妹の末っ子だ。上二人と比べて小柄で細身なほうで背は150cmくらい。胸はDほど。


 黒の小袖の上に赤い着物を重ね着して、髪はショートの黒っぽい紫。もっこりした頭には金の簪を挿していて、ぱっちりと大きい目をした美人である。


「あとね婿を取るなら外国からがいい」


「恐れながらそういうわけにもいきますまい。婿殿が参られればいずれはこの国の将軍職並びに重役を担っていただきます。外国の者には無理と心得まする」


「絶対やだ」


「ベルサイユ様もアリア様も年下の美男子がお好きだと。さすれば小姓達にたくさんおりますでしょう」


「確かにみんな可愛いけど。みんな髪型一緒だし、地味で真面目で『はい』しか言わないじゃない」


「……」


「何回か一緒に出かけたけど、ず~とお姫様扱いでしんどかった思い出しかない」


「……ははあ」


「して外国というと」


「北の雪国! そこのイケメン純魔なら私も姉も考える。但し年下ね」


「んん……ご検討致しまする。しかし今はベルサイユ様救出が第一」


「だからさあ、姉さんなら大丈夫よ。オラージュはどうなることやら。フフフフフざまあみやがれ」


「あと数電。姉さんの気分次第だけど、戦の準備はしといて」


「それは……」

 

 無論。外敵から守る段取りは整っているが、他国へ侵攻となるとまた策を改めなければならない。

 

「最終手段だけどね、なったらなったでオラージュがわが手に」


「いえ戦とはそう簡単な話ではありませぬ」


「なんでよ。よく考えてみて三姉妹で私だけ国持じゃないなんておかしいじゃない!」


「おかしくありませぬ。パリジェンヌ様、ベルサイユ様共に偶然に偶然が重なった結果、領主となられたのです」

 

 パリジェンヌはドゴール三姉妹の長女で妹たちを凌ぐほどの絶世の美女であるが、家督をめぐりベルサイユと大喧嘩の末、国を出てしまった。


 今はララナガのずっと東にある大陸のホビット族が暮らす国。モリンガの領主になっている。


「やだ。私も絶対領主になるわ。なる。なーるー!」


「……ご領主に御成りたくば、まずはその欲を捨てなされ。一国の主とはなりたいと思ってなれるものではありませぬ」


 数電は聞き分けのないアリアにそう言い捨てて談笑の間を後にした。



 ベルサイユ女王は女子ながらも合気を極めたララナガ史上最強の武人である。それだけに今回の失踪事件は衝撃的だった。討ち死にした国境警備三番隊と斥候部隊の家族には口止めはしているが、国民の間に広まるのは時間の問題だった。


 女王を人質に、何か要求をしてくるのではと考えたが未だにオラージュからは音沙汰無し。


 数電はもしかしたら他の目的があるのではないかとまた、思案をした。ただ今は救出に向かった者たちとレヴォントレットの魔法官僚を信じるしかなかった。




 再び仲睦まじいおふたり。


「闇術士を父に持つ後の大魔導士サルヴァトーレは……」


「ふう……ふう……ふう……」


「あ!」


「フィル・フィオ-ネ! 人が真剣に話してるのに! 寝てないでちゃんと聞きなさい!!!! あなたがもっと詳しく教えてって言ったんでしょー!」

 

 アヤネは少し声のトーンを上げ、冷静にフィオを叱った。


「ああああ……ご。ごめんアヤネ」


「あ。私ったら。ごめんねフィオ」

 

 近衛隊長のいつもの癖が出てしまった。


 黒魔術についてアヤネにしつこく聞いたフィオだが、あまりに詳しく難しく話すので、飽きて寝てしまった。それに怒ったアヤネだが我に返ったw


「アヤネ。怖い」


「ごめんね」


「こわーいー」


「ごめんなさい。もう怒らないって約束するからほんと」


「わかったよ。僕もごめんね。また今度教えて」


 (このー!! 可愛いから許す。でも鬼嫁判定されたかも)


 揉めたのち仲直りと言って手をつないだ二人はウマナミ橋を渡りオラージュ領に入った。


 しだいに気温が上がり二人ともコートを脱いだら馬車の外には大緑園が広がった。そして街道沿いの町に立ち寄るのだ。明日にはアウストラ王との謁見が控えている。


 アヤネは白い半袖ののセーターを着ていてフィオは相変わらずだった。彼女はとても綺麗に見え、フィオはこの二人だけの時間が永遠に続けばいいと思った。

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