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雪国の支配者

「ううー寒いな寒すぎる足の感覚がねえ。手も動かねえよ」


「ぐだぐだ言うない馬鹿たれ。女王様は俺たちよりつらい目にあってるかもしれねんだぞ」


「わかってるさ例え心の臓が凍っても探し出して見せる。そういうおめえだって鼻水凍ってるじゃねえか」


「そりゃこんな極寒、慣れてねえからな。なんでえこの吹雪は」


「俺たちは雪男ってわけだ」


 レヴォントレットの僻地にある刑務所の近くの林で、スーツの上にコートを羽織った中年中肉中背の男が二人、仲間を待っていた。


「待ってろよ女王様ー!」


「銀二! 声がでけえやい。守衛に怪しまれるぞ。しかし……遅いな登の奴」


「あいつうまくやったのか? 捕まってないよな」


「やつは半透明になれるからな、そんなことはないと思うがとりあえず日暮れまでは待とう」


 登は二人より一回り若く小柄な忍びであるが、正午に入ったきりいまだに戻ってこなかった。つまり伊之助と銀二は昼飯も食わず、7時間ほどこの場にいるのである。


「腹減ったなー」


「そんくらい辛抱しろい」


 体力をうばう寒さ、眉毛鼻毛は凍り、二人の手足の指先は感覚がなく凍傷になりかけていた。日暮れと共に精神の限界が迫る。登が突然後ろに現れたのはそんな時だった。

 

「どこにもおられぬ。くわしい話はあとに、今すぐここを離れましょう」


 ――どういうこった。


 3人とも辛くもその場を後にした。


 村に付き、宿で暖を取った。


「隠し部屋を含めくまなく探したがどこにも見当たらず……囚人に聞いてもみんな頭は? でした」


「ちくしょう」


 伊之助がしずかに言った。今日含めて三つの刑務所に潜入したが女王はいなかった。


「ここにも居ないとなると。やはり王都のレオナルドの城か、もしくはゴッドマザーの宮殿」


「その二か所以外ないか。悔しいが、わしらのこの足では何もできねえ。歩くのもやっとだ」


「……明日の朝、私だけで行きまする。お二人はここで足を治療してください」


 登は伊之助と銀次郎の凍傷を心配した。


 三人が領内に入ってからというものスパイ行為を悟ったように季節外れの吹雪が続いた。本来ならばツララが落ち雪が解ける時期である。雪国をなめていた寒の戻りを忘れていた。寒ささえなければと思った。


 1週間前ララナガ郊外の森でファンクラブのオフ会をしていた主君ベルサイユが突然行方不明になった。

 

 ララナガの宰相数電は大国の仕業だと察知し、即刻、国境封鎖を命じたが下手人の方が早く、伝令が着いた時には国境警備隊は一人を除き全滅していた。


 その重傷の警備兵が呟いたのが「異端の魔女」と「レヴォントレット」だったのだ。


 数電は、山犬を操るララナガ斥候部隊に匂いと辿らせると同時に我ら隠密にレヴォントレット潜入を命じた。というわけだ。


 登が熱いお茶をすすりながら今後の作戦を練っていると、誰かが部屋のドアをノックした。


「誰だ?」


「宿の主のテドンだ。あんたら酷い凍傷だったろ?治療をしてやる薬を持ってきたぞ」


 確実に主の声だったので扉を開けた。


「これは旦那さん。ありがとうございます」


「スピー!」


「すぴ? ……」



「おい起きないか! 起きろ!」


「うっ」


 男の怒鳴り声がし、冷水を掛けられた登はすぐに目が覚めた。心臓が止まる様だった。


「起きろ!」


 目を開けているのに棒で叩かれた。伊之助と銀二も一緒のようだ。半透明になろうとしたがもう体力がない。


 ――ここはどこだ?


 登は状況を理解した。眠らされ様式の建物に連行されて手足を縛れている。


 部屋は暗く寒かった。複数の兵士がこちらに槍を向けていて、少しでも前に出ればひと突きされるだろう。彼らの中央には鎧を着ていない青と白の色の軍服の男が立っていて、自分は魔法戦士隊1番隊の隊長だと言った。


「お前らは何者だ? と問うまでもないな。荷物を調べたところ、特徴的な武器と服が出てきたぞ。ララナガから来たスパイだな? 何を調べに来た?」


「うっっ」


 当然三人とも口を開かないのでまた水をかけられた。建前ではあるが諜報行為は国際条約違反で、捕まれば死刑は免れない。


「何の用だ? なぜ我が国を探った。答えろ」


 棒で肩をたたかれた後また水をかけられ、更に殴られた。


「流石はララナガの隠密。こと切れるまで口を割らないか、ならばこれはどうだあ?」


 親衛隊長が伊之助と銀二の凍傷の足を両足で踏みつけた。


「くっ!」


「さっさとしゃべった方が楽だぞ、ねずみ野郎どもが」


 ――また水だ


「は~仕方ないな。こいつを使うしかないか」


 親衛隊長は大きな剪定バサミを持って切る動作をした。三人とも動じなかった。いや体力の限界が突破し意識を保つのがやっとだったのだ。


 三途の川が見えかけたその時。かすかにもういいでしょうと女の声がした。


「そこまでです。皆の者!」


 突然だった。いつの間にか王座に誰か座っていて、周りにも色々な武器を持った女の兵士が数十人現れた。


「下がってください。ご苦労様でした」


「命拾いしたなお前ら、精々我らがご執政に感謝することだな」

 

 さっきまで登たちを痛めつけた魔法戦士隊は部屋を後にした。


「はじめましてララナガの民。レヴォントレット執政テレサ・アルバラードです」


 ゴッドマザーだ。年齢は30代後半くらいで、青と白が混ざったドレスに銀色に輝く毛皮のコートを羽織り、美しく長い金髪を後ろに束ねていた。優しい声と時折ドレスからのぞかせる肉付きの良い長い足が三人の心を癒した。


「あ」


 彼女を見て悟った。連行された場所は王都の宮殿である。


「もう話しくださいますね?」

 

 気が付いたら部屋が明るくなり、寒気がなくなった。うずくまっていた伊之助と銀二も背筋を伸ばして正座をしている。


「わかりました。では」


「いや待て儂が話そう。我らはララナガの隠密。1週間前に行方をくらました主君を探すため、下手人が残した痕跡をたどりこの国にたどり着いた次第です。捜索したのは3地点の刑務所のみ。いずれも見つからず」


 隠密の長である伊之助が話した。


「なるほど。残念ですがこの国にベルサイユ女王はいません。あなた方は出し抜かれたのです。すべてはオラージュの仕業。完璧な証拠がここに」


 そう言って豪華な箱から手紙を出すと。近衛兵が登たちの方へ持ってきた。


「今しがた使者がきたところです。ご自由に中身を改めてください」


 伊之助は丁寧に手紙を開け読んだ。


『前略 執政テレサ・アルバラート殿 

 とある計画の為ララナガ女王を捕らえわが国に連行した。彼女の一騎当千の気迫は並みの人間では耐えられぬ。

 よって、その世話係として優秀な魔法官僚を数名派遣されたし。

                      オラージュ国王アウストラ・カーレルヴァザリ』


「何ということだ……この強度の高い紙、豪華な封筒、筆跡、これは王族が使うものだ。この手紙に間違いはねえ。我らが主はオラージュに居られる。」


「よかった。誤解が解けたようですね」


「しかし、テレサ様。諜報行為の罪はいかがなさいますか?」


 執政を守るように取り囲んでいた近衛兵がつぶやいた。


「アヤネ。今回は不問とします。あなた方は人を探しにこの国に来た。諜報ではありません」


「はは」


 隊長だろうか。一人だけ模様のある鎧に白のマントを羽織っている。


 他の女の兵士たちは身体のラインが目立つ白銀の甲冑を身に付け頭頂部に青い兜飾りが付いていた。隙間から青い制服が見え、膝上まで伸びてミニスカートの様になっていたが肌は見えなかった。


「かたじけのうござりまする」 


「さてこれからが重要です。私はアウストラの要求にこたえたいと思います」


 えっと顔をしたのは登だけだった。伊之助と銀二にはテレサの考えは読めていた。


「目的はララナガ女王ベルサイユの救出です。オラージュは同盟国。向こうは信頼しきっています。そこが穴となるでしょう」

 

「ベルサイユとはかつて共に旅をし、死線を潜り抜けた仲間です。あなた方と思いは同じです」


 「近頃のアウストラの変貌然り何やら異質なものを感じます。それが何かはまだ定かではありませんが。一国の女王を攫うなど尋常な事態ではありません」


 テレサが椅子から立ち上がった。背は180cmくらいはある。その猛々しさはゴッドマザーの異名にふさわしい。


「大至急魔法官僚を派遣し彼女を救い出します。勿論あなた方にも力添え願います」


「ははあ。我らの命までお救いいただいた上にかたじけない限りでございまする」


 三人とも深々と頭を下げた。いつの間にか縄が解け、服が乾き。体中の傷が消えていた。 


「頼みましたよ」


 ララナガ宰相数電殿に書状を書くので、それを持って国へお帰りなさいと言われた。テレサの計らいで登、伊之助、銀二は宮殿で翌日まで休ませてもらった。国境まで馬車で送られ、無事ララナガに帰還を果たした。



 

 レヴォントレットは西にオラージュ南東に騎士の国カサーラに挟まれた最も広大な領土を得る大国である。そのほとんどは険しい山脈と針葉樹林で覆われていて、冬季には天然の要害となる。天然資源が大変豊富な国であり天然ガス、石油、石炭。小麦の最大輸出国でもある。また、長い海岸線も国民の腹を潤しているのだ。


 国王は首都ローシに城を構えるレオナルド3世。ローシの端で宮殿を構え、執政を務めるのがレオナルドの叔母テレサ・アルバラートだ。先の大戦ではゴリアテに内通した大臣たちを複数人粛正し、体制を強固なものにした。


 戦いにおいては、雪解けを機に攻めてきた敵を足止めするため、天候を吹雪に変え味方を勝利に導いた。その圧倒的な魔力と敵に容赦はないが国民には女神のように接していたことからゴッドマザーと呼ばれるようになった。

 

 そしてこの国を守るは20万人の兵士でそのうち1万人は王直属の魔法戦士隊である。更に、純魔と呼ばれ冷酷非情(雪国の非常識な奴ら)で名高い50人の魔法使い達がいる。彼らは皆若く、テレサ魔法学校の卒業生で魔法官僚としてこの国の中枢を担っているのである。


「お三方とも馬車でララナガへ向かわれました」


「見送りご苦労様でした」


 近衛隊長のアヤネが執務室に入ってきた。テレサは紅茶を飲んで窓を眺めていた。


「さて早速派遣する魔法使いを決めなくてはなりませんね。この雪解けの季節、年度初めで官僚たちと先生方は手が離せない状況なので、生徒を数人派遣したいと思いますが」


「学生をですか? この危険な任務に」


「そうです。いい経験になるでしょうから、3人程行かせます」


「……」


「どうして……テレサ様」


 アヤネは断固反対であった。学生たちの優秀さはわかっているが、若すぎる上に実戦経験がないのだ。何も若人を一歩間違えば死ぬかもしれない任務になど行かせる理由がない。


「何ゆえ成人してない若い彼らが派遣されるのですか? 今一度どうかどうかお考え直しを」


「いいですかアヤネ。これくらい成し遂げれなければ、立派な魔法使いにはなれません!」


「なにとぞー」


「うーんしょうがない。これは内緒にしておこうと思ったのだけど、ベルサイユ女王は天邪鬼というか本当に癖のある女でして、常に同性には食って掛かる上、人の言うことを本当に聞かないのです。唯一聞くとしたらそれは、もう可愛い坊やくらいで」


「はあ……」


「昨日の夜中ですが、魔力の強い官僚たちが誰かに取られてしまう予知夢を見ました。そのものは黒いローブを纏い……」


 テレサは言葉に詰まった。だがアヤネは理解できた。この国の優秀な魔法官僚を取り込もうとする謀がオラージュ側にあるのかもしれない。

 

「それを知らずに勝手な意見を失礼致しました」


「いいのですよ。だからこそ隊長としたのですから」

 

 少々ピリピリしながら議論を交わしていた二人だが、重要なことを忘れていた。


「テレサ様……」


「はい。何でしょう?」


「もしかすると学校は今春休みで、みんな実家に帰っているのでは」


「あ……」


 ――おい。お前校長だよな。


「どうしましょうか。だけど皆が帰るわけではないでしょう。寮母に聞いてきて貰えますか?」


「かしこまりました」


「それとそんなに心配なら近衛連隊からも一人派遣しましょう。彼らの経験不足を補ってほしいのです」


「……えええええ」

 

 魔法官僚をという依頼が近衛兵と魔法学校の学生に変更された。


 アヤネはテレサ魔法学校の隣にある寮を訪ねた。外で体格の良い壮年の女が掃除をしていた。


「こんにちはバーサさん」


「あ、こんにちは元気かい?」


「はい」


「冬将軍も去ってやっと春が来るね。そこらじゅう水たまりで歩くのが大変さ」


「ここに来るときも濡らしてしまいました。」


「あらあら。でも近衛隊長さんが来るなんて珍しいね。緊急の用かい?」


「はい。テレサ様が呼んでくるようにと。でも寮生たちはいらっしゃいませんよね?」


「何人か残ってるけど……ちょっと待ってね。」

 

 そういうとバーサは階段を昇って行った。


「ヴィトー! ヴィトーいるかい?」


「なんだよーばあさん」


「今、近衛の方が来てるよ。緊急の用みたいだから行ったげて」

 

「めんどくさいな。カノンちゃんかな?」


「違う! 隊長のアヤネさんだよ」


「えーあの一番怖い人だろ」


「さっさと行きなさい。ものぐさ太郎」


 ぶつぶつ言いながら、ヴィトーが外に出てきた。上下スウェットので短髪の背の高い青年だった。


「すいませんお休みの中」


「あどうも気にしないでください」


「そしてすいませんね怖くて」


「いや。どうかお許しを」


「カノンは結婚して辞めましたよ」


「えええそうなのー! いつ頃?」


「えーっとねいつだっけ忘れた」


 アヤネは詳細を伝えた。


「なるほどね7回生は俺とソニー、シンシアがいるよ。あと残ってると言えば4回生のフィオとコゼットかな」

 

 テレサ魔法学校は1~7回生まであり、入学も難しいがまともに卒業できるのはほんの一握りである。


 まず入学試験では魔力の滞在能力の有無を判断される。


 1回生は簡単な魔法攻撃と軽度の傷を治せる程度の治癒魔法を。


 2~3回生は武器に魔法を纏ったり盾を頑丈にする。または周りにバリアを張る等の補助魔法を習う。


 4回生は開かない扉をを開けたり大岩をどかしたりする解放の魔術と対象を縛る拘束の魔術。5回生は高度な攻撃魔法と治癒魔法を習う。


 6回生になり。ようやくこの国にのみ伝わる氷の魔術を教えられる。


 7回生はすべてを応用した高度な魔術と天候を冬に変える術を自分で編み出さなければならない。

 

 そして卒業試験は校長テレサと対決というより壮絶なものとなっていた。

 

 回生のシステムも中々厳しい。1回生より上に行くには年度末の試験に合格しなければならない。3回留年すると即、強制卒業となり魔法戦士隊に配属かその他の職を選択することになる。


 アヤネもそうである。3回生までは上がれたがそこで強卒となり、魔法戦士隊を経てテレサの近衛隊となった。

 

 生徒のほとんどが3回生留まりであり、7回生まで行けて無事卒業できる者など天才のなかの努力の天才くらいだ。よって例え強卒となっても気にするものはほとんどいない。


「ヴィトーどうしたの?」


 如何にも真面目そうなメガネの女子生徒が外から入ってきた。アヤネを見るなり駆け寄ってきた。


「あーシンシア近衛の人がさ」


 ヴィトーが説明した。


「え、なんか怖いやだそんなの」


「そうですか」


「こんにちわ! その鎧かかっこいいですね」


「あ、ありがとう」


 シンシアは話題を変えた。


「隊長のアヤネさんですよね?いつも無表情で怖そうだけど、美人って有名ですよ」


「これはどうも!」


 アヤネの背は160cmで高い方であり髪型はキャラメルカラーのショートで品の良い口元をした美人である。


「まだ結婚しないんですか?」


「は?」

 

「まだ? しませんよ。口の利き方を気をつけなさい。そんなんじゃ好きな男子に振られますよ」


「ごめんなさい」


 アヤネは凄まじい気迫で睨みつけた。事実25歳になるので適齢期ではあるw


「シンシア失礼な事言うなよ。明日オラージュに行けるか?」


「だからー無理だよ」


「そっか。俺もできれば行きたくないな。国民がいかれてるって噂ですよあそこ。蛇の血を飲んでるとか」


「わかりました。あなたたちにもう用はありません。で4回生の子たちはどこに?」


「たぶん教会にいると思うよ」


 ヴィトーが思い出したように言った。シンシアは俯いたままだった。

 

「アヤネさん久しぶりです」


「ん。ソニー君?」


 7回生ソニーが出ていこうとするアヤネを呼び止めた。振り向くと彼は松葉杖を付き片足サンダルで包帯を巻いていた。相変わらず黒髪で可愛い顔をしていた。


「その怪我どうしたの?」


「こないだの卒業試験でしくじっちゃってさ」


「大丈夫?」


「もうすぐ取れるわけなんだけどね。校長強すぎるから」


 卒業試験は壮絶なものである。そこでテレサに認められたものこそが彼女の最終奥義を授かり、卒業できる。口にしなかったがヴィトーとシンシアも試験に落ち、怪我をしているのかもしれない。


「また来年頑張るさ!」


「無理しないでよ」


「うん。またね」


 こんな足じゃ無理だとわかっていたのでその話はしなかった。



 アヤネは学校の敷地内に小さくて古い教会があったのを思い出した。遊び場のひとつでもあるが、魔導書を読むための静かな場所である。


「こんにちわー誰かいますか」


「あ。こんにちわ」


 赤毛で髪の長い女の子が椅子から立って挨拶してくれた。


「兵隊さんどうしたの?」


「ちょっとね。あなたは4回生?」


「はいコゼットです」


「他の子はいる?」


「あっちで寝てるのが同い年のフィオです。だけど今度から5回生なの」


「フィオってフィル・フィオ-ネ?」


「そうです」


 あの子かと思った。10年ほど前アヤネが近衛隊に入ったばかりのころ、テレサが赤ん坊を連れて帰ってきた事がある。


 黄色い髪の可愛い男の子で6歳になるまで、朝晩はテレサが昼間は侍女たちと近衛の者たちで交代で面倒を見た。


 ハイハイをしだして離乳食が終わり、言葉を話すようになりそして歩くようになる。そして暴れまくったりいたずらしたりする。


 子供の成長を見るのはとても楽しく嬉しく胸を満たすものだった。彼が魔法学校に受かり近場とはいえお別れがつらかった覚えがある。

 

 その後もテレサは何人か連れてきて皆で育て上げた。ソニーもその一人だった。 


 フィオ-ネはたまに校長室までテレサに会いに行っているらしいが、アヤネたちとは会っても仕事中だったりで挨拶する程度になってしまった。 


「ねえフィオ。起きて兵隊さんが用があるんだって」


「フィオー」


「ん何?」


「こんにちはフィル君」


「おはようございます。あ」


 フィルは美少年に成長していた。肩まで伸びた透き通るような白金の髪に、女の子のような顔立ちでエメラルドグリーンの綺麗な瞳。黄色と白の厚いローブを着ていた。背は小柄な方で120cmくらいか。


「あ」


「私のこと、わかる?」


(どうしよう……可愛い……)


「アヤネさん?」


「そうです。良かった覚えてくれてて」

 

 フィルはじっと彼女を見つめたが、アヤネは恥ずかしくなり目をそらしてしまった。ドキドキしていたのだ。


「今すぐ来れますか?」


「うん大丈夫」


「じゃまたねフィオ気を付けて」


「うんじゃあねー」


 寮を出て石段の地面と水たまりを避けながら城へ向かった。



「こうして会うのは何年振りかな?」


「去年のお祭りの時あったよね。覚えてるよ」


「あなたたちが遊びに来て近衛のみんながキャーキャー言ってたわね。」

 

 一目見てもしかしてと思ったが、アヤネは他の子と遊ぶのに必死でフィルと話す余裕がなかった。


「お姉さんたち元気?」


「ええ、みんな元気でやっているわ。何人か結婚して辞めていったけどね」


「アヤネさんは?」


「え、まだだよ」


「そっか良かった。また会って話たいと思ってたんだ」


「え、わ私も」


(そんなに見つめないでよ。こっち見ないで)


「お疲れ様です隊長。王座の間で執政がお待ちです」


「……」


「ああはいお疲れ様です」


「アヤネさん?」


「さあ入りましょうここは久しぶりでしょ」


「うん」

 

 執政テレサはT字型でできた宮殿に住んでいて、広大な敷地内には広場と花畑。美しい噴水が建てられている。


 中に入り白と青の床を進むとまた小さい噴水がありそこで侍女たちがくつろいでいた。アヤネを見ると挨拶をした。


 扉を開けて、階段を上がり2階へあがると警備兵が駆け寄ってきた。


「近衛隊長お待ちしておりました。早く王座の間へ」


「どうしたのですかそんなに急いで。」


「噂を聞きつけた近衛隊の皆さんが大揉めで」


(実は寮に行く前に副隊長のミラにこっそり話してしまったのだった……)


「あ……まずい」


 大きな扉を開けると、近衛隊総勢60名が執政テレサを取り囲み、我こそはと騒々しくしていた。


「皆さんどうか落ち着いてください。大勢は行けませんのよ」


「この副隊長のミラが行きます! 隊長にそんな危険な仕事させられません」


「いえいえ同じく副隊長のアイリスが参ります。この自慢の十文字槍で彼らを守って見せます」 


「是非この小隊長のコニーにお命じ下さいこの名刀に誓って彼らを守ります」


「小隊長のマチルダです。この戦斧に誓います」


「ソフィーです。魔法を込めた弓に誓います」


「私は一番料理が上手いユーリです。このお玉に誓います」


「私は近衛で最も背が高く妖艶です。彼らの盾となるでしょう」


「私は……」


 皆思惑は様々だ。観光目当て、冒険目当て、功績を立てたい。官僚候補生と旅を通じて恋仲になりたい。など、この光景を見て隊長アヤネは激怒せずにはいられなかった。


「皆落ち着け、テレサ様の御目の前だ。」


「主の前で己の欲求ばかり吠えて盾乙女がだらしない。それでもお前達近衛兵か」


(アヤネさん怖い byフィル・フィオ-ネ)


「隊長ー」


「隊長ーごめんなさい」


 全員がそこに折膝をついた。


「失礼しました。少々声が大きかったです」


「流石ですね近衛隊長。おかげで静かになりました」


「テレサ様。わが隊がこのような無礼を働きまことに申し訳ございません」


「大丈夫ですよわたしは」


「そして、フィル・フィオ-ネ。よく来ましたね」


「はい」


「もっと近くへ」


 かしこまっていた近衛兵たちがえっとなり。フィルの方を向いた。そして次第にその美少年ぶりにやられ、今度はフィルを取り囲んでしまった。アヤネは真っ青になった。


「私ミラだよ覚えてる。ほんとに男前ね」


「はい」


「アイリスだよ久しぶりね。付いていくから将来お嫁さんにしてー」


「はい」


「一番おっきいライラだよ。君何歳になったの?」


「11歳」


 ……


 その時、急に部屋が薄暗くなり、寒気が覆って落雷の音がした。ゴッドマザーテレサが軽く怒ったのだ。


「私はフィルと話しています。いい加減にしなさい」


「ひええええええ! お許しを」


 今度こそ皆平伏した。


「ふふふふふ。わかればいいのですよ」


 テレサはネチネチ叱るタイプではない。だからこそ慕われているのだ。


「さあフィル近くに来てください」


 テレサは両手を広げ今にも抱きしめんとしていた。


「はい」


「フィル君もっと近くに」


「は……はい」


「会いたかったー男前が上がりましたね」


 フィルを優しいまなざしで見つめると、大きな胸で受け止めぎゅ~と抱きしめた。


「テレサ様……苦しい」


「あ、ごめんなさい」


「では、あなたに任務を与えます。オラージュに行き、捕まっているララナガの女王に会いなさい」


「はい」


「そして、近衛からは、アヤネあなたが行きなさい」


「え」


「隊員たちには行かせたくないのでしょ?それにこのフィルにも。ならあなたが同行してこの子を守りなさい。出立は明日」


「承知いたしました」


 一瞬「え」っとなったが、皆納得のようだった。


「アヤネなら賛成です」


「隊長お気をつけて」


「ご武運を」


 見習いたちが、アヤネに駆け寄る。


「大丈夫よみんな! アヤネに青龍刀を持たせたらね、もう向かうところ敵なしなんだから」


「ミラー!」


「やっぱりアヤネさん強いんだね」


「フィル。なにも心配いりませんよ」


「それでは皆さま。ご夕飯にしましょうか! 無礼講ですよ乙女たち」


「はい! ありがたき幸せ!」


 皆宴会の間に移動し、豪華な料理が並んだ。鎧を脱いだ近衛隊は制服をも脱ぎ、案の定フィルに殺到した。中には酔って下着になる者もいたので目のやり場に非常に困った。



 夜も遅くなり、大事な話があるから今日は私の部屋で一緒に寝ようとテレサは言った。フィルは恥ずかしながらも応じた。


 執政テレサの寝室は、白と青と少しの黄金で彩られた部屋である。右手に暖炉、左手にベッドがあり、近くに化粧箱と鏡、クローゼットが、真ん中にはイスが二つあり丸いテーブルがある。壁には絵画と先祖の写真を飾っていた。


 部屋の奥には扉が二つありそこはトイレと風呂場へ続く脱衣所がある。


 テレサは部屋の明かりを点け、暖炉に火を灯した。


「はあ。ちょっと疲れちゃった」


「いや、騒がしかったね」

 

「女子のテンションには慣れないでしょう」


「うん」


「座って。少し休んだらお風呂入りましょう」


「うん。ええ、独りで入るよ。昔と違うんだから」


 フィルは、じっとテレサの方を見つめた。


「お母さん」


「フィル」


「ずっと会いたかった。」


「私も。2ヵ月ぶりね」


 王座の間とは違い、ここには二人しかいない。テレサは抱きしめ、頭にキスをし頬を押しあて擦り付けたりした。


 しばらくそのまま過ごした。魔法学校の生徒には他にも親がいない子がいる。


 寮を抜け出してはテレサに会いに来くる者をこうして抱きしめ、一緒に寝るのだ。


 これは彼女が独身を貫いている一つの理由なのかもしれない。


「そうだ。5回生合格おめでとう」


「ありがとう」


「じゃあお風呂入ろうか」


「だから一人で入るって」


「どうしよう。この城には女湯しかないのよ」


「嘘だね。奥に専用の風呂があるでしょそこがいいよ」


 フィルが真顔でこちらを見つめる。可愛さは相変わらずだとテレサは笑った。


「わかったわかった。先に入りなさい。あ、お湯をはるから待ってて」


 母がいたらこうなのかなと思った。炊事、洗濯、掃除何もかもやってくれて、わがままも聞いてくれる。寮生活や独り住まいよりずっと楽だ。


「どうぞ」


 ドアを開けると脱衣所だったその向こうが風呂場だ。いつテレサが入ってくるかわからないので、早く脱いでドアを開けた。先にシャワーを浴び丸い形の湯舟でくつろぎ、見渡す。泊まるたびに思うが、さすがに執政の風呂場は広かった。

 

 フィルは体と頭を洗いながら考えた。(ララナガの女王に会ってどうずればいいのか。出たらテレサに聞いてみよう。名前はベルヌーイ?だっけ。黒髪のすごい美人て近衛のみんな言ってたな)

 

「……」

 

 皆がいるときは明るく振る振る舞ったが。ひとりになり旅への不安が襲ってきた。


「なんで僕が行かなきゃいけないんだろ。なんで……」


 考えれば考えるだけ不安が襲った。大丈夫だドアを開ければテレサ様がいる。今はそうするしかなかった。

 

 急いで体を拭きドアを開けた。


「出たよー」


「はーい!髪乾かしまーす」


「え、ありがとう……」


 寝巻を着て脱衣所を開けたら、なぜか下着姿のテレサが入ってきてフィルを鏡の前に留めた。黒と白のランジェリーで、豊満な彼女だが腰はくびれ、足は引き締まっている。フィルは相変わらず巨躯だとおもった。

 

 一時だが不安はなくなった。


 やわらかいタオルで拭きドライヤーで乾かしてくれた。時折揺れる二つの大きな餅を見逃さず凝視した。


 11歳にはこれくらいの刺激が丁度いいのである。


「じゃ入るわね。さ湯入れといたから飲んでね」


 テレサはそう言うと速攻で脱ぎだしたので、フィルは慌てて脱衣所を出た。


「やっぱりテレサ様が1番美人だなー。背が高くてスタイルもいいし性格も優しい」


「近衛隊の人達は可愛いけどなんだか子供だよ。やっぱり大人の女の人がいいよなー」


 この少年は誰もいない部屋で一丁前な独り言を言う癖がある。


 さ湯をすすりながらフィルはある覚悟を決めていた。学校を卒業し魔法官僚になった暁にはテレサに告白しようと。


「俺なら絶対うんて言ってくれるはず。結婚すればずっと一緒にいられるし」


「ん? あれなんだ」


 ベッドの近くに一本の杖が飾ってある。大きさはフィルの背くらいで、材質はわからないが木でできているようだった。


 先端はまるで人間の手ではないが何かを持っているかのように枝が分かれている。特殊な石でもハメるのだろうか? 


 よく見ると説明書きがあった。「レヴォントレットの英雄。賢者リーリエの杖」 


「この人知らない習ってないし」


 建国の父リキュール1世なら授業でならったが、彼女の名を聞くのは初めてだった。


「学校じゃ教えてないからね」


「あ、なんだびっくりした」


 テレサはいつの間にか風呂を出てフィルのうしろに立っていた。


「大昔に悪い神を倒した勇者の仲間のひとりがリーリエね」


「悪い神?」


「そう悪い神様なんて信じられないけど、空からやってきてこの世界を支配したんだって」


「空から。すごい話」


「そうでしょ。そして平和になった後に、彼女を慕う人々を集めてこのレヴォントレットを作ったの。だけど女王にはならず。弟のリキュールを王にして自身は相談役に留まったのよ」


「へえ~そうゆうことだったんだ」


「うん伝わっているのはそれくらいかな」


「ねえ昔の魔法使いは杖を使ったの?」


「鋭い。お利巧さーん!」


 テレサが頭を撫でた。気になっていたが彼女は胸の谷間が目立つシンプルで薄ピンクのネグリジェを着ていた。かがむと餅が揺れる。フィルはもちろん凝視した。


「ははははは」


「ひいおばあちゃんから聞いたんだけどね。昔の魔法使いはみんな杖を持ってたみたい。今の私たちとは魔法の出し方が違ったのかな。実際はわからないけどね」


 この世界の魔法使い達は杖やスティックというような触媒を必要としない。皆手をかざし魔法を放つのだ。また、魔法戦士は武器に魔法を纏い殺傷力を強化するが、それは触媒としているのではない。


「そっか」


 テレサがもう寝ましょうといい明かりを消し、二人はベッドに座った。真剣な顔つきになりフィルを見た。


「フィル・フィオ-ネ」


「はい」


「さっき言い忘れていたけれど。オラージュに着いたらララナガ女王を助けなさい」


「牢屋から逃がすってこと?」


「そうです」


「恐らくは特殊な何かで拘束されています。けれどもあなたの魔力ならきっと彼女を解放できます。」


「解放の魔術で?」


「はい」


 フィルは他の治癒魔法や攻撃魔法、防御魔法もできたが。とりわけ解放魔術に優れていた。


「そこからはどうすればいいの」


「脱出はララナガの者たちが手引きします。アヤネと一緒に女王を港町まで送ったら任務完了。あとはマーチャット街道を通ってウマナミ橋を渡り帰還してください」


「は……い」


「フィル?」


「ごめんなさい僕……怖い。怖いです」


「自分の本能に従いなさい。何も心配いりません大丈夫ですよ」


 月明りでよく見えた。テレサは泣きそうなフィルを抱きしめ谷間に顔を挟ませた。


「いいですか。旅とは冒険とは外に出ることは常に危険が伴います。でもそこから戻った時、人は一段と成長できるのです」


「これはおそらくあなたにしかできない役目。絶対に大丈夫。皆が守ってくれます」


「忘れないであなたはひとりではありません。それにフィルは男でしょ。いつまでも泣かないの」


 フィルは袖で涙をぬぐい。決意の顔をした。


「うん……やり遂げる!僕いつかリーリエみたいになる。テレサ様。そしたら僕と結婚して」


「ええええ嬉しいわ。ほんとに? ありがとう!」


「ほんとうだよ!」


 二人は実の親子の様に手をつないで寝た。フィルの胸は餅どころではなくなっていた。



「フィオ。俺たちの思いの結晶を固めてネックレスにしたんだ。受け取ってくれ」


「ありがとうヴィトー」


「お前の無事を祈ってるぜ」


「フィル君隊長を頼んだわよ」


「はい」


「帰ったら私をお嫁にしてね」


「え」


「ちょっと抜け駆けは卑怯よ」


「えっと」


「フィル君が困ってるでしょーあなたたち今日は休んでなさい」


「隊長。昨日はごめんなさい。無事で帰ってきてください」


「はい昨日は言い過ぎました。必ず帰ってきますよ。お見送りありがとう」


「隊長ー!」


「アヤネ近衛隊長ご武運を」


「ありがとう」


 寮に残っていた魔法学校の生徒。非番の近衛隊の者たち、宮殿を守る兵士たちがアヤネとフィルを見送った。テレサは皆の前で泣くわけにはいかないと言い。部屋で抱き合い別れた。

 

 二人は王都の門を出て、ベルサイユ女王救出のため西の大国オラージュを目指した


 ――テレサ様必ずやり遂げてみせるよ

 この世界において成人した男女が二人きりで旅をするというのは契りを結ぶに等しい意味である。


 成人は15歳。近衛隊長アヤネの胸は高鳴った。彼女は年齢なぞ関係ないと思っている。


 フィルは何も知らないが。

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